第229話 正妻の貫禄と強制連行

「えっと……それは何と言いますか……あはははっ。勿論シアみたいな女の子に好かれるのは嬉しいんだけど、突然で混乱してる」


 いつもより表情が現れているシアの、目許を腫らし、薄っすらと涙を浮かべながら笑うその端正な顔を間近で見ながら、俺は現実を受け止めきれずに苦笑いを浮かべて頭を掻く。


 人形に突然感情が宿って思いきり微笑んだと言われてもおかしくないくらいに、シアのいつもの笑顔と違うので心臓がバックバクになっているのが分かる。


 それほどにシアのいつもの笑顔とは一線を画す。


 それと、俺は十六年間生きてきて今初めて告白というものを受けた。まさか自分が告白なんてされるとは思っていなかった。


 確かにシアとはこれまで一番長く一緒にパーティを組んできたから、他の人よりも仲が良い自覚はあったけど、それはあくまで同じパーティメンバーとして、一人の友人としての感情だと思っていた。


 それに彼女と俺の関係は雇用者と被雇用者。

 そして俺ではシアに釣り合わないという事実。


 俺は彼女にそういう気持ちを抱いてはいけないという気持ちがあった。しかし、シアからの告白で、今日その壁が破壊されてしまった。


 俺も彼女に好意を持っていいんだと、他の誰でもない彼女自身がその気持ちを肯定してくれたのだった。


「いい。分かってる……ふーくんなら何人娶ってもおk」

「はっ!?」


 困惑している俺に、何を勘違いしたのか、シアは首に回していた手を放して背伸びをしていた体勢から止めると、右手で親指と人差し指をくっつけてオッケーサインを作ってハーレム許可宣言を発布した。


 俺はまさかそんなことを言われるとは思わず、驚きで声が漏れた。


 シアはどうやら俺が誰か一人を選べずに困惑していると思っているらしい。


「あーちゃんもいるし、れいたんもいる。それにななみんも」

「いやいや最初の二人はともかくとして。七海は実の妹だから」


 確かに天音や零に関しては二人ともタイプが違うとても魅力的な女の子と女性だとは思う。


 だけど、シアと比べれば付き合いは浅いし、シアが俺に近づいた目的が分かった今となっては、近づいてきた目的がまだ分かっていない二人に完全に気を許すのは難しい。


 そして何より七海は俺の血のつながった実の妹……のはずだ。


 なんだか自信がなくなってきた。

 後で念のため母さんに確認しておこう。


 とにかく、義妹だと言われたとしても七海は俺の妹には変わりないし、俺は勿論七海の事を愛しているけど、それは完全に家族愛。異性としてみたり、七海の何かに欲情するようなこともない。


 七海を幸せにできる男が現れたならそいつにまかせようという気持ちがある。


 ただ、ずっと一緒に育ってきたし、お互いに相手のことを好きすぎるから、もしそうなった時、とても寂しい思いをするのは明白だけどな。


「大丈夫」

「何が大丈夫なのか全然分からないから」


 サムズアップするシアに俺は困惑するしかない。


「はぁ……とにかく、返事は少し待って欲しい」

「返事?」


 俺がため息を吐いた後、シアに時間を置いてもらえるように頼んだ。しかし、彼女は俺の言っている意味が分からないらしく、首を傾げた。


 え?好きって告白されたらイコール付き合うってことじゃないの?


「付き合うとか恋人になるとかそういうの」

「問題ない。勝手に一緒にいる」

「え?俺の意志は?」

「関係ない」

 

 確認のために尋ねたら、俺の意志に関係なく、一緒にいると言われてしまった件。


「はーはっはっはっは。まさかここまでシアに好かれているとはな。流石俺が見込んだ男だ」

「そうね。あれだけ他人を寄せ付けようとしなかったシアがこんなに女の子しているとは思わなかったわ。普人君のおかげね」


 俺達のやり取りを見ていた葛城夫妻は噴き出すように笑いだす。


 いや、俺にとっては全く笑い事じゃないんだけど……。


「俺にとっては深刻な問題なんですが?」

「なんだ?シアに何か不満でもあるのか?それとも嫌いだとでも?」


 笑う二人に困ったような顔で話しかけると、真さんが突然真顔になって俺に詰め寄ってくる。


「い、いえ、不満なんてありませんし、嫌いじゃありませんよ?」

「だったら付き合ったらいいだろう?親公認だぞ?」


 この親にしてあの子あり。大分強引だ。


 勿論俺だってシアみたいな可愛い女の子と付き合えたらそれは嬉しいけど、未だに自分でいいのかとか、俺はシアを幸せにできるだろうか、とか考えてしまう。


 別に結婚するわけじゃないのに先々の事を考えてしまうんだよな。


 でも付き合うとしたら結婚を前提に付き合うべきだろうし。


 考える時間が欲しい。


「少しくらい考えさせてくださいよ。俺はこういうことは初めてなんです」

「はぁ……仕方ないな。少しだけ考える猶予をやるか」

「ありがとうございます」


 俺が懇願すると、真さんはため息を吐いて了承してくれた。俺はホッとして頭を下げた。


「そ・れ・よ・り・もだ。どうやらシア以外にも仲良くしている女性たちがいるようじゃないか?」


 これで話は終わったと思いきや、先程シアが言っていたことを聞いていた真さんが俺に肩を組んできて、ニッコリとした笑みを浮かべながら尋ねる。


 しかし、その笑顔の眼は一切笑っていなかった。


「い、いや、彼女たちはただのパーティメンバーでして……」

「彼女達と言うことは全員女性と言うことだな?」

「そ、そうなりますね……」


 恐る恐る切り出す俺に真さんの鋭い突込みが入る。


 俺は聞かれるがままに答えるしかなかった。


 でも、ここは声を大にして言いたい!!

 俺が選んだ訳じゃないんだ!!

 全員あっちから来たんだよ、俺は何もしていなんだ!!


「分かった。その辺りもじっくり詳しく教えてもらうじゃないか」


 俺の心の声も虚しく、どうやらこれから根掘り葉掘り尋問をされてしまうらしい。


「え、えっと……俺はこれから学校なんですけど?」

「はははははっ。シアの将来が掛かってるんだ。それ以上に大事なことがあるとでも?」

「あ、ありません!!」


 俺が苦笑いを浮かべて最後のあがきをしてみたけど、真さんの有無を言わさない眼光によって、俺はあっさりと撃沈した。


「よろしい。それでは行こうじゃないか。シアもいいな?」

「ん」


 満足そうに頷く誠さんがシアに尋ねると、いつもの通りのシアの返事を返す。


 三人の息の合った連携によって、俺はどこかに連行されていくのだった。


 頭の中ではドナドナのメロディが悲し気に響き渡っていた。

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