第178話 七海の戦い(第三者視点)

「ただいま~」


 七海が自宅の中に入り、リビングに顔を出すと、瞳がテレビを見ていた。画面には昨日の事件がニュースになって報道されている。


 現地にいるリポーターが町の被害を報じ、画面には倒壊した建物などが映し出されていた。何人かの死者や怪我人が出ており、リポーターも緊迫した様子で語っている。


 住人への聞き込みによって、町に現れたモンスター達が海から現れ、町に侵入してきたということは分かっているが、突然海と町との間に巨大な壁が出来て、モンスターの侵入を防いだ後の海辺の様子は分かっていない。

 

 それ以降、海からのモンスターの侵入は確認できていない上に、派手な音が響いていたので、おそらく緊急対策室の誰かが壁の外側で進行してくるモンスターと戦っていたのだろう、という推測を現地住民たちは語っていた。


 幸い普人たちがマッチョマーマンと戦い、殲滅したことは外部に漏れていなかった。スパ・エモーショナルの人間達も普人たちに深く感謝しているため、インタビューの類は一切受けず、スパ・エモーショナルからも漏れてはいない。もちろん零の精神系能力のおかげもあるが。


 ただ、緊急対策室は、自分たちは街に侵入したモンスターを倒すので精一杯で海に関しては何もしていないと発表しているため、一体誰が大量のモンスターを倒したのか、という疑問がスタジオでは議論されていた。


「あら、おかえり。……なんだかとっても艶々になってない?」


 娘の心配よりもまず気になるのはその艶々した肌とさらに可愛くなっている顔。


 モンスターの侵攻に巻き込まれたのは聞いていたが、連絡もちゃんとついているし、何度もそういうことがあるので徐々に慣れつつある母、瞳である。


「うん。スパエモの施術が凄かったの!!」

「そんなに変わるなら私も行ってみたいわぁ。最近シワが気になるのよねぇ」


 七海が答えると、瞳は目許を押さえながらしみじみと呟く。


 子供二人を生み育て、年齢もそれなりになっている彼女にとって、それはとても重要な悩みであった。


「それじゃあ、スパエモの人にこれ貰えたからあげるね」


 七海はカバンから二枚のチケットを取り出し、瞳の前に差し出した。


「これは?」

「スパエモの施設・サービス全部三日間使い放題チケットと、隣のホテルの二泊三日のチケット。事前に連絡してくれれば、対応してくれるって」


 不思議そうに尋ねる瞳に、七海はニヤリと笑ってそのチケットの正体を教える。


「はぁ……あんた達ってホントに親孝行な子供たちね」


 それを聞いた瞳はため息を吐いて、困ったような笑みを浮かべた。


「まぁね!!今回は私達だけで行っちゃったし。お母さんだけが行けないのもなって悩んでたら、スパエモの人がくれたんだよ。あ、それとこれお土産ね」


 ニシシとドヤ顔で笑う七海は、お土産のお菓子を手渡す。


「ふふふ。それじゃあ、そのお土産でお茶でも飲みましょうか。手を洗ってらっしゃい」

「はーい!!」


 瞳は嬉しそうに笑い、七海に指示を出すと、七海は指示に従い、手を洗いに行き、その後、買ってきた商品を部屋に出して、リビングに戻ってきた。


 ちょうど瞳がお茶を入れ、テーブルに並べ終わり、お土産を開けている所だった。七海はテーブルの椅子に腰を下ろす。


「はい、どうぞ」

「うん」


 七海は差し出されたお土産の箱から一つ取った。


「それで、七海達はあれに巻き込まれたんでしょ?大丈夫だったの?」

「え?うん、沢山のモンスターと戦ったけど、お兄ちゃんがいたし、全然大丈夫だったよ?」


 結構街の結構酷い状況が映しされたのを指しながら瞳が尋ねるが、七海はなんともなさそうな表情で答える。


 七海としては強いモンスターと戦ったという印象はないが、実際戦っていたのはBランクモンスター。本来Cランクの探索者が複数、もしくはBランク以上の探索者が単体で討伐できる程のモンスターの大群だった。


 モンスターが流入した数に対して、街に大きな被害が出たのはそのせいもある。人死にが少なかったのは、緊急対策室とラックの影魔の活躍のおかげであった。


「ふーん。まぁ怪我をしないで、人様に迷惑を掛けなければ好きにしたらいいと思うけど、無理はするんじゃないわよ?」


 瞳もこれまで何度か事件に巻き込まれても何事もなく帰ってきてることから、あまりうるさくは言わないが、心配なことは心配なので、一応釘をさす。


「うん。大丈夫。疲れたらお兄ちゃんが休ませてくれるもん」

「そう……。まぁあのバカ息子が七海を酷使したりするわけないか……」


 七海は平然とした表情で言うので、瞳は自分の息子の妹への溺愛っぷりを思い出して、ため息を吐きながら首を振った。


「そうだよ。お兄ちゃんが私に大変な思いをさせるわけないじゃん」


―ゴゴゴゴゴゴゴゴッ


 七海が瞳に返事をした瞬間、小さな揺れが二人を襲う。


「地震?」

「そうかしらね」


 学校から多少離れているということは、原因であるダンジョンからも遠いということなので揺れも小さく、二人は小さな地震が起きた程度の認識だった。


 そのため、そのまま会話を続けることにした。


―ゴゴゴゴゴゴゴゴッ


 しかし、それからまた数分のうちに再び揺れが起こる。


「大きな地震の前触れかしら」

「どうなんだろうね」


 再びの揺れに少し不安になる二人。


―ティリリリンッ


 その時、七海の携帯がなった。七海はポケットから携帯を取り出して確認をする。


「あ、シアお姉ちゃんからだ」

「シアちゃん?どうしたの?」


 通知でアレクシアからのLINNEメッセージだと分かった七海が呟くと、瞳は不思議そうに首を傾げた。


「ちょっと待ってね……えっと……あ、学校が管理していたダンジョンがスタンピードを起こしたんだって」

「え!?大丈夫なの?」


 七海が携帯のロックを解除してLINNEの文面を読みあげると、瞳は目を見開いて驚く。


 七海が落ち着いているのは、今回遭遇したモンスターの大群の方がスタンピードより多いであろうことと、普人たちがすでにDランクダンジョンのスタンピードを静めている経験があるからだ。


「大丈夫だよ。学校にはDランクダンジョンまでしかないって言ってたし。とりあえずお兄ちゃんと合流するからそれまで待っててって」

「そう。それにしても学校のダンジョンまでスタンピードを起こすなんて……ホントにこれから世界はどうなるのかしら……」


 呑気な七海に、瞳は度重なるスタンピードでこれから世界に対する不安がよぎってしまう。


「まぁ、その辺もお兄ちゃんならなんとかするんじゃない、多分」

「七海も大概普人が好きね」

「当然だよね!!」


 しかし、七海の普人が好きすぎる発言に、深く考えすぎている自分が少し馬鹿らしくなって不安が軽く霧散していった。


―ゴゴゴゴゴゴゴゴッ


 話を続けていると、再び揺れが起こった。


「三回揺れたってことは、もしかしたら学校が管理してるダンジョン全部スタンピードしたのかも」

「流石に普人でも危ないんじゃないかしら」


 七海の予想を聞いて、心配そうに瞳が呟く。


「それはないよ。ただ、さっきからお兄ちゃんにLINNE送ってるけど返事が来ないから、スタンピードの対応で忙しいんだと思うよ」


 しかし、海を割るような普人が三つのダンジョンーしかも低ランクのーがスタンピードした程度で手こずる印象はないので、七海は瞳の懸念を否定するように首を振った。


「普人のことだから避難が遅れている人を助けてるのかもしれないわね」

「多分そうだと思う。困ってる人は放っておけない性質だし。あっシアお姉ちゃんから連絡がきた」


 普人の行動を二人で予測していると、アレクシアから再びLINNEが届いた。


「なんて?」

「先にあーちゃんたちと合流してから、こっちに合流してって」

「七海を呼ぶってことは多分人手が足りないのね。大丈夫だとは思うけど、気を付けて行ってらっしゃい」


 瞳の質問に、七海が兄からの指示を伝えると、瞳は心配しつつも快く送り出す。


「分かった!!あ、ラックの影魔ちゃんたち!!ちゃんとお母さんとこの辺りを守るんだよ!!」

『ウォンッ』


 七海が瞳の言葉に返事をした後、指示があったように影魔にきちんと瞳を守るように言いつけると、影の至る所からラックの影っぽいモノが顔を出して、任せろとばかりに吠えた。


「これは流石にやり過ぎじゃないかしら?」

「お兄ちゃんが必要っていうんだから、必要なんだよ!!」


 瞳はその数の多さに苦笑いを浮かべるが、七海はにっこりと笑った。


「はぁ……分かったわ。気を付けていってくるのよ?」

「はーい!!」


 瞳は俯いてため息を吐いた後で注意すると、七海は元気に手を挙げて返事をして家の外に出ていった。

 


 

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