第157話 平穏が終わる音
その日はマッサージを受けた後、オシャレなレストランで高そうで体に良さそうな料理を食べ、さらにマッサージを受けながら昼寝を楽しみ、館内にあるお店を物色した後、またお風呂に入ってマッサージ受け、夕食を食べて、ひたすらに癒されつくした。
「本日はこちらのお部屋に皆様でお泊り下さい」
そういってホテルの人が案内してくれたのは一番最上階の部屋。つまりまたエクストラスイートルーム的な一番眺めも質もいいお部屋だった。
「うわぁ……すっごい部屋ね……」
「こんな部屋私でも泊まれないわよ……」
中に入るなり、天音と零はそのとんでもないオシャレで豪華な空間に衝撃を受けて、言葉を失った。
俺達はESJで一度体験しているので、前ほどの衝撃はないけど、それでもやっぱり夢だったんじゃないか、みたいな気持ちがあって、もう一度似たような部屋に来ると、夢じゃなかったんだと思える。
「ふわぁ。二度目だけど凄いね」
「そうだな。相変わらずとんでもない部屋だ」
「ん」
俺と七海がお互いに頷きあっていると、シアはこの前同様に当たり前と言った様子で冷蔵庫から勝手に飲み物を取り出し、全員分のコップに注いで、テーブルの上に置いた。
「飲む」
「お、シアありがとな」
「シアお姉ちゃんありがと」
俺と七海はすぐに椅子に腰掛け、テーブルの上に置かれたコップを手に取ってジュースを飲んだ。そのジュースは果汁百%系の飲み物で、とても高そうな上品な味がする。
「うーん!!美味しい!!」
七海はご満悦の様子だ。
こういうところだとジュースはそんなに入って無さそうだけど、俺達の予約が入った後、ここの人が入れ替えてくれたのかもしれない。
そう言ったところまで考えてくれるのは流石プロだと思う。
「美味し」
「そうだな」
シアも椅子に腰かけて一緒にジュースを飲む。
「私本当にこんなとんでもない物受け取ってよかったのかな」
「そうね。おそらく国賓級の待遇だと思うわ。それと同等なんて私大丈夫かしら」
二人はボーっとしながらおもむろにカードに視線を落として呟いている。
この二人はいつの間にか仲良くなっていたんだよね。反応も結構似ていることがあるし、似た者同士で結構気が合うのかもしれないな。
「おーい、そろそろ復活しろよ~」
「あーちゃん!!零ちゃん!!戻ってきてぇ!!」
「え、あ、は。あっと、私ももらうわ!!」
「え、あ、うん、私ももらうわね」
俺と七海がジュースを飲みながら未だに放心中の二人に声を掛けると、再起動したらしい二人もこちらにやってきて椅子に腰かけて、テーブルのコップ持って一気に呷った。
『ぷはぁ!!』
全部飲みほした二人は、テーブルにドンとコップを置いてため息を吐く。
「飲む?」
「も、もらうわ」
「い、いただくわ」
いつの間にはジュースの入った水差しのようなものを手に持って待機しているシアが尋ねると、二人はコップを差し出して頼んだ。
俺と七海と自分のコップにも追加で注いで、サッとジュースを冷蔵庫にしまい、再びコクコクと小動物のようにジュースを飲み始めるシア。
相変わらずマイペースだ。
「ホント一体何やったのよ?」
「そうよね」
「いやだから、ホントにESJ近くで起こったスタンピードの雑魚モンスター掃除をしていただけなんだって、なぁ」
「ん」
「うん!!」
天音と零が俺を疑うので、俺が七海とシアに確認するように尋ねると、彼女たちは頷いた。
「ホントに信じられないんだけど」
「そうね。私でも金額的には泊まれるとしても、ここって使える人が限られるような部屋だから、絶対泊まれないのよ?」
「さぁ、そこは俺にはなんとも言えない。俺は言われたままもらっただけだし」
二人に訝し気な視線で見つめられたけど、俺は肩を竦めるしかできなかった。
だってホントに雑魚モンスターを殲滅しただけだからな。
「どうだか……」
俺の返事に天音もヤレヤレと肩を竦める。
「明日はどんな予定だ?」
これ以上その話をしても仕方ないので、俺は話題を変える。
今日一日でかなり堪能したと思うんだけど、明日は一体何をするんだろうか。
「明日は服を脱がなきゃいけないマッサージとかエステとか一杯受けるつもり。だから明日は一人でのんびりしてていいよ。お兄ちゃん」
「そうか、分かった」
俺が一緒にいられない施術を明日は一日中受けまくるつもりらしい。
みんな若いからそれほど必要なさそうだけど、若くても女の子。綺麗になりたいという願望は皆持ってるんだな。
俺はどうしようかな。軽くその辺の散歩とかプールで泳いだりでもして、その後はゆっくり温泉に浸かって疲れを取ろうかな。温泉は何度入ってもいいからな。
前はある程度入っているとのぼせてしまいそうだったんだけど、今は全くのぼせることも無く、温くても熱くてもちょうどいい気持ちで入ることが出来る。
探索者適性と熟練度様様かな。
「よし、良い時間だし、寝るかな」
「私お兄ちゃんと寝る~」
七海は俺に絡みついてくる。
「一人で寝なさい」
一緒に寝るのはやぶさかじゃないんだけど、もっと俺以外にも懐いてほしいのでたまには突き放す。
本当は一緒に寝たいけど。
断腸の思いで!!
心を鬼にするんだ!!
ううっ!!
「ぶぅ~、いいじゃん!!お兄ちゃんのけち!!」
「ななみん、一緒に寝る」
「いいもん。今日はシアお姉ちゃんと寝るもーん」
俺に突き放された七海は誘ってくれたシアの手を引いて適当な個室に向かっていった。
「ああ、おやすみ。二人も適当な部屋を使ってくれ」
俺は二人の背に声を掛け、天音と零に先に部屋を勧める。
「りょうかーい!!おやすみ」
「分かったわ。おやすみなさい」
二人を見送った後、俺は誰も使っていない部屋に入り、布団に入って意識を閉じた。
そして次の日、しっかりと休んだ俺達は、俺と女子で分かれて行動を始めた。
俺は午前中はプールでのんびりと漂ったり、思い切り泳いだりした後、お風呂に入り、ご飯を食べた。
今は昨日見ていなかった店を渡り歩いているところだ。
―ドドドドドドドドドドドドドドッ
美容系のいろんな商品があるんだなとしげしげと眺めていると、俺は地鳴りのような音が徐々に迫ってくるのを感じ、さらに床の揺れも感じた。
「なんの音!?」
「何が起こってるんだ!?」
その音に、残って俺達の対応をしてくれていた店員たちが騒ぎ出す。
俺は地響きの原因を五感と直感を頼りに調べる。すると、海の方から数えるのも億劫になるほどの気配が、物凄い勢いで陸地に上陸し始めていた。
窓から見ると黒い影がわらわらと動いていて、すでにビーチにある建物や器具を壊し始めているのが見えた。
「海から何か来てる。恐らく、とんでもない数のモンスター群れだ」
―ゴクリッ
そこにいる俺以外の全員が喉を鳴らした。
俺は一刻も争う事態に、自分のことを省みることもなく、すぐにそばの大きな窓から外に出て駆け出した。
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