第163話 守れたもの
「おかえりなさいませ」
『おかえりなさいませ』
僕たちがスパリゾート・エモーショナルに帰ると、一階の至る所で戦闘があった痕跡が残っていたんだけど、幸い専属契約している探索者達の尽力によってどうにかモンスターを撃退出来たらしく、榊原さんを筆頭に、数多くの従業員が僕たちを出迎えてくれた。
しかし、その意図が分からなかった。
「えっと、どうかされたんですか?」
俺は榊原さんに尋ねる。
「前回ならず、今回までも私達ESJを、いえ、この街を守ってくださり、本当にありがとうございました」
彼女から出てきた言葉と行動に、僕は目を白黒させる。彼女は筆頭に、俺達を出迎えてくれた人達は深々と頭を下げた。
しかし、確かに疲れはしたけど、俺達は狩りやすい場所でひたすらに雑魚モンスターをガンガン狩っていただけだ。
緊急対策室の人たちに比べれば、そんなに感謝されるようなことをした覚えはない。
「いやいや、前回もそうでしたけど、俺達は雑魚モンスターを殲滅しただけですので、そう畏まらないでください」
「いえいえ、そう言う訳には参りません。上とも相談いたしましたが、最上のもてなしでご案内するようにと仰せつかっておりますので」
俺は慌てて顔を上げさせて、その畏まった態度を止めさせようとする。しかし、頑な態度の榊原さん。
「いやぁ。そういう対応だと逆に肩こっちゃいますし、気持ちが休まらないのでどうかお願いできないでしょうか?」
困った俺はそういう対応をされると逆効果だと伝える。
「そ、そうですね。分かりました。お客様に気を遣わせてしまうなど、私共もまだまだです。でも私たちが本当に感謝していることは分かって頂きたいのです」
俺の気持ちが伝わったようで、慌てて普通の態度に戻す従業員たちだが、榊原さんは手を胸に抱き、万巻の思いが詰まったような表情で僕に訴えかけた。
「は、はい。分かりました」
俺はその真剣な言葉に唯々狼狽えつつも頷くしかできなかった。
「ここの従業員はこの街の者たちがほとんどです。私たちは窓から佐藤様たちの戦いを固唾を呑んで拝見しておりました。たとえ佐藤様達にとってそれほど強くないモンスターだとしても、私たち一般人には脅威以外の何物でもないですし、あれだけの数がいれば苦戦もしたはずです。しかし、あなた方は、いち早く事態に気付いて街と海を分断し、逃げることも出来たはずなのに、海から迫り来るモンスターを食い止めてくれていた。私たちはその姿を後ろからずっと見ておりました。街の方にもある程度の数が来ましたが、この辺りは私どもが契約している探索者達がどうにかしてくれましたし、街の方も緊急対策室の方々の奮闘によって、そこまで酷い被害にはなりませんでした。それもこれもあなた達が海の方を抑えてくれていたからです。本当にありがとうございました」
榊原さんが従業員の気持ちを代弁するように俺達に礼を述べる。
『ありがとうございました』
榊原さんが最後に頭を下げたのに合わせて、従業員たちも頭を下げた。
榊原さんを初めとして、全員が真剣な表情を浮かべており、誰一人としてふざけたり、俺達をバカににしているような人間はいなかった。
それを見て彼らが本当に心から俺達に感謝しているのが伝わってくる。
別に感謝されるつもりでやったわけじゃないし、ただ街に被害を出したくない一心でやったことだけど、こうして誰かに感謝してもらったことで、俺の心は確かに救われていた。
ここには失ったものばかりじゃなくて、確かに俺達が守ったものがある、そういうことに彼女達は気づかせてくれた。
「私達が守れたものもちゃんとあったんだね」
七海が俺の気持ちを代弁するように呟く。
「ああ、そうだな。確かに失われた命や物も沢山あったけど、俺達が守れたものもちゃんとある」
「そうよ。あなた達はもっと自分を誇るべきなの。あれだけのモンスターの大群から逃げずに戦い、そして、倒しきったんだから」
七海の言葉に同意するように呟くと、零が俺の肩に手を置いて優しい笑みを浮かべた。
「零の言う通りだな。俺達も一生懸命やったし、少しくらい気を抜いて休んでも良いか」
「ええ、もちろんよ」
俺も微笑み返すと、彼女はしっかりと頷いた。
「つっかれたなぁ!!」
「もうホントに!!」
「あんな終わりの見えない戦いはもう二度とごめんよ!!」
「うふふ。確かに疲れたわね」
零以外はその場にへたり込み、零はそんな俺たちを微笑ましそうに眺めている。
俺自身、体は疲れてないけど精神的にめっちゃ疲れた。それは皆も同じだったみたいだな。
「あらあら、お疲れのようですね!!それでは今日はもう一泊されてはいかがでしょうか?」
「え、そうですね。どうする?」
俺たちの顔を見て満面の笑みを浮かべて榊原さんが俺に提案するので、俺は分かり切った質問を皆に投げかけた。
『さんせーい!!』
全員から全く同時に賛同の声が上がる。
「さぁさ、皆さん、我らが英雄さん達がお疲れのようです。私達の持てる技術全てを使って癒やし、磨き上げて差し上げしょう!!」
『了解!!』
俺達の連泊が決まるなり、榊原さんの掛け声によって、集まった従業員達が俺たちの方はとゾロゾロやってくる。
「うわっ!?」
「きゃ!?」
「ちょっと!?」
「な、なんなの!?」
「ん」
従業員達に囲まれた俺達は全員、複数人の従業員達に担ぎ上げられて、何処かはと運ばれてていく。
「何処に連れていくんですかぁ!?」
「うふふ、天国ですよ?」
俺が動揺した声をあげると、榊原さんが妖艶に笑った。
詳細は省くけど、俺達はこの後、スパ・エモーショナルの従業員達にドロドロに溶かされて、日々の疲れという疲れを吐き出させられ、身も心も癒され尽くした。
お陰で俺たちは生まれたて赤ん坊みたいに内も外もピカピカになったとさ。
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