第162話 爪痕

「どうやら大丈夫そうだな」

「ふぅ……収まったみたいね。今まで海の中に溜まっていたモンスターが全て上陸してきたって思える量だったわ」

「ホントにね。地獄かと思った。そのおかげでレベルがもう訳がわからないくらい上がったけど」


 俺と零と天音は海で遊ぶ七海とシアを眺めながら呟く。気功で海を割ってから十分以上経ったけど、ひとまず再びモンスターが侵攻してくる様子は見られない。


 実際、数万匹はいたであろうモンスター達。


 いくら一発で数十匹とか百匹とか消し飛ばせてもあれだけの物量で来られると手が足りない。なかなか大変な戦いだった。


 でもおかげで気功に目覚めることが出来た。気功はかなりの可能性を秘めていて、皆が驚いていたところを見ると、高ランクの探索者の中でも気功の熟練度の項目が表示されている探索者は少ないのかもしれない。


 隠し熟練度と言う部類なのかもしれないな。そんな熟練度を表示させてしまう俺ってやっぱツイてる。


「お兄ちゃーん!!」


 すっかり元の状態に戻った海辺の波際で、七海が水をチャプチャプと足で撥ねさせて弾けるような笑顔で俺に手を振る。隣ではシアも静かに水を撥ねさせていた。

 

 まだ六月になったばかり、気温は高くなってきているけど、水温はまだまだ冷たい。元気だなぁ。


 俺は七海に手を振り返す。


「これからどうするの?」

「街の方の様子を見に行って問題なさそうならスパ・エモーショナルに戻ろう」

「分かったわ」


 それからもうしばらく七海たちが遊んでいる姿を眺めた後、俺達は市街地の方へと向かった。


「うわぁ……」

「これは酷い……」

「くそっ。俺がもっと早く気づいていれば……」


 街の中に入ると、そこには平和とは程遠い光景が広がっていた。所々ぐちゃぐちゃになった壁や、ぶつかって止まっている車とそこから上がる煙。崩れたビルの入り口や散らばる残骸。


 ラックにも掃除を手伝わせていたんだけど、俺がもっと早く気づいて、モンスター達が街に入る前に七海に壁を作らせることが出来ていれば、ここまで被害を出さなくて済んだのに。


 俺の心の中にそんな気持ちが沸いてくる。


「自分を責めちゃダメよ。むしろこの程度で済んだのは間違いなく私達があそこで迎え撃ったからなんだから。あそこに私たちが居なかったらこの辺りは壊滅状態になっていもおかしくなかった。それに私たちはあくまで一般探索者。緊急対策室のメンバーでもないの。責任を感じすぎるのは良くないわ」

「そ、そうだな。ありがとな、零。少し心が軽くなったよ」


 そんな俺を心情を見抜いたような言葉を優しく俺にかけてくれたのは零。確かに俺達がやれる事はやった。割り切れはしないけど、ほんの少しだけ心が軽くなった。


「ふふふ。私は年長者ですからね。これくらい当然よ」

「ああ、頼りにしてるよ。このメンバーの中で一番な」


 俺の言葉に零が優しく微笑む。そこにはまるで姉のような親しみやすさと頼もしさがあった。


「ふ、ふーん。そ、そうなのね。これからもフォローは任せておきなさい」

「ああ」


 腕を組んでそっぽを向いて頬を染める零。


 どうやら照れているらしい。


 率先して面倒事を引き受けてくれて、ホントに頼りになる探索者の先輩だ。


 七海とシアは見たことがない光景に衝撃を受けているのか、表情に驚愕と怯えが含まれているのが分かった。シアの場合、アホ毛が生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていて怯えているのが丸わかりだった。


「天音は大丈夫なのか?」

「まぁ……ね。これまでも何度かこういう街を見てきたし」

「そっか」


 一方で天音はそれほど動揺している様子はなく、尋ねた俺に力の無い笑みを浮かべて悲し気に笑う。そこには様々な思いが含まれて俺には頷くことしかできなかった。


「七海、シア、大丈夫か?」

「お兄ちゃん……」

「ん……」


 二人のそばに行って声をかける。七海が俺に抱きついて来た。シアは俺の近くで俯いて悲し気な表情をしている。アホ毛もしょんぼりだ。


「モンスターなんて全然怖くないと思ってた。でも、ホントに人を襲って、町を壊すんだね」

「そうだな。俺も実際に傷ついた町を見てようやく、今の日本が置かれている状況が見えてきた。これからはもっともっとレベルを上げなきゃな」


 七海の言葉に、俺は宥めるように撫でながら答える。


 七海達はレベル、俺はとにかく上げられるだけ熟練度をあげて、次は何匹あの程度のモンスターが来てもすぐに対応、もしくは手分けして戦う事も出来る様になっておきたいな。


「うん、そうだね」


 返事をした俺に同意するように七海は頷いた。


 それから街の様子を見て回った俺たちは、それほど多くの人間が被害が出ていなかったことに安堵すると共に、少しでも犠牲を出してしまったことに責任を感じつつ、一度スパ・エモーショナルに戻るのであった。

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