第165話 感謝の返し方(第三者視点)
とある店の前で店員が一堂に並び、とある一行を見送っていた。
その中で一番その一行に視線を送っていたのは店員たちの真ん中にいた代表である、榊原冴子であった。
「本部の言っている意味がわかったわね……」
「ええ、そうですね」
冴子が呟くと、部下の白石が相槌を打つ。
ESJ近くのダンジョンスタンピードが起こった後、もし佐藤普人と葛城アレクシアが訪れたら全力でおもてなししろ、という通達がスパ・エモーショナルにも来ていた。
二人の容姿や、ESJで起こった事態において彼らが果たした役割やその功績、本部が彼らに用意した報酬などの情報も一緒に送られてきていた。
送られてきた当時はこんな若い子達が本当にそんな大それたことをしたのだろうか、と疑問の気持ちを持っていた冴子であったが、今ではすっかり本部の通達が本当であったことを骨の髄まで知らしめられてしまった。
冴子は彼らがやってきた時の事を思い出す。
彼らは唐突にやってきた、それも閉店近い時間に。
白石に呼び出された冴子は、こんな時間に一体何事かと思えば、相手は通達のあったVIPカードを所持している客が来たという。しかし、来たのは二人ではなく、五人。
ただ、通達が来ていた以外の人間もきちんとカードを持っていた。つまり、佐藤普人が報酬である残り四枚の内、他の三人にカードを渡している、つまり渡してもいいと思っている人間も一緒に連れてきているということだ。
「すぐに向かいましょう!!それと皆には残業の通達を」
冴子は半信半疑ながらも通達は通達。すぐに彼らが満足できるおもてなしができるように手配を進める。
「え!?」
「私たちの恩人達がいるのです。きちんともてなしましょう。特別手当も出します。余程の理由が無ければ残るように言ってください。うちの一大事だと」
「わ、分かりました」
同じ部屋にいた部下の一人が驚きの声を上げるが、すぐに各所に電話をし始める。
「白石さん、行きますよ」
「は、はい」
呼びに来た白石と共に受付に向かう冴子。冴子は受付で通達で来た写真通りの本当に若い人間達であることに驚きながらも顔に出さずに応対を始める。
「お待たせしてしまい、大変申し訳ございません。あのもしかして佐藤様と葛城様でいらっしゃいますでしょうか?」
「はい、そうです」
「ん」
冴子の質問に普人とアレクシアは頷いた。
やはり。
冴子は間違いなく通達の相手だと認識して接客を続ける。
「やはりそうでしたか!!いやぁ、その節は私どもの施設を守っていただき誠にありがとうございました。私当館の館長を務める榊原と申します。本日ご利用されるのは、こちらにいらっしゃる五名様でよろしいでしょうか?」
「はい。そうです」
自己紹介をしながら尋ねる冴子に普人は再び首を縦に振った。
「分かりました。もうすぐ閉店予定でしたが、佐藤様方は閉店時間など気にせず、どうか心のゆくままに寛いでいってください」
「え!?いやいやいいですよ、そんな」
冴子の提案に恐縮するように断る普人。
若いのに傲慢でもないみたいね。
冴子は普人にそんな印象をもった。しかし、ここで引いたらESJ系列の名が廃る。
「いえいえ、私達が受けた恩はこの程度では返しきれません。是非とも私達が少しでも恩を返す機会をいただけないでしょうか?」
彼女は相手が断りづらそうな文句を並べて頭を下げた。
「わ、分かりました。精一杯楽しませていただきます」
普人は少し狼狽えながらも精一杯の笑顔で頷いた。一方で冴子は上手くいったと安堵し、これから普人たちの事を見極めてやろうと考えていた。
一日サービスをした結果冴子に分かったのは、普人たちはマナーの良い普通の中高生だったということだ。一人だけ年が少し離れた女性がいたが、それでもかなり若いには違いないので、他の四人ともそれほど違和感なく馴染んでいた。
次の日は、女性と男性で別れ、女性陣は昨日できなかった美容系のサービスを受け、普人は一人で店の中でプールに入ったり、風呂に入ったり、店に寄ったりして楽しんでいた。
本部が言う程凄い子達じゃないな、それどころかごく普通の中高生、そういう結論を冴子が出そうとしていたちょうどその時にそれは起こった。
―ドドドドドドドドドドドッ
突如として響き渡る地鳴りような音、その音はこちらに向かってきているようで、床も揺れ始めて徐々にその揺れが大きくなっていった。
「榊原館長!!」
そこに一人の職員が駆け込んだ来た。
「一体何が起こってるの!?」
「佐藤様によればとんでもない数のモンスターが海から迫ってきているそうです!!」
冴子の質問に職員は答える。
「なんですって!?その彼は今どこに!?」
「彼はモンスターの事に気付くや否や近くの窓から飛び出して行きました!!」
「女性陣は!?」
「女性陣もすぐに彼の所に向かって走っていったようです!!」
普人と女性陣の行方を尋ねた冴子は、思わず歯噛みする。
彼らに何かあれば自分たちは上からおしかりを受けることは間違いない。
「引き止められなかったのかしら!?」
「止める間もなかったので難しかったですね」
冴子がいらだちを抑えながら職員に確認すると、あっという間に言ってしまったという。
彼らは探索者であり、凄まじい実力の持ち主。確かに一般人である彼らに普人たちを引き留めるのは無理か。彼らが抑えに言ったということは勝算があるということのはず。
冴子はそう考えなおした。
となれば、自分たちがすることは身を守る事だ。
「ちっ。すぐに待機中の探索者達を招集して出入り口の警戒に当てらせ、従業員もホールに集めなさい!!」
「わかりました!!」
冴子はすぐに指示を出し、各所に電話をかけ、出来るだけの手配を行った。
「全員集まっているかしら?」
その後で、三階のホールのある場所に行き、全員集まっているかどうかの確認を行う。
「はい。点呼で従業員が全員居ることを確認しました」
「そう。それで海辺の方はどうなってるの?」
ホールからは海辺を見渡せるので職員に外の状況を尋ねる冴子。
「それが……一定数のモンスターはすでに市街地に入り込んでしまったようです」
「そう……」
暗い表情で話す職員に冴子も同じように顔に影を落とす。
それでは救援がいつ来るかも分からない状況の今、被害は免れない。
しかし、次の言葉が冴子を驚かせる。
「ただ、それ以外はあの子達が町に入れないように塞いでしまいました」
「どういうこと!?」
「見てもらった方が早いと思います」
職員の言葉に驚いた冴子が職員の案内に従い、ホールの窓に寄って海辺の方を見てみると、街と海辺の境界線に見渡す限り、巨大な氷の壁が八の字に出来上がっていて、モンスター達は陸地に上がる場所を制限されていた。
「なんなのこれ……?」
「それが……眩しい光が放たれたと思ったら、気づけばあの壁が出来上がっていたんですよ……」
「そ、そんな魔法聞いたことないわよ……」
冴子の呟きは虚しくも答えを得ることはなかった。
冴子は探索者達を雇用する立場。それなりに探索者の事も知っていたが、この辺一体の海辺と街を封鎖できるような魔法を使う人物など聞いたことがなく、伝え聞くSSSランク級の魔法使いならあり得るかもしれない程度のモノだった。
「彼らがあれをやったというの?」
「おそらく……。彼らはあそこにいますので……」
職員に尋ねる冴子に、彼は海辺で戦う普人たちを指さした。
そこでは凄まじい勢いでモンスターを殲滅する彼らと、その勢いをも上回りそうな勢いで陸地に上陸してくるモンスターとの激戦が繰り広げられていた。
「あの子達化け物ね……」
「そうですね……」
そこには一撃で敵を何十匹も消し去る探索者達がひたすらに攻撃を繰り返す姿があった。
―ドゴォオオオオオオオオオンッ
それからしばらくして飛んでもない光の奔流が放たれたと思えば、一帯に居たモンスターが全て吹き飛んでいた。
『おぉおおおおおおおおおおおお!!』
集められた職員たちから歓声が上がる。
そういう反応をしてしまうのも無理はない。冴子は自分も歓声をあげそうになるのを堪えながら事態を見守る。
『あぁああああああああああああ……』
しかし、敵の侵攻が止むことはなく、再びモンスターが現れ始めたことで職員たちの間に動揺と落胆の声が漏れた。
「あ、佐藤様が妹さんと霜月様を後ろに下げたみたいですね!!」
「え!?そんなことして対応できるの?」
先ほどまでもぎりぎりだった彼らにそんな余裕があるとは思えなかった冴子だった。
「はぁ!?」
『えぇえええええええええええええ!?』
しかし、冴子も職員たちも目の前の光景に愕然とした。
先ほどまででもほとんど見えなかったが、夫普人は一人で三人分の敵を屠っていた。
しかもその数はモンスターが消えれば消える程に、モンスターが消えていく量もスピードも増えて、モンスターがガンガン減っていく。
そして極めつけは暫くの間、敵を殲滅し続けていた普人が最後に放った技。まるで斬撃のような光が海に向かって一直線に伸びていく。
『はぁあああああああああああああああああああ!?』
それはホールに居る職員全員を叫ばさせるには十分な程の衝撃があった。
なぜなら目の前にいたモンスターを全て消し飛ばすと共に、海を数キロにわたって真っ二つに割ってしまったからだ。
そんな光景はニュースでも探索者の配信でも見たことがない。
明らかに異常な威力だった。
しかし、そのおかげでそれからモンスターの侵攻は止まった。
『すっげぇえええええええええええええええええええ!!』
それが彼らの感想だった。
「とんでもない子たちね……」
「はい……」
呆然と言い放つ冴子に、職員が同じように頷く。
「こうしちゃいられないわ!!すぐに準備しなさい!!」
しかし、いち早く衝撃から回復した冴子が職員たちに檄を飛ばす。
「なんのですか?」
「そんなの決まってるじゃない!!我らがヒーローを持て成すのよ!!」
冴子の言葉に首を傾げる職員に、冴子は当然じゃないと言い放つ。
『~~!?はい!!』
その言葉に衝撃を受け、確かに思った全従業員は、声をそろえて返事をした。
こうして自分たちのスパを、ひいては街を守ってくれた彼らへの尊敬と驚愕と感謝の気持ちを一つにした職員たちは、戻ってきた彼らを一丸となってドロドロに溶けるようなもてなしをするのであった。
「次回来てくれた時もどろっどろにしてあげるわよ!!」
『はい!!』
それが彼らなりの感謝の返し方であった。
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