第206話 兄は妹との約束を破らない

「ふーん、そういうことか。昨日元々パーティを組んでいた仲間たちと、Eランクダンジョンに行ったら、いつの間にかその子だけがいなくなったと……」

「うん」


 七海から説明を受けた俺は腕を組んで思案する。


 ひとまずそのパーティメンバーに話を聞くのが筋だと思う。


「それで、そのパーティメンバーは?」

「このクラスに居るのはこの子、縁ちゃんだけだね。この子ともアリスちゃんを通じて仲が良くなったの。今日縁ちゃんに学校で会って、昨日の事を聞いて初めて知ったんだけど……」


 七海は近くに立っていた黒髪パッツンの女の子を連れてきて紹介する。この娘も自分が何も気づかないうちに、友達がいなくなって意気消沈しているようだ。


「よろしくお願いします……」

「ええ、ああ、うん、宜しく。それで探索者組合や警察には?」


 悲し気な顔をしながら頭を下げる彼女に、俺は頷いて確認を取る。


「はい、連絡はしました。ただすぐに動いてくれる様子がなくて……」

「なるほどな……」


 悲しさに落胆まで含む表情となって途中まででで言葉を切る彼女に俺は頷いた。


 確かに警察や探索者組合だとすぐに動いてくれるかどうか微妙なところだ。ただでさえダンジョン失踪事件の原因は未だに分かっていない。


 原因不明となると、なんの対策も無しに人を派遣して、その人間もいなくなってしまったら二重遭難のような事になってしまう。


 動きが慎重になるのも無理はないと思う。


「それで、俺はそのダンジョンの調査に行けばいいのか?」


 ということは七海が俺にして欲しいことはこういうことだと思う。


 そして、可能であれば原因を究明してその友達を見つけ出して、連れて帰ってほしいんだろうな。


「行って……くれるの?」


 七海が遠慮がちに俺に尋ねる。


 いつもはあんなに我儘言うのくせに、俺の身の危険があったり、俺に迷惑がかかるかもしれないことに関してはあまり頼みたがらないからな。

 俺を心配してくれてると思うと、尚更気持ちに応えたくなるのが兄貴の性ってもんだよな。


「そりゃあ、当然だろ?俺の大事な妹と仲良くしてくれる女の子の一大事なのに何もしないわけないだろ」

「ありがと!!やっぱりお兄ちゃん大好き!!」


 俺がニカッと笑って答えると、七海は再び人前にも関わらず、俺に抱き着いて頭を擦り付ける。


 俺は今この瞬間にとても幸せを感じた。


 うんうん、俺はこの瞬間のために生きていると言っても過言ではないね。


「なんだ?七海は俺が頼みを断るとでも思ってたのか?」

「だって危ないし、もしかしたら死んじゃうかもしれないじゃん……そんな所に流石に行きたくないかなって……」


 七海を体から離して七海の顔を見つめて問いかける俺に、七海は俯いてシュンとして答えた。


「バッカだな。俺がその程度の理由で七海の頼みを断るわけがないじゃないか。それに、俺が七海を残して死ぬわけないだろ。ちゃんと帰ってくる。約束だ」


 俺は呆れたような苦笑いを浮かべた後、七海に視線を合わせるように屈んで真剣表情で小指を出す。


「でも……」


 七海はそれでも逡巡して言い淀んだ。


「俺は七海との約束を破ったりしない。そうだよな?」

「うん、そうだね……そうだったね。お願い、お兄ちゃん。愛莉珠ちゃんを助けて。そしてちゃんと帰ってきて」


 そんな様子の七海を見かねて再度問いかけると、七海は目を瞑って今までの人生を振り返りながら頷き、目を開いたら俺の眼を真っすぐに見て自分の言葉で俺に懇願した。


 そして、七海も自分の小さな手の小指を俺の小指に絡めてきて、俺達は指切りをした。


「ああ、任せておけ」


 俺は七海の懇願を受け、しっかりと頷いた。


「それで縁ちゃん……だっけ?ちょっと聞きたいんだけど、いいか?」

「え、あ、はい、勿論です」


 急に話を向けられたことに驚いたのか、しどろもどろになってブンブンと首を縦に振る縁ちゃん。


「とりあえず、当時の状況と、彼女の姿が見えなくなった場所、どんなことをしていたか、なんか詳しく教えてもらえるか?」

「分かりました」


 俺はその後、縁ちゃんの話を聞いて、当時の状況を把握するのであった。


「あ、今回七海は留守番だぞ?」

「う、うん、そうだよね」


 一通り話を聞き終えた俺は、七海に念のため注意しておく。


 本当は行きたかったのか、不承不承と言った様子で七海は頷いた。一緒に行きたいと言い出したら絶対に止めるところだ。


「ああ。一緒に行って、もし七海が失踪してしまったら、俺は愛莉珠ちゃんなんてどうでもよくなって七海を探すことに全力を尽くすからな」


 七海を留守番にするのは、こういうことになってしまう可能性があるからだ。しっかりと言い聞かせておかないとな。


「わ、分かってるよ。だからお兄ちゃんを呼んだんだし。私がいなくなったらお兄ちゃん何するか分かんないからね」

「ははははっ。そんなの決まってる。すぐに学校休んで、七海がいなくなったダンジョンを隅から隅まで徹底的に調べ上げて、何がなんでも手掛かりを見つけ出し、検討を付けた場所がたとえ何処だろうがそこに行って、国でも世界でも何が相手だろうが、邪魔する奴は叩きのめして七海が見つかるまでずっと探すさ。これくらい普通だろ?」


 困惑顔をする七海に、俺は兄として妹が失踪した際に兄貴であれば当然そのくらいすると思っている内容を述べて、七海に尋ねる。


『いや、全然普通じゃないですから!!』


 しかしその答えは、クラス全体からのツッコミとなって俺に押し寄せることになった。


「えへへ、そうだね、それがお兄ちゃんだよね〜」


 七海は体をくねらせて、恥ずかしそうにモジモジしていた。

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