第232話 気を許してはいけない……
「ただいまです。霞さん」
俺は出迎えてくれた霞さんに安堵しながら挨拶を返す。
「なんだかお疲れですね?どうかされましたか?」
「いえいえ、なんでもないですよ」
生徒会長から新たなる恐怖与えられたことによって俺の顔がゲッソリとでもしていたのか、心配そうに眉を下げる霞さん。
俺は心配させないように普段通りを装って首を振り、靴を脱いで寮内へと上がった。
一刻も早く自分の部屋にこもりたかった。もっと言うならラックの影倉庫に隠れたい。
「お食事はお済ですか?」
「はい、外で済ませてきました。お風呂は後で入りたいと思います」
食事は葛城親子と食べてきたし、ほとんど缶詰だったのでお風呂は後でいい。
とにかく部屋に引きこもりたいんだ。
「分かりました。何かあればなんとりおっしゃってくださいね。ご主人様のおっしゃることであれば万難を排して実現してみせますので!!」
「俺の事を考えていただいてありがとうございます。何かあればすぐに言いますね」
「はい。お待ちしております」
俺の気持ちを知ってか知らずかそんな風に意気込んでくれる霞さんに、俺はなんだか気持ちが暖かくなって頭を軽く下げた。
霞さん体を少し傾けてにこりと笑った。
「やっと落ち着ける……」
「ウォンッ」
「おお~、ラック、やっぱりお前は良い奴だなぁ、ヨシヨシ」
霞さんと別れて部屋に戻り、ベッドに腰かけると、ラックが影から現れて俺の顔を舐めて慰めてくれる。俺は嬉しくなって頭を目いっぱい撫でてやった。ラックも嬉しそうに顔を歪める。
ラックは自宅に置いてきたんだけど、影魔は俺についてきていたので、影魔を通じて俺の恐怖を感じ取って駆けつけてくれたんだろう。
なんて優しい奴なんだ。あぁ~、恐怖が浄化されていく。
ラックがいなければ俺は恐怖に押しつぶされてしまっていたかもしれない。
俺はやはり油断してしまっていた。
生徒会長が理解できないことは分かっていたはずなのに、ずっと偶然を装って雑談したり、一緒に昼食を摂ったりする以外何もしてこないから少し気を許してしまったんだ。
そしたら、今日のあれだ。
「シアとキスしたんだから自分ともして当然とか意味不明過ぎてヤバい」
俺は思い出して思わず独り言ちる。
一体何があったらそういうことになるんだ?
いつも運命的な出会い―生徒会長の中で―をしているから俺は彼氏みたいなものだとでも勘違い、またはそう思い込んでいるんだろうか。
久しぶりに生徒会長の思考に戦慄した。どちらにせよ、やっぱり生徒会長に気を許してはいけないということが改めて分かった。
「ふぅ。なんだか、やっと帰ってきたって感じがするな」
「ウォンッ」
俺はベッドに横になる。ラックが俺の横に来たがったので奥に避けると、ラックは俺の横に来てモフモフしやすいように丸くなった。
こういうところも素晴らしい気づかいだ。
俺は恐怖に支配されないようにモフモフしながら考える。
「とりあえず、明日は土曜日だから月曜までに何か対策を考えないとなぁ。あ、そうだ。影転移を使えばいいんじゃないか?そうすればバレることなく、外に行ったり、帰ってきたり出来る。そうしよう、うん」
俺はぴぴーんと閃いた。
流石に人目の多い場所で昨日のようなことを言ってくることはないと思うので、人通りが少ない場所を通ったりするような時は転移で回避し、どこかに出かける時も転移で出かけ、帰ってくる時も転移すれば俺が出かけていることがバレることも無い。
完璧な対応策だ、うん。
「よし、なんだか安心したらお風呂に入りたくなったから風呂に行くか」
「ウォンッ」
俺は久しぶりにヤバい会長に合って気が動転していたけど、対応策が決まった途端、風呂に入りたい気分になった俺は早速お風呂に入りに行った。
「お、普人じゃないか。これから風呂か?」
「はい、早乙女先輩もですか?」
「そうだ。奇遇だな、俺もこれからなんだ」
更衣室には先客が何人かいて、自分と同じタイミングでやってきたのは早乙女先輩。
「それじゃあ、ご一緒させてもらいますね」
「ああ」
生徒会長とは違い、本当に偶然一緒に風呂に入ることになった。
「それにしてもやっぱり鍛えているなぁ。良い身体だ」
「いやいや、そんなに見ないで下さいよ、恥ずかしい」
服を脱ぐと隣でサクッと服を脱いだ早乙女先輩が顎に手を当てて真剣な眼差しで褒める。完全に隠す様子もなく、丸見えだ。
俺は恥ずかしいので身をよじる。
「何を恥ずかしがってるんだ?誇っていい。それに……」
「それに?」
恥ずかしがる俺を真面目な表情で諭す早乙女先輩は途中で言葉を切る。俺は何を言いたいのか分からずに首を傾げた。
「それに男の魂に関して言えば俺も完敗だ!!あっはっはっは!!」
「勘弁してください!!ふ、普通ですって!!」
視線を落とした早乙女先輩は俺の下半身に注目してから大いに笑った。まさか早乙女先輩もアキみたいにそんなことを言ってくるとは思わなかった。
俺は恥ずかしいのですぐにタオルを巻いて浴場へと逃げ出した。
「あぁああああああ、生き返る。普人は最近どうだ?」
先に浴場にいって体を洗い、湯船に浸かっていると、少し距離を置いた隣に早乙女先輩が腰を下ろして俺に問いかける。
最近は七海のお願いを叶えるために奔走していたし、途中でシアの両親も助けたりして中々忙しかったな。
あ、ついでにさっきの事も相談しよう。
「そうですね~、結構忙しかったですね。あ、聞いてくださいよ、ちょっと生徒会長が怖いんですよ」
俺はついつい生徒会長のことを漏らしてしまう。
「はぁ?あいつが?いったい何があったっていうんだ?」
「いつもなぜか俺を待ち伏せをしていて、俺がそこを通るとさも偶然を装って俺に近づいてくるんですよね。それだけならまだよかったんですけど、ついさっきに至っては、シアと不可抗力でキスしてしまったんですが、自分にも当然するよねって感じで詰め寄られまして、滅茶苦茶怖かったですよ、ははははっ……」
信じられないといった表情で俺に尋ねる先輩に、俺はついつい日頃の鬱憤もあるせいかペラペラと語ってしまった。
「マジか……。なんかすまん、迷惑かけたな」
「え、あ、いえいえ、ちょっと怖かっただけなんで気にしないでください!!それに早乙女先輩が謝ることでもないですし」
話しきると、聞いていた早乙女先輩がなぜか物凄く神妙な顔になって俺に謝罪する。俺はその姿に面食らって一瞬言葉出なかったんだけど、すぐに我に変えて慌てて手を身体の前で振った。
確かに怖かったけど、ラックのお陰と対策を思いついたことで気が楽になっていたので、そこまで思いつめた表情をされると流石に申し訳ない。
「いや、これでも一応アイツとは長い付き合いだからな。アイツの奇行を止められなかったのは俺の責任だ。止めさせるから許してやってほしい」
「あ、はい、それは勿論です」
深々と頭を下げる先輩に、何も言えず俺は頷いた。
「こうしちゃおれん。ちょっと先にあがるわ」
「そうですか、こちらこそなんだかすみません。せっかくゆっくりできるお風呂の時間に……」
先輩がザバリとお湯を揺らして立ち上がり、風呂から出ていこうとする。すっかりお風呂の気分ではなくなってしまった先輩の背中に、俺はいたたまれない気持ちになったので謝罪する。
「気にするな。元々こっちの落ち度だ。話を聞いたのも俺だしな。それじゃあ、また今度な」
先輩は一度こちらを振り返って俺を諭すと、そのまま浴場を出ていった。
これからどうなってしまうのだろうか。
俺は再び心に不安の炎を灯すのだった。
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