第209話 巻き込まれ転移

 俺たちは他の探索者に遭遇しないように避けながら、ダンジョン内の調査を開始する。影魔達にはダンジョンの隅々まで探してもらって、俺達は事件のあった場所を隈なく調査するつもりだ。


 俺達が向かうのは三階。


「よーし!!ラック、三階までまた競争だ」

「ウォンッ」


 俺がラックに以前のように競争を持ちかけると、ラックも俄然やる気になった。今回は単純な早さを競うだけなので、ラックも勝ち目があると思っているのかもしれない。


「よーし、この石が落ちたらスタートだからな?」

「ウォンッ」


 俺が適当な石を拾ってラックに見えるように掲げると、ラックは分かったと頷いた。


「ほい」


 前回学んだ俺は本当に軽く石を投げる。前回の初球のように天井に突き刺さることもなく、きちんと弧を描いて石が飛んでいく。


 そして、石が落ちた。


「どん!!」


 その瞬間、俺達が走り出す。俺達の最初の一歩でダンジョンが揺れたような気がするけど多分気のせいだと思う。


 俺は次の階への最短ルートを探り、一番短いルートを選択して突き進む。


「ハッハッハッハッ……」


 ラックも俺に置いてかれまいと一生懸命に俺の後を追いかけてきていた。前回俺とモンスター狩り競走した時は、俺に引き離されてしまったけど、ラックも俺についてくるなんて中々成長しているらしい。


 しかし、俺はまだまだ本気じゃない。


「それじゃあ、ちょっと本気を出すぞ?ついて来れるか?」

「ウォンッ!!」

「よし、その意気だ!!」


 俺が付いてくるラックに問いかけると、当然と言わんばかりにラックは鳴いた。


 それだけ元気なら問題ないな!!


 俺は足に一層力を込めて走り出した。


「ウォオオオオオオオオンッ」


 ラックも遠吠えをした後、黒い靄のようなモノが足に纏わりついて走り出す。それによりスピードが上がり、俺のスピードに離されることなく、ついてきていた。


 今回のラックは本当に成長しているらしく、俺も気が抜けない戦いになりそうだ。


 俺達はそれからデッドヒートを繰り広げながら、三階の失踪事件が起こった辺りまで残り五百メートルと言うところまでやってきた。


 それでもラックを引き離すことが出来ずにいる。


「よし、ここからはラストスパートだ!!」


 俺は最後に百メートル走ばりの全力で駆け出した。


「ハッハッハッハッ」


 ラックも辛そうに舌をだらんと出しながらも必死にくらいついてくる。しかし、それも限界だった。


 突如としてラックの走っている音が聞こえなくなったからだ。


 俺は勝利を確信してそのままトップスピードで目的の場所を駆け抜ける。


 しかしその時、俺の前に黒い影が現れた。


 それはラックだった。


 どうやらラックは俺の影に潜んでいたらしい。どおりで何の音もしないわけだ。そしてラックはそのまま俺より先に、目的の場所を通過した。


「うわっ。ラックそれは汚いだろ!!」

「ウォンッ」

「何?影の力の使用は禁止されてなかっただぁ!?……はぁ……確かにラックの言う通りだった。俺の完敗だ」


 俺は思わず卑怯だと叫んだけど、ぐうの音も出ない正論で言い返されて俺は負けを認めるしかなかった。


「ウォンッ」

「次は正々堂々やって勝つって?」


 ラックは今回勝つには勝ったけど、まだ正々堂々と真正面から戦って勝ったわけじゃないので、実質負けのようなモノだと思っているのかもしれない。


「それは俺も望むところだ!!」


 それなら俺も今度は気功を纏った状態で勝負をしてやる。それなら絶対に負けないはずだからな。


「ウォンッ」


 しかし、次の瞬間おれの考えを先読みするようにラックが鳴いた。


「なに!?気功は禁止?はぁ……仕方ない……気功は使わないで今回と同様に勝負するよ」

「ウォンッ!!」


 俺が気功を使うというズルを秘めておくべきだと決め、ラックはその答えに満足そうに消えた。


「それじゃあ、照査する前にラックにはご褒美をやろう」

「ウォンッ」


 ラックにご褒美をやろうとすると、ラックは息を荒げながらも俺の体に頭突きをするように頭を擦り付ける。


 よっぽどご褒美が嬉しいらしい。


「まぁまぁ落ち着け。ご褒美はブラックミノタウロス肉だ!!」

「ウォオオオオオオオオンッ!!」


 ラックは一旦落ち着かせた後に、ご褒美がブラックミノタウロスと聞いて感激で天井に向かって嬉しさを叫んでいた。


 俺でも中々取れないレアな食材なので喜ぶの仕方がないと思う。


「それじゃあこれな」

「ウォンッ」


 ラックは俺からブラックミノタウロス肉を受け取り、美味しそうに頬張っていた。


「先に始めるからなぁ」

「ウォンッ」


 ラックが肉を食べている間に先に辺りを探り始める。数分後にラックも普人と合流して匂いを嗅いでみたり、ダンジョンの壁を掘ってみたり、様々なことを試して調査を二時間程続けた。


「ラック、影魔のほうがどうだ?」

「ウォン……」


 その様子を見る限り、影魔から特にいい情報はなかったようだ。


「ちっ。手掛かりなしか……いったん休憩しよう」

「ウォンッ」


 手掛かりの手の字もつかめない俺達は一旦ここで休むことをした。


「ウォンッ!?」


 しかしその時、ラックが変な声を上げた。


「ラックどうしたんだ?」

「ウォウォンッ」

「何!?影魔の一体がいなくなっただと?」

「ウォンッ」


 ラックによると影魔がこのダンジョンから一匹いなくなってしまったらしい。


 その一体がどうなっているか探ることができれば、他の失踪者達の失踪後の状況について今よりも理解できるはずだ。


「連絡は取れるか?」

「ウォンッ」

「頼んだぞ」


 俺の質問に試してみると答えたラックはしばしの間目を閉じる。


「ウォンッ」

「なに?辺りが森に囲まれているだと?それにモンスターもいるからダンジョンぽいだって?」

「ウォンッ」

「でも、森林ダンジョンとは全く似ても似つかないと……」


 どうやら生きているらしい。つまり、その影魔はどこかに移動したと言うことだ。しかもこのダンジョンとはどこか別のダンジョンに。


 ここで失踪事件おおよその概要がつかめてきた。


 おそらくスタンピードが多発した時期を境に、転移罠の転移先に別のダンジョンも含まれるようになってしまったんだ。


 それに、転移罠が以前は固定だったのに対し、今はダンジョン内を絶えず移動している可能性がある。それなら説明がつく。


「それで、その先に失踪した探索者はいそうか?」

「ウォンッ」

「頼んだ」


 ひとまずある程度仮説が経ったので、影魔に近くに失踪者がいないか探ってもらう。


「ウォンッ」

「マジかよ」


 暫しの間待っていると驚愕の返事が返ってきた。


 どうやら愛莉珠ちゃんその人だったようだ。ただ、出現するモンスターがDランクダンジョンのモンスターらしく、彼女は隠れて怯えているようだ


「ひとまず影魔に愛莉珠ちゃんの護衛をさせておくように」

「ウォンッ」


 俺の指示にラックは大きく頷いた。


 すぐに愛莉珠ちゃんが見つかったのはいいけど、場所が分からない事には助けに行けない。


 そのためには俺も転移罠に引っかかるしかないわけだが。流石に転移罠なんてどこあるかは分からないよな、とダメもとで間隔を研ぎ澄ますと、それはラックの体の下に現れたところだった。


 一瞬、発光したかと思うと、俺の視界は浪岡ダンジョンとよく似た、勿論それは見た目だけだけど、洞窟ダンジョンらしき場所へと移動していた。


「うわっ。やっちまった……」


 俺が気づいた時には時すでに遅し。俺は誰かに結果を報告することも出来ないままラックに巻き込まれ、別のダンジョンへと飛ばされてしまったのだった。

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