第222話 大いなる勘違い

「ということはまさか……」

「ええ、そういうことです」


 真さんが愕然とした表情をしたまま俺に最後まで言うことはなく、俺に問いかけ、俺は真さんの言いたいことを引き継ぐように頷いた。


 真さんが言いたいことはつまりそのスキルを使えばすぐに豊島区まで移動できるのか、ということだ。


 俺はその問いに肯定した訳だ。


 ラックのスキルは影転移。


 ラックの影魔がいるところに自分が転移することができるスキルだ。距離や回数に制限はあるらしいけど、富士樹海から豊島区の距離なら問題なく移動できるらしい。


 いくら回数制限があるとは言え、数回は使えるようだし、中継を挟めば大体の所には数分以内に到着できると考えれば、その性能は破格と言える。


 まさかこのタイミングで使えるようになるとはまるで狙ったかのような瞬間じゃないか?


「まさか隠してたんじゃないだろうな?」

「ウォウォン!?」

「そうか。それならいいんだけどな」


 あまりにタイミングがいいのでラックを睨みつけたんだけど、ブンブンと首を振って否定した。


 ま、ラックが俺に嘘をつく理由もないか。


「ウチの妹の七海がいるところであれば、一瞬でそこに移動できます。移動先はシアの居る場所とも近いので今日中には再会できると思います」

「それは……とんでもないな……」

「ええ……出来るのなら本当に凄いことだわ」


 妹にはラックの影魔が付いている。だから、七海の所であればすぐに行ける。


 ただ、やはり転移と言う罠以外で経験のしたことのない現象をきちんと制御できるということが中々信じられない事らしい。それにまさかこんなにすぐにシアと再会できるとも思っていなかったということもあるかもしれない。


 実際せっかく帰ってきたのに転移に失敗して死にました、となるのは本意ではないはず。


 ここは俺が試してみた方が良いか。


「どうしますか?まだ試していないので俺だけ先に行きます?」

「いや、俺も一緒に行こう」

「私も別にいいわよ。一度は死んだと思った命。もう何も怖くないわ」

「私も一緒に行きます!!ななちゃんのお兄さんを信じてますから!!」

「そ、そうですか。分かりました」


 俺が確認のため尋ねると、全員なんだか喰い気味に同意した。


 逆に死を間近にする経験すると、死ぬ以外はかすり傷みたいな精神になるのかもしれない。


 ラックも自信を持って提案してきてるわけだし、問題ないか。


「そうですか。それじゃあ早速行きますか。ラック、頼めるか?」

「ウォンッ!!」


 三人はすでに覚悟が決まっているようなので、ラックに頼むと、ラックからの注意事項が伝えられた。


「それとこれから影に沈みますが驚かないでくださいね」

『え!?』


 俺はラックから言われたことを皆に伝えると、全員が驚愕の顔を浮かべる。


 全員の驚愕を尻目に俺達は影に沈んだ。


「うぉおおおお!?」

「きゃぁあああ!!」

「わぁああああ!?」


 俺達はそのままどこまでも落ちていくような感覚で落ちていく。


 数十行ほど真っ暗闇の中で浮遊感を味わった後、次に視界に入ったのはソファとテーブルが置いてある部屋。


 そこは新しい佐藤家のリビングだった。


「お兄……ちゃん?」


 気づけば目の前に七海が居た。


 七海はちょうどソファに座って大きなクッションを目の前で抱きしめ、携帯と睨めっこ。


 うわっ。完全に自室に出ることは考えていなかった。


 どこからともなく現れた俺達に視線をそれとなく合わせて呟く。


「おう、帰ってきたぞ七海、ただいま」


 俺は七海にニコリと笑いかけた。


「おにいちゃあああああああん!!」

「ぐほぉおおおおおおおおおお!!」


 七海の体当たりと頭突きが俺の鳩尾にクリーンヒット。


 俺は久しく受けてなかったダメージをこの身に受けた。


 ふふっ。流石俺の妹。すでに俺を超えたか……。


 最強のジャージを着ているのになぜ七海の頭突きは反射しなかったのか疑問だけど、俺に七海を攻撃をする意志が皆無なのと、家族愛がなせる業ではないだろうか。


 家族愛の前には防具なんて意味ないんだな……。


「全く……そんなに心配しなくても良かっただろ?ちゃんと連絡したんだし」

「するもん!!」


 俺が痛みを堪えて苦笑いを浮かべると、七海は俺の胸に頭をグリグリと押し付けてきた。


「ははははっ。全くかなわないな。心配してくれてありがとな。ただ、せっかく七海が望んだ相手を連れて帰ってきたんだから、そっちの心配をした方が良いぞ?」


 一応こんな姿を俺以外の人に見られるのは恥ずかしいと思ったので、早めに俺以外もいることに気付いてもらう。


「え?」


 七海は俺の言葉に頭を押し付けるのを止めて体を離し、辺りをきょろきょろと見回した。


「な、ななちゃん、ただいま。お邪魔してごめんね?」

「初めまして。突然悪いね」

「初めまして。突然ごめんなさいね」


 俺に抱き着く七海を、愛莉珠ちゃんは苦笑いを浮かべ、葛城夫妻は申し訳なさそうな顔で挨拶をした。


「えぇええええええ!?お兄ちゃん!!人が居るなら早くいってよ!!もう!!」


 七海は三人の様子にめっちゃ驚いた後、恥ずかしそうに俺から離れて身支度をパタパタと整えて佇まいを正す。


「ははははっ。悪い。まさか部屋に出るとは思わなかったんだ」

「もう……全く仕方がないんだから……まぁちゃんと帰ってきたから許す。愛莉珠ちゃん、おかえり。無事でよかった」


 俺がバツの悪そうに頭を掻くと、七海は呆れたように俺を見た後、愛莉珠ちゃんに近寄ってギュッと優しく抱きしめた。


「うん、ありがとね、ななちゃん。お兄さんに頼んでくれたんでしょ?」

「うん、お兄ちゃんならなんとかしてくれると思ったから」

 

 二人は目を瞑ってお互いの無事を喜び合った。


「それでお兄ちゃん、そっちの人たちは?」


 暫くお互いの無事を確かめ合った後、七海が俺に不思議そうに尋ねる。


「ああ、シアの両親だ」

「……」


 七海は俺の言葉にフリーズしてしまった。


 え?俺何も言ってないよな?


 俺は七海が固まった理由が分からず困惑する。


「お、おい、七海。どうしたんだ!?」

「一体いつの間にそんなに仲良くなったのよぉおおおおおお!?」


 俺が焦って七海の肩を揺さぶったら、七海は大きく叫んだ。


 ただ、その内容は明らかに勘違いしていた。

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