第213話 不法入国

「ふぅ……ようやく外か……」

「やっと出られた……やっと出られたぁああああああ!!うわぁああああああん!!」


 俺と愛莉珠ちゃんはそれから数時間後、ダンジョンから脱出することが出来た。そこは見渡す限りの荒野って感じで、隣接された施設がひどく浮いて見えた。


 俺は特に何も思わなかったけど、愛莉珠ちゃんは一日以上ダンジョンの中で息を殺して過ごしていた、しかもたった一人で。


 心細かっただろうし、何より一人ではあのダンジョンから脱出できる目途はなく、あのままでは死を迎えるばかりだった。その上、誰もそこにいることを知らないから誰かが救助に来る可能性も皆無。


 その状況はまさに絶望と言えると思う。せめてパーティ単位であればまだ希望はあったはずだけど、たった一人だからね。


 俺も七海に頼まれなければ来ていないしな。それを考えると愛莉珠ちゃんも中々運がいいのかもしれない。


 そんな状態から奇跡に生き延びられたとなれば、それは感情が爆発してしまっても仕方がないことだと思う。


「ひとまずあいつらを人目につかない所に出して放っておこう」

「ウォンッ」


 ラックの上で泣き暮れる愛莉珠ちゃんは気が済むまでそのまま泣かせておき、人目のつかない所に移動して絡んできた探索者達を影から放り出しておいた。


「ヨシヨシ」

「うう……ぐすっ……うわぁああああん」


 未だに泣き続ける愛莉珠ちゃんを俺は暫くの間、撫で続けた。


「うう、ぐすっ……す゛み゛は゛せ゛ん゛」


 ようやく落ち着いてきた愛莉珠ちゃんが泣いて上手く喋れないまま俺に頭を下げる。


「いやいや、気にしないで。七海と仲良くしてくれてる友達は放っておけないからな」

「うふふ……ぐすっ……どこまでもブレないですね……ぐすっ」


 俺に泣き笑いを浮かべて返事をする愛莉珠ちゃん。


 その顔は涙と鼻水で結構マズいことになっている。


 全く可愛らしい女の子がそんな泣き顔していたら人に見せられるものじゃないと思う。これは俺は仕方ないにしても他の人に見られるのは嫌だろう。


 俺はカバンから大きめのタオルと、ポーションを取り出して愛莉珠ちゃんに渡す。


「これは?」


 自分の状態のことがすっかり抜けてしまっていて、不思議そうに首を傾げる愛莉珠ちゃん。


「そんな顔じゃ人前に出れないだろ?可愛い顔が台なしだ。だから涙とかはタオルで拭いて、ポーションで目の腫れとかは引かせられれば、人前に出ても恥ずかしくないと思ってな」

「あ、ありがとうございましゅ……」


 俺が説明すると、彼女は顔を赤らめて俯いて礼を言った。最後は可愛らしく噛んでいた。泣き顔を見られたのがよっぽど恥ずかしかったんだろうな。


 もっとさりげなく渡せたらカッコイイんだろうけど、見た目とお洒落はどうにかできても中身まではどうしようもないからな。


 愛莉珠ちゃんはタオルで顔をグシグシと拭いた後、目許にポーションを振りかけていた。そのおかげですっかり顔は元通りに戻り、泣いた後はどこにもなくなった。


「ど、どうですか?」

「ああ。泣いたのが分からないくらい元の可愛い顔に戻ってるよ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」


 綺麗になった顔を俺に見せる愛莉珠ちゃんに、俺が微笑みかけると、彼女は少し焦った風に俯いて俺に礼を述べた。


「それじゃあ、携帯もつながらないみたいだし、愛莉珠ちゃんも落ち着いた所でここがどこか調べよう」

「そ、そうですね。早くウチに帰りたいです」

「そうだな。俺も七海との約束を守らないと。ひとまずここのダンジョンに隣接されている建物に行ってみよう」

「分かりました」


 俺と愛莉珠ちゃんは見えているそれなりに大きな建物に向かった。


「ハンターズギルド。名前から察するに、多分の探索者組合みたいな場所だな、この建物。多分日本じゃない」

「え!?そうなんですか!?」


 建物の看板は英語で書いてあったんだけど、特に問題なく日本語のように読むことが出来た。これが会話の熟練度を上げているおかげなのかもしれない。


 元々察しはついていたけど、それが確証を得たといった状況だ。


 俺の言葉に驚く愛莉珠ちゃん。多分ダンジョンから出ることが出来たのが嬉しすぎて周りをあまり見ていなかったんだと思う。


 日本でこんな荒野の真ん中みたいなところはあるかもしれないけど、普通見れない場所か知られていない場所に違いない。


「おそらくな。そうなると、状況は結構マズいな。俺達は今完全に不法入国者だ。捕まると根掘り葉掘り聞かれるかもしれない」

「それは嫌ですね」


 パスポートも何も持っていないので、一体どうやってきたのか、から始まってスパイだとか、そう言った疑いもかけられたりするかもしれない。


 俺は良いとしても中学生の愛莉珠ちゃんにはとてもきつい事だと思う。


「そうだな。そうなると、取れる帰還手段は一つ。ダンジョンに潜って再びあの罠にかかり、日本のダンジョンに飛ぶことだ」

「~~!?」


 不法入国の取り調べを受けないのであれば、現状これくらいしかない。


 いや、海を渡るという方法もあるにはあるけど、またスパエモに行った時みたいな大群が現れて、相手にしながら海を渡るのは至難の業だ。


 しかし、その手段を話題に出した途端、愛莉珠ちゃんの体がビクリと震えた。


 無理もない。それで酷く怖い経験したんだから。


「心配しないでくれ。絶対に一人で転移させたりしない。あの罠の事も大体わかってきたしな」

「そ、そうなんですか……ふぅ」


 俺は出来るだけ優しく微笑んで、頭をポンポンと少しだけ愛撫の力を使って撫でてやると、少しだけ顔を赤らめて顔を緩ませた。


 これで少しは心も軽くなったはず。


「ただ、この建物の中で何か聞くのは危険だから、さっきの奴らをたたき起こして話を聞こう」

「確かに藪蛇になっちゃうかもですしね」

「ああ、その通りだ」


 俺達は再びダンジョンゲート近くに戻り、人目のつかない所に転がしておいた探索者達の元に近づいた。

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