第166話 誤算(第三者視点)

「くっ。流石に時期を急ぎ過ぎたか!?」


 そう焦るように独り言ちるのは人型の黒いもや


 フードの男の直属の部下の一人である。


 彼は次の異世界侵攻作戦に参加する対象の人選を行っていたが、いよいよ人選も終わり、後はシステムへの介入をし、割り込ませるダンジョンや転送魔法陣の設定などを行うだけという所だった。


 しかし、フードの男の指示を受けて、地球の魔力濃度を早急にあげるためにダンジョンシステムを無理に稼働させ、地球の世界各地でスタンピードを起こしていたが、その負荷は思っていた以上にシステムを圧迫していたようで、システムがオーバーヒートを起こしてしまっていた。


 そうなると、システム介入が思うようにいかなくなり、ダンジョンの選定や転送魔法陣の組み込みが上手くできない。


 彼は焦りながらシステム介入端末に向かって、キーボードに相当する部分を一縷の望みを掛けてひたすらに叩いていた。


「ここもダメか……。ああ!!こっちもか……」


 色々なことを試してみるが、あれもこれもダメで、やれることが少なくなっていく。


「進捗はどうだ?」

「ひっ!?」


 ひたすらに画面に向かっていた靄は突然後ろから声を掛けられ、驚きで飛び上がった。靄が恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのはフードの男だった。


「あ、はい。それはもちろん」

「そうか。突然話しかけて悪かったな。サトツに目にモノを見せてやれると思うと少々気が逸ってしまってな」

「いえ、とんでもありません」


 システムがオーバーヒートを起こして異世界への侵攻さえままならない、などとは口が裂けても言うことが出来ず、問題ないと答えることしかできない靄。


 バツの悪そうにここに来た理由を述べるフードの男に、靄は早く帰ってくれることを祈りながら、頭を下げた。


「それで、今回の侵攻の概要を聞いてもいいか?」

「はい。それはもう。今回は世界各地スタンピードを起こしているのを利用して、サトツと出会ったダンジョンから離れた場所にあるダンジョンにスタンピードを起こさせ、その機に乗じて兵達を送るつもりです。兵たちの他に多数のモンスターもいるとなれば、すぐに全滅するということもありませんのでちょうどいいかと」


 フードの男に問われた靄は当初考えていたプランを説明する。ただし、現状そのプラン通りに作戦を実行出来るかは定かではない。言ったからにはやるしかないのだが。


「ふむ。なるほどな。残っている作業はなんだ?」

「後はダンジョンの選定と転送魔法陣の組み込み、そして部隊の派遣のみとなってます」


 フードの男が考えるような仕草しながら靄に残りの作業を確認すると、靄は本来残っていた作業だけを伝えた。


「そうか分かった。これもうすぐサトツに引導を渡せるわけだ。引き続き頼んだぞ」

「しょ、承知しました」


 黒い靄が声を上ずらせて返事をした後、満足そうな雰囲気のフードの男はそのことに気付く様子もなく、姿を消した。


「ふぅ、なんとか今は乗り切りましたが、マズいですね」


 なんとかフードの男からの追及をされずに済んだが、システムがオーバーヒートしていることには変わりない。


 だから、フードの男は賭けに出ることにした。


「イチかバチか……強制コマンドを使用するか」


 強制コマンド。


 これを使用すればオーバーヒート中でも転送程度なら可能となる。しかし、ダンジョンの選定やリスポーンのタイミングなどを組み込むことができなくなり、いつどこのダンジョンに転送されるか分からなくなるという欠点を孕んでいた。


 その上、オーバーヒート中に強制コマンドを使えば、確実にシステムは休止状態になり、しばらくの間は介入などを一切受け付けなくなってしまうことは確実であった。


「どちらにせよ、ここで成功させなければ私の命はない。やるしかないんだ」


 黒い靄はひとりごちで再び端末前の椅子に座り、カタカタとコマンドを打ち始める。すると、端末が組み込まれている触手が寄り集まった木の様な柱の隙間から赤い光が漏れ出した。


「ここでこのボタンを押してしまったらもう後戻りはできない……」


 再び呟いた黒い靄の前にある画面には、『このコマンドを実行しますか?』という意味の文字が赤文字で点滅していた。


―ゴクリッ


 黒い靄はこれからの自分の未来を決定づける選択を前に喉を鳴らす。


 黒い靄と家でも自分が死ぬ、というよりは消えてしまうことが恐ろしい。だからそのボタンを押す前に躊躇してしまった。


 しばしの間、黙り込んでしまう靄。


 しかし、数分程のちに黒い靄はキーボードのエンターに当たるボタンを押した。


―ゴォウン、ゴォウン、ゴォウン


 ボタンを押した途端、柱からエンジンが駆動し始めたような音が聞こえると共に、漏れ出ていた光が赤から白に変わり、それはシステムが強制的に正常な状態になっていることを表していた。


「後は出来るだけ早く設定を行い、休止状態になる前に部隊を送るだけだ」


 黒い靄は正常な状態になった端末を確認すると、残り少ない時間を無駄にしないために、すぐに転送準備にとりかかるのであった。

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