第251話 犬の都合のいいレベルアップ

 チャンピオンを下して悠々と店を後にした俺達。


「おなかいっぱーい」

「ん」

「私も」

「流石に食べ過ぎたわね」


 全員が車に乗り込んでぐったりしていた。


「それじゃあ、グランドキャニオンを見渡せる所に向かいますね」

「ん~、ちょっと待ってくれ」


 ジャックが俺達の方を振り返り、出発の合図をする。しかし、俺は考えがあって出発を止めた。


「え?どうかしたんですか?」

「いや、ちょっと移動時間がかかり過ぎだからどうにかできないかと思ってな」


 ダンジョンからここまでの移動に数時間。


 夏休みは一カ月程度と考えると、色んな所を回るには少々時間がかかり過ぎだと思う。


「ラック」

「ウォンッ」


 俺がラックを呼ぶと影からラックが顔を出す。


「ラック、影転移はどのくらい使えるようになったんだ?」

「ウォンッ」

「おお!!マジか!!」


 この大陸にはラックの影魔が沢山放たれている。それだけいれば、行きたいところに転移できるのではないかと考えたわけだ。


 そしてラックに影転移の使用回数を尋ねると予想以上の回答が返ってきた。


 それは三十回程度。それに転移できる人数というか容量も増えたらしく、この車ごと転移できるらしい。


 それだけあれば結構な場所が回れるはずだ。


 ラックの奴、最近ますます優秀になっていくな!!


「やっぱりお前は最高だな!!ラック!!」

「ウォウォンッ」


 影から出している顔をワシャワシャと撫でてやると、ラックは撫でられながら嬉しそうに顔を歪めて吠える。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 俺がラックと戯れているのを見た隣の七海が体を起こして俺に尋ねる。


「いや、ラックの転移の回数が物凄く増えてたんだ。これならもっと早く効率的にいろんな場所を回れるぞ!!」

「そうなんだ!!ラックは凄いね!!」

「ウォンッ!!」


 俺の説明に七海はラックの方を向いて頭を撫でてラックを褒めた。ラックは嬉しそうに吠えた。


「ジャック。グランドキャニオンの観光スポットはどのあたりだ?」


 俺はスマホの地図を見せてジャックに尋ねる。


「えっとこの辺りですね」

「なるほどな。現在地はどこだ?」

「この辺です」

「分かった」


 ラックは地図とにらめっこしながら地図を拡大して現在地とこれから行こうとしていた場所の位置を教えてくれた。


「ラック。この辺りに転移できる影魔はいないか?できれば周りに人がいない方がいいな」

「ウォンッ」

「分かった」


 ラックに地図を見せて、自分の中にある感覚と共にテレパシーのようなもので送る。


 ラックはこの大陸に居るラックの影魔と情報を共有して位置を把握してみるそうだ。


「ウォンッ」

「おお、ホントか!!」

「ラックは何て?」

「これから行く場所の近くに何匹かいるってよ。そこに転移しよう」

「やった!!グランドキャニオン楽しみ」


 ラックから丁度いい位置に影魔がいるというので俺はそこに行くことにした。


「シア、天音、零。聞こえていたと思うけど、ラックの影転移の使用回数が大幅に増加した。思ったよりも移動に時間が掛かってしまい、夏休みが一カ月と少しだということを考えると、このままだと調査が中途半端になりそうな気がする」

「確かにここまですでにお昼になってしまっていることを考えると、そうなってもおかしくなさそうね」


 零が俺の言葉に相槌を打つ。


「そう。だから、より多くの観光地を回って旅行を楽しみながら、多くのダンジョンを調査するためには、出来るだけ移動時間を省略できた方が良いと思う。勿論今回のルート六六のように移動自体が楽しみという場合を除いてな」

「その通りね」


 今度は天音が合図値を入れた。


「それで、さっきの話に戻るけど、ラックの影転移の数が増加して少なくとも一日で三十回くらいは使えるらしいから、今後はそれで移動することにしたんだけど、異論はあるか?」

「異議なーし!!」

「ない」

「私もないわよ」

「当然私もないわ。調査データが沢山取れれば取れるほど助かるもの」


 三人に聞いていたのに七海が元気に手を挙げて発現すると、それにつられるように他の三人も俺の提案に頷いた。


「よし、それじゃあ、そうと決まったら、早速転移するか」

「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってください!!一体何の話なんですか?」

「あ、お前達に説明するのを忘れていたな」


 全員の許可はとったと俺はラックに指示を出して転移しようとしたら、ジャックが焦ったように俺に尋ねてきた。


 そう言えばこいつらもいたのを忘れていた。


「えっとな。これは他言無用だけど、俺のラックを使えば、所謂テレポートが実現できるんだ」

「な!?」

「バカな!?」


 俺が関単に説明しただけで二人は驚愕に顔を染める。


「色々条件はあるけどな。それで一応お前がさっき示した場所の近くに転移できるから、転移しようって話をしてたわけ」

「マジで出来るんですか?」

「俺がお前に嘘をつく理由があるとでも?」

「そ、そうっすね」


 俺の言葉が信じられないジャックだったけど、最終的に納得したらしい。


「それじゃあ、転移するぞ?」

「何か危ないこととかないんすよね?」

「ああ、もちろんだ」


 ジャックも同意した所で最終確認を取ると、不安そうに俺に尋ねるジャックに俺は力強く頷いて肯定してやった。


「分かったっす。男は度胸。一思いにやってください」

「自分もっす」


 二人は覚悟が決まったようで椅子に深く座って、目を瞑った。


「ラック!!」

「ウォンッ!!」


 全員の準備が整ったのを確認した俺はラックに指示を出し、影転移を発動させた。


 フッと一瞬の浮遊感の後、全く別の風景の場所に辿り着いた。


「あ、すっごーい!!」

「ん!!」


 かなりグランドキャニオンが近くに見える。とんでもなく雄大だ。七海とシアは興奮して窓に張り付く。


「ははははっ」

「マジだ……」


 ジャック達は視界が変わったのを見て本当に転移していることを悟ったようだ。


「転移なんて探索者をしていて罠以外に聞いたことねぇ。あんたは一体何者なんだ?」

「ん?俺はDランクになったばかりの探索者だけど?」


 暫くして我に返ったらしいジャックが、驚愕して敬語を失って俺に尋ねる。俺は当たり前のことを答えた。


 俺が凄いわけじゃなくてラックが凄いだけだしな。


「いやいや、それは嘘でしょ?」

「ホントだって。ほら」

「マジだ……」


 なぜか俺のランクを疑われたので探索者カードを提示すると、大きくDと記載されているのが見えたらしく、ジャックとジョージの顔が呆然となった。


「他の人たちは?」

「私はまだFだよ!!」

「私はD」

「私はBよ」

「私はSね」


 呆然としたまま二人は俺以外のメンバーの顔を見る。七海から探索者カードを提示して自分たちのランクを伝えた。


「兄貴でDなら、それ以上の二人はもっとヤバいって……事か?」

「はははっ。日本人ってヤバい奴しかいないんだな……」

「俺今度日本人にあったら、絶対怒らせないようにする」

「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ。あはははっ……」


 二人はなぜかお互いに顔を見合わせ、茫然としたまましばらく固まって動かなくなってしまった。

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