第228話 二度目は愛を込めて

 次の日、いつも通りの時間に目が覚める。


 現在の佐藤家は自分にとってたまにやって来る場所という認識がまだ強いので、自分の部屋と言ってもホテルに泊まっているような気分だ。


 自分の荷物もないに等しいしな。


「ひとまず起きるか」


 俺は独り言ちると体を起こして一階のリビングに降りていった。


「母さんおはよう。アンナさんおはようございます」

「普人おはよう」

「普人君おはよう。早いのね。旦那みたいだわ」


 キッチンには母さんとアンナさんが立っていた。


 おそらくアンナさんから手伝いの申し出があり、一度は断ったけど、アンナさんの御師が強くて断り切れなかったって所だと思う。


 アンナさんは俺が早起きなのに対して、ウンウンと感心するように頷きながら答えた。


「前はもっと遅かったんですけどね。探索者になってからどんな時間に寝ても大体この時間に目を覚ますんですよ」

「へぇ~凄いわね。私たちはそんなことなかったけど、その辺りが普人君が強い秘密があるのかもしれないわね」


 俺の返事にアンナさんがさらに感心するように俺の方をじっと見つめた。


「そんなまさか。そういえば真さんも早起きなんですか?」

「ええ。庭を借りて鍛錬してるわよ」

「昨日の今日なのに元気ですね」

「日課だから起きたらやらないと気持ち悪いだけよ」


 真さんは俺よりも早く起きて家の庭で体を鍛えているらしい。確かにボロボロの鎧の隙間から見えた体は十分に引き締まっていた気がする。


 俺もそういう武術的なものを学んだ方がいいのかなぁ。

 今は早乙女先輩の真似をして覚えたことを基本として、後は自己流だからなぁ。

 どこかに自分に合う強い格闘家がいるなら習ってみたい。


 それに完治したといはいえ、昨日帰ってきたばかりなのに、今日もいつも通りに鍛錬できるって純粋に尊敬できる人だ。


―ガチャッ


「あ、戻ってきたようね」


 玄関の扉が開く音が聞こえてきて、真さんが戻ってきたことを知らせる。


「お、普人君おはよう。君も鍛錬か?」


 真さんが汗をタオルで拭きながらリビングに入ってきて俺を見つけるなり、尋ねた。


「いえ、俺はそういうことはやっていないので……」

「それであの強さか。恐れ入るな」


 俺は恐縮しながら頭を掻くと、真さんは顎に手を当てて感心するように頷いた。夫婦そろって感心するポイントがなんだか似ているような気がする。


 似たもの夫婦というか一緒にいるから似てきたのかは分からないけど。


「いえいえ、自分なんてまだまだですよ。高ランク探索者の方々には遠く及びません」

「そんなことないと思うぞ?」


 所詮ようやくBランクに届いた程度。まだまだ裏試験も道半ば。


 それで自分が強いなんて己惚れることはできない。


「評価していただけるのは嬉しいですが、自分はまだEランクですからね」

「なんだと!?君はまだEランクだったのか!?」


 僕が自分のランクを教えると、真さんはあまりの驚きにあごが外れそうな程開き、目も飛び出して零れ落ちそうだ。


 そういえばこの二人は半年はダンジョンに潜っていたから最近日本の事情を知らないんだな。


「ええ、ちょっと前にダンジョンに異常事態が起こりまして、スタンピードが世界中で起こったんですよ。一月以上いくつものダンジョンのスタンピードやリバースが重なったりしました。それでそっちに対処に探索者も組合も追われてしまって多分ランクアップしている暇がなかったんだと思います」

「そんなことになっていたのか……」


 軽くここ最近の事情を話すと、真さんは神妙な表情で答える。


「はい。それは朝食の時にお話ししますよ」

「分かった。詳しく聞かせてくれ」

「任せてください。それと母さん今日は少し早めに出るね」


 真さんに後で詳しく話す約束をすると、母さんには今日の予定を伝えておく。


「分かってるわ。早くお二人とシアちゃん合せたいものね」

「うん。積もる話があるだろうから俺は引き合わせて少ししたら教室に向かうと思うけどね」

「そうね、家族水入らずを邪魔しちゃ悪いわ」


 俺が早く出るのは母さんの言う通りシアと葛城夫妻を会わせるためだ。

 俺は対面してシアに軽く説明して退散し、シアは多分学校に来れる状態じゃなくなるだろうから、先生にシアの事を伝えておけばいいよな。


「分かってる。それじゃあ、俺はニュース見てるよ」

「分かったわ。もう少ししたら七海を起こしてきてね」

「了解」


 母さんと話すことを話した後、俺はソファーに座ってテレビを点けた。


「私はまたお風呂を借りてもいいだろうか?」

「ええ、勿論です」

「感謝します」


 そして真さんは鍛錬の汗を流すためお風呂へと向かった。


 それから俺は、時間になるまでニュースをボーっと眺め、料理が出来たら七海を起こし、お風呂から上がった真さんが戻ってきた後、皆で朝食を食べながらここ最近のダンジョンの事を話した。


「それじゃあ、行ってくるね」

「ええ、いってらっしゃい」

「私達も大変お世話になりました」

「見ず知らずの私達にこんなに良くしてくださりありがとうございました」


 食事が終わり、玄関で俺が出かける挨拶をすると、葛城夫妻も母さんに感謝を述べて頭を下げる。


「いえいえ、もしかしたら親戚になるかもしれない相手ですからね。気にしないでください」

「そうですな!!はっはっはっはっ!!」

「この年で孫が見れちゃうのかしら?楽しみね!!」


 母さんが昨日の話を間に受けて色々話し込んだらしく、いつの間にか話が勝手に進んでいる。


 完全に本人達の意思無視してんじゃん。


 ただでさえ学校ではそういう風に見られてるのに、親まで後任となったらいよいよ逃げ場がないぞ。


 シアが俺の事をそんな風に思っているとは思えないし。


 どうにかせねば。


「私が許可出さないとダメなんだからね!!」

「分かってるわよ。普人のこと好きすぎるのは相変わらずね」

「当然だよ!!」


 しかし、七海が断固拒否の姿勢を取ったので母さんが仕方のない子を見るような眼で七海を見て、肩を竦める。


 七海という最終防衛ラインがあってよかった。


「すぐに出て来れるなら、学校の門まで来てくれないか、と」


 俺は出発する前にLINNEしておく。


『オッケー!!』


 明らかに会話とは違うテンションのメッセージが帰ってきたのを確認して学校に向かった。


 シアは言葉の通り、校門の所で待っていた。


 その目にはすでに涙が溜まっている。他の生徒達は早い時間なので来ていないから大丈夫だと思う。


 そう、彼女にはもう二人の姿が見えているんだ。

 僕の後ろを歩いている二人が誰か分かっている。


「シア、少し見ない間に大きくなったな、そして綺麗になった。ビックリしたぞ?」

「シア、一人にしてごめんね。とても辛かったでしょう?よく頑張ったわ」


 一.五メートル程離れた場所で一度皆が止まり、真さんとアンナさんが一歩前に出て、シアに微笑みかける。


「お父さん!!お母さん!!」


 シアは二人の間に飛び込んで、二人はそんなシアを抱きしめて三人はしばらくの間静かに涙を流した。


 俺はそんな三人の姿をしばらく眺めていた。


「ぐすっ……どうして……?」

「だから言っただろ?凄いものを見せるって。サプライズプレゼントだ。喜んでもら

えたか?」


 涙が少し収まった頃、真っ赤に腫らした目でシアが俺を見るので、恥ずかしさから出来るだけドヤ顔で答えた。


「うん……ぐすっ……ありがと……ふーくん」

「気にするな、偶然だからな。それじゃあ、俺は行くな?」


 シアは静かに俺に頭を下げる。


 俺は照れ臭くなってシアから背を向けて昇降口に向かい歩き出した。


「ちょっと待って、ふーくん」

「なんだ?」


 しかしシアに呼び止められて振り返る。


「ちゅ~!!」

「~!?」


 その瞬間俺の顔の目の前にシアの顔がドアップになっていて、唇に柔らかな感触が押し付けられていた。頭を抱えられて離れることもできない。


 その感触は初めての時よりも鮮明で鮮烈。


 俺は混乱して訳が分からなくなって目を見開いた。


「あらあら大胆ね!?」

「ま、まさかシアがこんな行動をとるなんて!?」


 そんなシアを見てアンナさんは微笑ましそうに笑い、真さんは衝撃を受けていた。


 何秒なのか、数分なのか実際は分からないけど、何時間にも感じられるような長いキス。


 満足したらしいシアは俺から顔を離してこういった。


「ふーくん、大好き」と。


 その時の彼女の笑顔は、本当に天使のように可愛らしくて、妖精のように可憐だった。


 俺は一撃で心を撃ち抜かれてしまった。



 

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