第250話 唐突に始まるバトル

「うっ……」

「入らない……」

「もう無理……」

「流石に食べ切れないわ……」


 KINGでご飯を食べていた俺達だけど、流石に脂がギトギトだったり、濃い味付けで口飽きしてきたり、そもそも絶対量が多かったりしたせいで、皆志半ばでグロッキーになっていた。


 皆椅子の背にもたれかかったり、椅子に背を預けて天を仰いでいたり、料理を少し前に押しやってテーブルに肘をついて俯いていたり、なんだか試合に負けたチームみたいな様相を呈している。


 皆それなりに食べる方だけど、流石にあの量は無理だったみたいだ。


「はははっ。流石KINGですね。この量が名物なんですよ。大抵の人はノックダウンして、次回から大体シェアしますね」

「なるほどな」


 突っ伏している女性陣達に対してジャックが微笑ましそうな笑みを浮かべて答える。当の本人の前には芋の皿が一つだけ置かれていて、ジョージと分けて食べていたようだ。


「ええまぁ。でも、兄……佐藤さんとお連れの方々は、アメリカが初めてみたいですし、こうやってノックダウンするのもいい思い出かなと思いまして、何も言いませんでした。すみません」

「いや気にしないでくれ。こういうのも経験だと思う」


 どうやらジャックの奴が気を遣ってくれたらしい。


 そんな気遣いが出来るならあんな力ずくで強要しなくてもモテると思うんだけど違うんだろうか。


「それはそうと兄貴は余裕そうですね?」

「まぁ全然余裕だな」


 ところで俺はと言うと巨大ホットドッグと大量のポテトフライをあっさりと間食してしまった。


 満足しているけど、満腹と言う感じじゃなくて、食べようと思えばまだ食べられる感触がある。


「皆もう食べないのか?」

「お兄ちゃん……もう無理だよ……あげる」


 俺が項垂れている皆に声を掛けると、七海が息も絶え絶えと言った様子で俺にハンバーグの皿を押してよこした。


「ん」

「私も」

「私のもどうぞ」


 その様子を見ていた他の女性陣も俺の方に皿を押す。


「おいおい、俺は何も言ってないぞ?」

「お兄ちゃんなら食べてくれるよね?」

「ふーくん信じてる」

「任せたわ」

「お願いするわ」


 困惑する俺に全員が捨てられた子犬みたいな表情をして懇願する。


「はぁ……分かった分かった。食べればいいんだろ、食べれば」

「わぁーい!!お兄ちゃん大好き!!」

「私も好き」

「わ、私は食べてくれたら見直しちゃうかもなぁ」

「た、食べてくれたらカッコいいと思うなぁ」


 俺が呆れるようにため息を吐いてみんなの願いを受け入れると、みんなが調子のいいことを言って俺を持ち上げる。


 七海とシアはストレートな好意を、天音と零はそっぽを向いて無理やり感が半端ない。


 まぁ仕方ないか。捨てるなんて勿体ないしな。

 それなら俺が食べてしまおう。


「それじゃあ、いただきます」


 俺は七海のハンバーグから食べ始めた。ハンバーグの他に大量のパンとフライドポテトが付いているので、それも処理しなければならない。


「おいおい、あいつマジかよ!!」

「一人前食べ切った後で他の奴のも食べてるぜ?いったいどんな体してるんだ?」

「一人前でも軽く3、4キロはあるのに、それを食べた上でだと!?」

「大食いチャンピオンも真っ青なくっぷりだぜ!!」


 暫く食べ続けているとギャラリーが集まってきて、俺の食べっぷりを見て興奮して近くに居た奴と顔を見合わせながら話している。


 俺もなんでこんなに食べられるのかは分からないけど、四人との違いはおそらく能動的な熟練度の習熟度の差だと思う。


 そうなると零が食べられないのはおかしいけど、女性だし体重とか体型に気を遣ったのかもしれないな。


「お兄ちゃん、だ、大丈夫なの?」


 七海のハンバーグとフライドポテトを処理し終わった頃、七海が恐る恐る尋ねる。


「ん?全然大丈夫だぞ?」

「そ、そうなんだ。お兄ちゃん凄いね。一体体のどこに入ってるの……」


 俺は特に問題はないので返事をすると、七海はちょっと困惑していた。


 まぁ確かに俺自身これだけの量の料理が俺の体のどこに入っているのか謎だ。でも、食べられるものは食べられるんだから気にしないことにする。


「おい、聞いたか?あの日本人、あれだけ食べて余裕だってよ」

「とんでもないな、チャンピオンでも行けるかどうか……」

「おれがどうしたって?」

『チャンピオン!!』


 俺がシアのステーキの処理に取り掛かっていると、ギャラリーたちがざわめく。その中の一人が強者の風格を纏っていた。


「ほう……中々の食いっぷりじゃねぇか」

「……」


 俺はモグモグと食べながら俺を見つめて呟くチャンピオンと呼ばれた男をぼーっと眺める。


「なぁ、お前、俺と勝負しないか?」

「……」


 俺は無言で咀嚼し続ける。


「おい!!チャンピオンが声をかけてるというのに、返事をしないとどういう了見だ?」

「……」


 俺はさらに無視して咀嚼を続ける。


「この!!」

「まぁ待て。今こいつは飯食ってるんだ。飲み込むまで待とうじゃないか」

「ま、まぁチャンピオンがそう言うなら……」


 俺に殴り掛かろうとする男をチャンピオンが手で遮って制して止める。


 俺は今噛んでいた分を飲み込んだ。


「ん?別にいいけど、俺がその勝負を受けるメリットは?」


 別に何のメリットもないのにこのよく分からないチャンピオンだかなんだかの人の挑戦を受ける必要はない。


「そうだな。お前たちの飲食代は俺が持とう」


 なるほど。でもそれだけじゃ決められない。


「それじゃあ、あんたが勝ったら?」


 相手の条件もちゃんと聞いておかないとな。


「そん時は俺の食事代を持ってもらおうか」

「まぁそんくらいならいいか」


 その程度なら問題ないだろう。


 数十分後。


「俺も負けだ……うぷっ」


 チャンピオンは俺の前に真っ白に燃え尽きて項垂れた。


 しかし、店員は無情にも俺達も元にやって来る。


「二千ドルになりまーす!!」

「くっ。俺の全財産が……ガクリッ」

『チャンピオオオオオオオオオオオンッ』


 店員の言葉が完全にチャンピオンの息の根を止めたのであった。

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