第208話 忍法影分身の術
俺は七海たちの話を受けて件のEランクダンジョンである浪岡ダンジョンへと向かう。浪岡ダンジョンは俺が記念すべきEランクに昇格したダンジョンだ。
そういえば試験官をしてくれた百面相の探索者のお兄さんは元気だろうか。
『わかった。ダンジョン失踪事件の事は全然何も分かっていないんだから無理しないでね。何かあったらすぐ連絡して。すぐに駆け付けるから』
そんなことはさておき、シアにLINNEで状況を伝え、しばらく一人でダンジョンの探索を控えることと、一人で浪岡ダンジョンに調査に向かうことを伝えると、普段の喋りからは想像できない程流暢な文言を送られてきて、頭の中でその言葉をしゃべるシアを想像できなくて頭の中でコンフリクトした。
これはネット弁慶じゃないし……なんて言ったらいいんだろうか?
適当な言葉が思いつかない。
「ありがとう。何か分かったら連絡する、それと、先生にはしばらく休むと伝えておいてくれ、と」
俺はブツブツと独り言をつぶやきながら返事を返し、浪岡ダンジョンへの道程を過ごした。
件の浪岡ダンジョンに辿り着くと、そこには探索者達がダンジョンの手前で立ち往生している光景が目に入る。
「すみません、一体どうされたんですか?」
俺は一番近くに居た探索者の男に話しかける。
「え、ああ、それがよ、なんでもここでダンジョン失踪事件の被害者が出たらしくてな。ついさっきダンジョンを閉鎖することが決まって俺達は立ち入り禁止ってわけ」
「なるほど。そうなんですね、ありがとうございました」
「いやいや気にするな。俺も暇だったしよ。さぁてここに入れないとなると、どうすっかな……」
教えてくれた男に礼を言うと、男は手をひらひらとさせながら首を振り、最後の方はほとんど独り言になっていた。
そうか。すぐに調査には行けないけど、二次被害を防ぐためにこれ以上探索者が入らないようにダンジョンを封鎖することに決めたのか……。
しかし、はいそうですかと引き下がるわけには行かない。妹の頼みだからな。
俺は人気のない場所へと移動する。
「ここなら問題ないか……ラック」
「ウォンッ」
辺りに人気がないことを確認すると、ラックの影に俺を沈めさせた。名前を呼ぶだけで俺のやりたいことを理解してくれるラックはとっても凄い。勿論何故かと言われれば、ダンジョン内へと侵入するためだ。
ここはEランクダンジョンだから、おそらく常駐している探索者もそれほどランクは高くない。少なくとも零程の手練れはいないと思う。
だから問題なく、影に潜んで見つからないように移動すれば、問題なくダンジョン内に入ることができるはず。
俺はその仮説を証明するように、早速影に潜んだまま進んでいき、誰に見つかることも無く、ダンジョンの入り口に差し掛かる。
「あ、そうか……ここはゲートがあったわ……」
そうだ、思い出した。朱島ダンジョンはゲートが完全破壊されてしまっているので問題なく入れたんだけど、ここではそうもいかない。
かといってこれだけの探索者達の前で勝手にゲートが開いたら、絶対にバレてしまうはず。
「どうにかできないものか……」
「ウォンッ」
そんな風に悩んでいた俺にラックが頭を擦り付けてくる。
どうやら言いたいことがあるようだ。
「どうしたんだ?」
「ウォンッ」
「何?影ならあのゲート位余裕で通れるって?」
ラックは器用にジェスチャーを駆使して俺に説明し、俺は言わんとしていることを理解した。
「ウォンッ」
「なるほどな。影を通さない程完璧なスキマの無い扉は存在しないってことか?」
「ウォンッ」
ラックの影であればほんの些細な隙間さえも通り抜けることができるらしい。相変わらずとっても優秀な俺の従魔だ。もう離れられない。
「そうか、流石だラック」
「ウォウォン!!」
俺はラックを褒めるために目いっぱいワシャワシャと撫でると、ラックは嬉しそうに顔を歪めて鳴いた。
「それじゃあラック頼んだぞ」
「ウォンッ」
ひとしきり愛でたら早速そのままゲートへと進んでいく。
残り五メートル、四メートル、三メートル、二メートル、一メートル。
通過。
俺とラックは問題なくゲートを通過することが出来た。
「凄いぞ、ラック!!」
「ウォウォンッ!!」
俺は改めてラックの背を撫でると、ラックは俺を振り向きながら嬉しそうに鳴く。
「それじゃあ、早速外に出て調査を始めるか」
「ウォンッ」
ラックの影から飛び出して、俺はダンジョン内の気配を探る。どうやらまだ残っている探索者がいるらしい。
そりゃそうだよな、わざわざ探しに行ってまで連れ戻すって行為は、探しに行く時に失踪するリスクがある訳だからな。残っている連中は戻り次第、次回から立ち入り禁止にされるということなんだろうな。
事件に巻き込まれないと良いけど……。
「よし、調査を始めようと思うけど、俺たちだけじゃ、人手が足りない。ラック影魔はどのくらい出せるんだ?」
「ウォンッ!!」
「何!?いくらでも出せるだと!?それじゃあ、ひとまず千匹で行ってみるか」
俺がラックに影魔の数について尋ねると、驚愕の答えが返ってくる。
それならこのくらい使えば調査も早く進むだろう。
「ウォンッ!!」
「おお、これは凄い!!」
ラックの背後に本当に千匹はいそうな影魔達が現れた。
これがいわゆる主人公級の影分身か……。まさか本当に千匹だせるとは、どこまでウチの従魔は優秀なんだ……。これだけいれば調査も捗るはず。
「それじゃあ、俺とラックは何かあった時のために一緒に行動するとして、他の奴らは別れて調査してくれ。何かおかしなことがあったらすぐ報告するように!!」
『ウォンッ』
俺の指示に影魔達が一斉に鳴き、そしてダンジョン各地へと散らばっていった。
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