第183話 知らないうちに降りかかる災難(第三者視点)

「換装」


 七海は武装してから走り始める。


「きゃあ!!」


 暫く学校への道を走っていると、七海の耳に女の子の悲鳴が聞こえた。


「見て見ぬふりは出来ないよね」


 七海は普人の事を困った人を放っておけないと言っていたが、彼女もESJの際の行動然り、似た者同士だった。七海は急いで悲鳴の元に向かうと、そこにはコボルトの頭を持ち、欠食児童のような体躯を持つコボリンが、尻もちをついている女性に今にも襲い掛かろうとしている光景が広がっていた。


「えい!!」


 七海は杖の先にほんのちょっと魔力を集めて弾丸のように打ち出す。


―パァンッ


 コボリンの頭がはじけ飛び、モンスターはその場に崩れ落ちて消えた。


「え!?」

「大丈夫ですかぁ?」


 突然モンスターが消えて驚く女性に、七海は声を掛ける。


「えっと……一体なにがどうなってるの?」

「あ、私がモンスターをやっつけたので安心してください」


 まだ状況が飲み込めずに周りを見回す女性に七海がとても分かりやすい説明をした。


「そ、そうなの。あなたみたいな若い子も戦わないといけないのね……」

「そうですけど、私は結構楽しくやってるので大丈夫ですよ。それよりもあっちの方角に向かって逃げてください。学校で管理しているダンジョンがスタンピードを起こしたみたいなので、そっちは危険です」


 自分の安全を確保した女性は、七海を気の毒そうに見つめるが、七海はあっけらかんとした表情で女性の非難を誘導する。


 七海にとっては探索者になる事は、兄である普人と一緒にいることが出来る手段なので、全く苦じゃないどころか、むしろどんとこいという状態なので、女性の感情は全くの見当違いであるが、女性がそのことを知る由はない。


「わ、分かったわ。助けてくれてありがとう」

「いえ、どうしたしまして」


 女性は七海に礼を言うと、学校とは正反対の方角へと走っていった。


「うーんこの辺までモンスターが溢れているとなると、結構危ないかも。お母さんについてる影魔ちゃんを何匹か回した方がいいかもね。お母さんに連絡入れとこ」


 七海は学校内のダンジョンのスタンピードによって、学校からモンスターが漏れていることを把握したため、瞳にLINNEを送って、ラックの影魔の何匹に街のモンスターの掃除をする指示を出すようにメッセージを送った。


「これで問題なし」


 了承の意味のスタンプが送られてきたので、独り言ちた七海は再び学校を目指した。


「やぁ!!」

「とりゃあ!!」

「せい!!」


 学校に近づけば近づくほどモンスターの数は増えていく。七海は危なげなく、魔力弾を当てて一撃で倒していく。


「ふぅ……。学校の近くは結構ヤバいかも。緊急対策室?の人とか、残っていた探索者の人たちがなんとかしていると良いんだけど……」


 市街地に広がるモンスターの数に一般人の安否が気になる七海。しかし、今はスタンピードを収めるのが最優先。気になる気持ちを押し殺して、急いで学校へと足を向けた。


「七海!!」

「七海ちゃん!!」


 それからも散発的に襲ってくる雑魚モンスターを蹴散らしながら進むと、校門付近で天音と零の声を捉えた。


「あーちゃん、零ちゃん。良かった、すぐに合流出来て」

「そうね。人命救助をしたりもしていたから上手く合流できないかと思ったけど、問題なかったわね」

「私もそうなの。他の一般人達は大丈夫かなぁ?」


 お互い無事に合流できたことを喜び、人名救助している所まで似ていて少し笑ってしまうが、七海は助けに行かなかった一般人達のことが心配になる。


「緊急対策室へのタレコミもすぐにやったし、ここの対策室は優秀だから街の方は大丈夫よ。すぐに鎮圧するわ。それよりも私達もすぐにスタンピードの終息に力を貸しましょう」

「さっすが、零ちゃん!!分かったよ!!」

「そうね!!」


 既に一般人への救援が問題なさそうな事を知ると、二人は笑顔になった。


「それじゃあ、お兄ちゃんの所に行く?それとも別のダンジョン?」

「うーん、普人君とアレクシアが一緒にいるのならそっちは大丈夫でしょ。別のところに行きましょ」


 七海が行き先を尋ねると天音が自分の考えを述べる。


「そうね。ひとまずFランクダンジョンの方に行ってみましょう」

「りょーかい!!」

「分かったぁ!!」


 確かに普人がいるならDランクダンジョンは何も問題ないだろうと考えた零は、ひとまずFランクダンジョンに行くことを提案し、三人は頷きあって学校内のFランクダンジョンへと向かった。


「うぉおおおお!!」

「とりゃあ!!」

「はぁああああ!!」


 そこでは探索者達がFランクモンスターと戦っている所だった。ただ、今の所探索者の数は間に合っているようで、その内終息するのが目に見える。


「ここは大丈夫そうね」

「ええ、問題なさそうね。私たちは別の所に行きましょうか」

「そうだね、Eランクダンジョンに行ってみようよ」


 そこには孝明も居たのだが、三人は気づくこともなく、Eランクダンジョンへと行くことにした。急いで西側にあるEランクダンジョンへと向かうと、そっちは少しモンスターに押され気味だったので、全員で参加する。


「せい!!」

「たぁ!!」

「ゴッドブレス!!」


 天音と零はそれぞれ拳と短刀でモンスターに切りかかり、数秒後に七海の敵のみに作用する魔法で辺りのモンスターを消し去った。


「おお、救援か!!」

「疲れたぁ。助かったぜ」

「ありがとう!!」


 三人に感謝の言葉が降りかかる。


 探索者達はかなり押され気味だったので、その感謝も心から出てくるモノであり、三人は嬉しい気持ちになった。


「お兄ちゃんに頼まれたからね!!任せてよ!!」

「そうね、私達も参戦するから大船に乗った気でいなさいよね!!」

「二人ったら調子に乗っちゃって。遅くなりましたが、私達も参加しますので少しお休みください」


 調子に乗った二人と先に対応していた探索者達に休むように促す零。


「ひゅー!!めちゃくちゃ可愛い子達じゃないか!!」

「俺はお姉さんが一番の好みだなぁ!!」

「俺はあの一番武闘家っぽい子が良いなぁ!!」

「俺はあの小さな女の子!!」


 一人の探索者が七海たちを見るなり、その可愛らしさに声を上げると、次々と声が上がる。


「このロリコン!!」

「変態!!」

「死ね!!」

「ぶへぇ!?」


 しかし、最後の一人は小学生にしか見えない七海の欲ない視線を向けたので、全員に袋だだ気にされていた。


「全く……ちっちっちっ。お兄さんたち駄目だよ!!皆私のお兄ちゃんのお嫁さん候補なんだからね!!」


 その様子を見ていた七海は腰に手を当てて胸を張り、どや顔で応える。


 誰も嫁になるなどとは言っていないし、そういう約束は全く皆無なので、明らかに七海の独断専行であった。


「はぁ!?なんだその羨ましい奴は!!」

「誰なんだ!!」

「名前を教えるんだ!!」


 しかし、誰もそんなことを知らないので、ここにいる可愛い女の子達の愛情を一身に受けるにっくき男の名前を欲する男達。


「ふっふっふっ!!何を隠そう、佐藤普人、それが私のお兄ちゃんの名前だよ!!」


 七海はさらにドヤ顔で何も隠すことなく普人の名前を告げた。


『あいつかぁ!!許すまじ!!佐藤普人ぉおおおおおお!!』


 その瞬間、知り合いである普人の顔を思い出し、探索者達が嫉妬と殺意で叫ぶ。


 なぜか自分の居ない所で男たちのヘイトを買うことになった普人。


 それに彼が気づくのは少し先の事である。


 一旦辺り一帯のモンスターが消えてしまったので、Eランクのダンジョンの制圧はとてもスムーズに進んだ。

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