第五章 念願成就と姿を見せない留学生

第193話 夢の終わり

 学校のダンジョンのスタンピードが終わり、もうすぐ一カ月が経とうとしていた。七月に入り、梅雨が明けていないけど、世間はすっかり夏ムード。日本特有の湿気の多い夏がもうすぐそこまで来ていた。


 学校のダンジョンのスタンピードを境に、日本のスタンピードは徐々に減少し、一週間程でぱったりと止まり、ここ二週間はどこのダンジョンもスタンピードを起こしていない。


 それにダンジョンリバースを起こしたらしいダンジョンもスタンピード前の状態に戻っていた。


 スタンピードが起こらなくなって一週間ほどは緊張感が保てていたんだけど、二週間ともなると、徐々に探索者たちの緊張感が薄くなり、レベル上げよりも探索に精を出しているような状況になりつつあった。


「せい!!」

「ん!!」

「たぁ!!」

「はぁ!!」

「ゴッドブレス!!」


 そんな中、俺達一行は朱島ダンジョンでいつものようにレベル上げを繰り返していた。主にシアと俺がいつも通りにレベル上げしているのに、七海、天音、零が付き合っているような形だ。


 七海の提案で他のダンジョンに行ったこともあったが、気に入らなかったらしく、それ以降は朱島ダンジョンでいいと、他のダンジョンに興味を示さなくなった。


 一体何が気に入らなかったんだろうな?

 やっぱり経験値とお金なのかもしれない。


「ふぅ。お疲れ様」

「うん、つっかれたぁ!!」

「今日も稼いだわねぇ」

「一体いくらになるのやら」

「ん!!」


 もう俺達の魔石貯金は一生かかっても使い切れいないだけの金額になっているので、もはや稼ぐ必要はない。もはや毎日どれだけ経験値とお金を増やせるか、みたいなゲーム感覚でモンスターを倒していた。


 それから最近は、週に一回スパエモに行き、一日泊まってゆっくりするのが俺達の日課になっている。もちろん事前にいく連絡をしていたし、他の客の迷惑になったり、運営に支障をきたすのは本意ではないので、無理に貸し切りにしなくてもいいと言っておいた。


 それでも行くたびに貸し切りになっていたのは思わず苦笑するしかなかったけど。


 いつも彼らは笑顔でもてなしてくれた。


 そして今日もこれからスパエモに行く予定だ。


「それじゃあ、各自一時間後に駅に集合ってことで」

『了解』


 俺達はいつもの公園で分かれ、お互いに一度汗を流したりなんだりしてから再び駅で集合するのがいつもの流れだ。


 今日もその流れに乗って俺とシアは学校の寮に帰り、軽くシャワーを浴びた後、二人で駅へと向かうと、いつも通りというか、初めてシアと里帰りした時と同じような状況が出来上がっていた。


 そう、それは七海達にちょっかいを出して、痛い目にあった者達の末路の山だった。


 スタンピードの減少によって気のゆるみを生み、羽目を外す一般人や低ランク探索者が出始めている。平和になりつつあるのはいいことだけど、羽目を外す相手を間違ってはいけない。


 間違えるとあの山の一部となってしまうのだから。


「あ、お兄ちゃん!!お姉ちゃん!!」


 少し離れた位置から眺めていた俺とシアだっただけど、七海が目敏く俺達の姿を見つけて、手を振って声を掛けてきたので逃げられなくなってしまった。周りからの視線が俺達に降り注ぐ。


「おう、七海。大丈夫だったか?」

「うん、あーちゃんと零ちゃんがいたし」


 俺は七海達に近づきながら尋ねると、七海は両脇に立っている天音と零に視線をやる。


 この二人に世話になってばかりだ。特にこっちに知り合いや友達がいない七海と仲良くしてもらって感謝している。


「いつもありがとな、二人とも」

「べ、別に気にしなくていいわ。ただ、私たちがいなくても、今の七海なら問題ないと思うけどね」

「わ、私も気にしなくて良いわよ。でも、七海ちゃんが小さいから侮る人ってもいるからね。私たちで牽制になるならそれでいいわ」

「それは、確かにねぇ」


 俺が二人に笑顔で礼を言うと、二人とも顔を赤らめ、視線を彷徨わせながら話す。


 二人は相変わらず照れているみたいだ。


「それはともかく、さっさとここを離れよう」

「そうね、早くマッサージしてもらいたいわ」


 俺は集まってきている野次馬たちを視線で指し示しながら提案すると、天音が肩を回し、首を左右にコキッコキッっと傾けながら返事をした。


 俺は全員を引き連れて視線から離れるように電車に向かい、駅の中に入っていく。


 今俺は客観的に見れば完全にハーレム状態になっているんだけど、最近はスパエモの施術のお陰か、ヘイトの高い視線が少なくなって本当にありがたい。


 しかし、どこの世界にもそういう感情を抱く者というのは一定数いるもので、気の緩みもあるせいか最近増えているは困ったものだけど。


 ただ、俺が皆と一緒にいると、誰も近寄っては来ないので、せいぜい虫よけとしての役割を果たしていきたいと思う。


 電車に揺られて二時間後、俺達は無事にスパエモに到着し、癒され尽くしたのであった。


「あ、なんか、緊急会見ってのをやるみたいね」


 テレビを見ていると、いきなり画面が生放送に変わり、沢山のフラッシュを浴びて時の総理大臣である中津川氏が教壇のような物の前に立ち、話し始める。


 今後、一週間の間にスタンピードが起こらなければ、緊急厳戒態勢を一時解除する。ただし、年齢制限は現状のまま維持する。


 それが今回の会見の主旨だった。


「楽しい探索ライフもおわりか」

「勉強嫌だなぁ。別に卒業しなくても生きていけるし」


 俺が会見を聞いて呟くと、七海はソファの背もたれにグイッと体重を掛けながらぼやいた。

 

「まぁそういうな。母さんが悲しむ」

「分かってるって。ちゃんと高校までは出るよ」


 俺はそんな七海を見て肩を竦めると、七海も苦笑しながら答える。


「二人は緊急事態が解けたらどうするんだ?何もなければ、たまにパーティ組んでくれると助かるんだけど、な?シア」

「ん」


 緊急事態が終わるということは、また日常が戻ってくるということ。学校内で組んでいるだけの天音と、元々外部の人間である零とはパーティを組む理由がなくなるんだけど、ここ一カ月ちょっと見てきた二人以上に信頼できる人間は居そうにないので、このままパーティを組んでもらうのが理想的だった。


「私は構わないわよ。元々学校で組んでたわけだし、暇なときは付き合うわ」

「私も構わないわ。ただ、私にも仕事があるから、いつも一緒という訳にはいかないけどね」

「いやそれで十分だ。ありがとう」


 こうして俺たちは厳戒態勢が解除された後も引き続きパーティを組むことになった。

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