第212話 犬、先んじて動く
「そうか、やっぱり七海は学校で大人気なんだな」
「そりゃあそうですよ、あんなに可愛くて裏表のない娘は中々いないですもん」
俺と愛莉珠ちゃんは七海についての話題で盛り上がりながら、ダンジョンの入り口を目指して歩いていた。愛莉珠ちゃんはラックの背に揺られている。
七海はその容姿と性格が相まって中学校で大人気らしい。兄としてとても鼻が高い。
「うんうん、七海は確かに可愛いから人気になるのはしょうがないな。でも一つ訂正しておくことがあるな」
「えっと、なんですか?」
ただし、俺には黙っていられない所があった。
愛莉珠ちゃんは不思議そうに首を傾げる。
「七海のような可愛い女の子は中々いないじゃなくて、七海しかいないってことだな」
「え、はい、そうですね。確かに七海ちゃんのお兄さんのようです」
俺の言動になんだか納得顔の愛莉珠ちゃん。
「え!?疑ってたのか?」
「いや、そう言う訳じゃないんですけど、お互いに話していることがそっくりなので……」
まさかまだ疑っていたのかと驚愕していると、そういうことじゃないらしい。
俺はホッと安堵の息を吐いた。
「七海は俺の事をなんか言ってたのか?」
「世界で一番強くてカッコよくて頼りになって最高のお兄ちゃんだって言ってますね」
「おお!!七海もそんな風に思ってくれてたなんて嬉しいな、俺が大好きなのはわかってたけど」
七海もちょっと離れてただけで寂しがるくらいには俺のことが大好きだからな、うんうん。全く……仕方がないからまた今度何か買ってあげよう。
まぁ、七海の取り分ももう皆と変わらないから、買ってあげなくても買えちゃうかもしれないけど、プレゼントくらいしてもいいはずだ。
「ふふふっ。本当に似た者兄妹ですね」
「ははははっ。兄妹として当然だろ?」
「えーっと、そう……ですね、ははははっ」
俺の様子を見ながら可笑しそうに笑う愛莉珠ちゃんに、ニヤリと笑って答えると彼女は一瞬逡巡した後に肯定して笑った。
あれ?俺なんかおかしなこと言ったかな?
まぁいっか。
「ウォンッ」
「ああ、そうだな」
ラックが俺に向かって鳴く。それは別の探索者が近づいているという合図だった。
「愛莉珠ちゃん、どうやら同業者が近寄ってきているらしい。どういう相手か分からないから気を抜かないようにしてくれ」
「わ、分かりました」
それから五分ほど歩くと、前から六人の武装した探索者らしき人物達が歩いてきた。
それだけなら普通だが、全く普通じゃないことがあった。
「ヘーイ、ドウシタンダ、ボーイアンドガール?マイゴカ?」
全員が日本人ではなく、海外の人間であったと言うことだ。
まだ外に出ていないから分からないけど、とんでもないことになったかもしれないな。なぜなら海外の人がダンジョンに居ると言うことはつまり、そこが日本ではない可能性が高いからだ。
だからこそ、携帯が通じないとか、言葉が通じないとか、ダンジョンからまだ出ることが出来ていないとか、そういう事情があって、ダンジョンで失踪した人達の状況が中々伝わらずに事件の解決につながらなかったのかもしれない。
「えっと、いえ、全然大丈夫です。ちなみにここはどこの国のなんてダンジョンですか」
「ハーハッハッハ!!ソンナコトモシラナイノカボーイ!!サッサトオウチニカエリナ!!」
一番先頭にいる短髪の癖毛の金髪碧眼の男が俺を小ばかにするように笑う。
他のメンバーも全員男で、少し悪ぶっている雰囲気の大学生というのが一番しっくりくるかなぁ。
そういえば、なんでこいつ片言の日本語喋ってるだろうな?
物凄く分かりにくいんだけど。
まぁ俺達をどう思ってるかは分かるけどな。
なんとかしてほしい。
「はぁ……分かりました。さっさと帰るのでどいてもらえます?」
「おいおい、まさか唯でここを通り抜けようってんじゃないだろうな?」
俺が呆れつつ前を塞ぐ男に話しかけると、唐突に滅茶苦茶悠長な日本語になり、俺達に意地の悪い笑顔を見せた。他の男達もヘラヘラと笑っている。
さっきまでのは演技だったのか?
はぁ……俺は早く七海の所に帰りたいのに……。
妹の元に帰る俺を邪魔するなんて良い度胸じゃないか。
「ウォンッ!!」
俺の怒りのゲージが高まり始めた時、ラックが不意に鳴いた。
「ひ、ひぃ!?」
「た、たすけっ!?」
「や、やめて!?」
「う、うわぁ!?」
「ば、化け物!?」
「ひぃやぁ!?」
次の瞬間、そいつらの周りを巨大な影魔が取り囲む。その姿は闇そのものがオオカミの形をとったようなおどろおどろしい姿をしており、さっきまで威勢の良かった六人は尻もちをついて、ガタガタと震え始める。
「ひっ」
なぜか愛莉珠ちゃんもラックの影におびえる。あ、ちゃんと説明してなかったな。
「愛莉珠ちゃん、あれはラックの分身みたいなものだから怯えなくて大丈夫だ」
「そ、そうなんですね」
俺は落ち着かせるよう頭をポンポンと撫でて説明すると、安堵の表情を見せてくれた。
ふぅ、良かった。
『ウォンッ!!』
その影魔達はそのまま彼らに襲い掛かる。
『うわぁあああああああああ!!』
男たちの野太い悲鳴が上がり、そして何も聞こえなくなった。
「ま、まさか殺しちゃったんですか……?」
その様子を固唾を飲んでみていた愛莉珠ちゃんがあの方をらないぬえくくむ恐る恐る尋ねる。
「いや、そんなまさか。な?ラック」
「ウォンッ」
俺も突然のことだったから詳細は分からないけど、多分理由があったんだろう。
俺がラックに視線を向けて尋ねると、ラックは胸を張って鳴いた。
その鳴き声に合せてさっきの男達に覆いかぶさっていた影魔が男達から離れて霧散する。そこには涙と鼻水に濡れて酷い顔をした素行の悪い探索者が六人気を失って寝転がっていた。
「この人たちはどうするんですか?」
「仕方ない。ラックの影にでも入れて連れて行こう」
「ウォンッ」
置いていくわけにも行かないので俺はラックに影に入れて運ばせ、再びダンジョンの出口を目指すのだった。
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