第207話 命の灯、風前の灯(第三者視点)

「はぁ!!」

「ブリザード!!」


 二人の男女の声がダンジョン内に木霊する。


 男性が前衛で西洋剣を振い、女性が後衛で魔法を唱えた。


「キシャァアアアアアア!!」


 相対するのは強大な蠍型のモンスター。強さはSSランク。世界でも屈指の強さを誇るモンスターである。


 しかし、そのモンスターも目の前の男女の攻撃でダメージを受けている。つまり、その男女もそのモンスターにダメージを与えられるだけの実力をもっているということだ。


「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……」


 しかし男女はかなり疲弊している。


「キシャアアアアアアアッ」


 蠍型モンスターのしっぽの連撃が襲い掛かる。


「ちっ」


 男性の方はなんとか躱しながらギリギリの者は武器でいなして事なきを得る。


「きゃー!!」


 しかし、女性の方は疲弊からか足がもつれて最後の攻撃を躱しきれず、毒の針が付いた尻尾の先が女性に向かって伸びる。


「アンナ!!」


 男性がすぐに地面を思いきり蹴ってアンナと呼ばれた女性の前に飛び出した。


「がっ!?」


 男は毒針が付いたしっぽの攻撃をなんとか盾で受けとめることに成功したが、少し針の先が頬を掠ってしまった。


「きゃぁああああ!!」


 そして受け止めたは良いものの、とにかくアンナを守ろうとして飛んだ男の体は後ろに居たアンナを巻き込んで後ろへと吹き飛ばされてしまった。


 ゴロゴロと地面を転がり、十メートル程進むとようやく止まる。二人は直撃は防いだため、なんとかすぐに体を起こした。


「ぐっ。すまん」

「い、いいえ、助かったわ。それよりもあなた、その傷……。気休めだけど……アンチドート」

「ちっ。俺も焼きが回ったな」


 モンスターは待ってくれないのですぐにモンスターに向き直る。アンナは毒を受けて顔色が悪くなっていく夫に向かって解毒の魔法をかけた。


 ただ、このモンスターの毒はアンチドートで解毒できるような生易しい物ではなかった。それでもかけておけば、毒が体に回るのを遅らせることはできる。


「キシャアアアアアアアッ」

「ちっ。仕方ねぇ!!あれをやる。とにかく今を乗り切らねえとな!!」

「分かったわ。それまでの攪乱は任せて!!」

「おう!!」


 すぐに吹き飛ばされた二人の元に蠍型モンスターが迫る。


 ここまで来て二人の体力、魔力、ともに、ほとんど空っぽになってしまっていた。


 しかし、背に腹は代えられない。ここを乗り切らなければどっちにしろ、命はないのだ。


 男性は残り少ない体力、いや命を削って渾身の技を出すことに決める。アンナもそれに合わせて、なけなしの魔力で敵の注意を引き付けることにした。


「こっちよ!!アイシクルランス×10!!」


 アンナは十本の巨大な氷の槍を現出させ、蠍型モンスターにぶつける。


「キシャアアアアアアア!!」


 表皮に突き刺さった氷の槍によってアンナを標的として定めたモンスターがアンナの方に襲い掛かった。


 先ほどは足をもつれさせて失態をおかしたが、もう同じ失敗はしない。辛うじて残っている魔力を全身にみなぎらせ、モンスターの攻撃を躱しながら、随時攻撃魔法を打って自分に意識を引き付ける。


「ハァアアアアアアアアアアア!!」


 その間に男の方の魔力が突如として爆発的に膨れ上がった。そして、そのエネルギーを自身の持つ剣に集中させる。


 それは奇しくも、とある学園で一人の女の子がみせた技と酷似していた。


「アンナ!!」

「ええ!!」


 息の合った掛け合いでアンナがちょうど男の前に向かっていたのを急に方向を変えて、構える男の直線上から飛び出した。


「葛城流剣術、三の型、飛燕!!」


 振りかぶるような独特なフォームから剣が振り下ろされる。


ーズバァアアアアアアアアンッ


 白い閃光と共に視覚化された斬撃が地を這うように目にも止まらぬスピードで蠍型モンスターに迫った。


「キシャ!?」


 モンスターはすぐに交わそうとするが、あんなによって引きつけられ、時すでに遅し。


 白い斬撃の波に飲み込まれてしまった。


「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……」


 男は片膝をついて剣を突き立てて、それを頼りにしてかろうじて体を支えている。アンナも身の丈ほどある杖で体を支えてなんとか立っていた。


 白い閃光が通り過ぎて、視界が開けると、そこには真っ二つに切り裂かれた蠍型モンスターの姿があった。


 すぐにモンスターの姿が消え、魔石だけがポトリと落ちる。


「はぁ……はぁ……なんとか終わったか……ぐぁっ!!」

「あ、あなた!!」


 モンスターが魔石変わったのを見届けると、その場に倒れ伏す。アンナはすぐに駆け寄って、男の体を仰向けにして、自身の膝の上に乗せた。


「ごめんなさい、私がミスしたばっかりに」

「はぁ……仕方ないさ。とにかく今のうちに少し休もう」

「ええ、そうね……」


 アンナは男の顔を心配そうに覗き込み、男は苦笑いを浮かべて強がる。


 彼らはすでにポーションの類は使い果たし、今や毒を回復する手段はなく、魔力や体力に関しても休むことでしか回復できない。


 アンナは目の前の最愛の男の命がもう遠くない未来に失われることを悟り、そして彼がいなくなれば自身の身も遠からず儚くなることを理解した。


「アレクシア、どうやら約束は守れそうにないわ……」


 アンナはどこかにいる娘の顔を思い浮かべて呟いた。

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