第134話 締まらない男の締まらない一日(第三者視点)

「森林ダンジョンでもスタンピード起こっただと!?」


 緊急対策室豊島支部の室長室にて室長である新藤は、部下である柳亜紀の報告にまたもや驚きで立ち上がっていた。


 その理由は自分たちの担当地区である森林ダンジョンにてスタンピードが起こったと報告されたからだ。


「はい」


 しかし、返事をする亜紀は落ち着いたもので何も焦っていなかった。


「何を落ち着いているんだ!!すぐに俺達が行かなきゃいけないだろ!?」

「それがもう鎮火されたそうです」


 亜紀の態度に憤りながら叫ぶ新藤に、亜紀は端的に答えた。


「はぁ!?」


 新藤はその言葉が理解できず、大声を上げて驚く。


 それもそのはず。通常スタンピードともなれば数十人や百人単位で挑み、数時間かけて終息させるもの。それがすでに終わっていると聞けば素っ頓狂な声を上げてしまうのも仕方のないことだ。


「ついさっき起こってもう終息したってのか?」

「それが職員の多くがスタンピードに気付かなかったみたいで……起こったのは二時間ほど前だったようです」


 当然の疑問を亜紀にぶつける新藤だが、亜紀からは斜め上の回答が齎された。


「はぁ!?気づかないなんてことはありえるのか!?しかも二時間で終息だと?一体どうなったやがる?」


 信じられない情報の連続に新藤のツッコミが連発する。


 本来スタンピードが起これば、すぐに守衛が組合支所に連絡を入れて、緊急対策室へ連絡が来るはずだった。それが来ないというのは明らかに異常事態である。


「それが要領を得ないのですが、ゲート近くにいた守衛によると、スタンピードが起こったのは覚えていて、誰かがそのスタンピードに向かっていって、入り口付近でモンスターを止めていたらしいです。その守衛は驚愕して見入ってしまったらしいのですが、終息後に謎の集団失神事件が起こり、前後の記憶が曖昧になってしまい、その人物たちのことは思い出せないようです。それでほとんどの職員が気づかなかったらしいですね」

「そんなバカな……」


 亜紀の報告に言葉を失う新藤。


 だとすれば、森林ダンジョンで起こったスタンピードはごく少数の人間たちによって瞬く間に鎮められたということになる。


 高ランクの探索者であれば特に問題ないはず。


 新藤はそう考えたが、次の亜紀の言葉がそれを否定する。


「さらに驚くべきことに中から溢れ出したモンスターにはBランクのモンスターが混じっていました。そこかしこに残っていた気絶したモンスターを通報を受けて駆け付けた警察や救急隊員たちが確認しています」

「何ぃいいいいい!?」


 そう、中からあふれ出したモンスターの中にBランクのモンスターが混じっていた。低ランクモンスターのみであれば高ランク探索者が少数での対応でも問題なかった。しかし、高ランクモンスターが混じっているとなれば話は別だ。


 数の暴力というのは侮ることができず、Bランクモンスターが多数出てくるとなればAランクの探索者でさえ危うい。それが数千匹と言う単位になればAランク探索者でもかなりの人数が必要になる。


 Sランクでも何名か必要な規模だ。しかし、Sランクの居場所に関しては全て把握していた。彼らは森林ダンジョンなどにはいなかった。


「つまり何か?たった数名でBランクモンスターが混じるスタンピードを押さえたって言うのか?」

「状況証拠ではそうなりますね」


 新藤が話をまとめて聞き返すと、亜紀は再び端的に答える。


 信じたくはないが、そういう人物がいるということは紛れもない事実であった。


「一体何者なんだよ。そいつは……」

「分かりません」


 新藤の呟きにも端的に反応する亜紀。


「あ、そういえば、そこに居たってことはダンジョンに入った可能性が高いってことだろ?カードを通した記録はどうなってるんだ?」


 しばし沈黙が下りていた室内だったが、ふと思い出したように新藤が亜紀に尋ねる。


「それが、集団失神事件が起こった時間あたりに、世界中で地震や火山の噴火が確認されたんですが、森林ダンジョンの辺りは結構被害が大きく、その辺りのデータがすっ飛んでるんですよね」

「確かにこの辺りもかなり揺れたな。なんてこった……そっちの線でもどうにもできないか……」


 しかし、データの線もスタンピードに併せて起こった災害により、データもろとも消失。辿ることができなかった。


「はい……。あ、でも消防隊員や警察からの情報によると通報してくれたのは若い男女だったようです。名前は聞かなかったようですが」

「待てよ……。そういえば確かしばらくアイツが接触に成功したと言ってたな……。そっちに聞けば何か分かるかもしれない」


 若い男女と聞いて普人の事を連想する新藤。新藤は天音に普人の事を探らせていたことを思い出し、連絡して聞いてみるために携帯を取り出した。


―ピロリンッ


 そしてその時、タイミングを見計らったように携帯にメッセージが届く。


「おっ。ちょうど連絡が来た」


 新藤は携帯のロックを解除して天音からのメッセージを見る。


「なになに……三日間森林ダンジョンに潜ってたんだけど、普人君って超凄いかも。それに、帰り際に起こったスタンピードか身を挺して守ってくれたの。ちょっとほれちゃうかも。だと……そうか、やっぱりそこにいたのか。佐藤普人」


 天音からのメッセージによって、普人がスタンピードを食い止めた本人かはともかく、少なくとも天音を守るために、普人がその場に居合わせたことは文面によってまず間違いない。


 新藤はますます普人のことが気になった。


「どうかされたんですか?」


 携帯をブツブツと言いながら見つめる新藤に問いかける亜紀。


「いや、なんでもない。報告助かった。もう下がっていいぞ」


 新藤は首を振って労いの言葉をかけて退室を亜紀の体質を促す。


「わかりました。失礼します。あ、一つ言い忘れていたんですが……」


 亜紀は頭を下げて扉の方に向かっている途中で、ふと思い出したかのように止まって振り返る。


「なんだ?」

「ファスナー開いてますよ」


 亜紀が言いよどんだ先を尋ねると、亜紀はそう指摘した。


「な!?」


 亜紀の指摘に慌てて確認すると、確かに社会の窓が開いていた。


 新藤はすぐにファスナーを閉める。


「それでは失礼します」


 亜紀はそんな新藤をよそに部屋を退室した。


 これは締まらない男の日常である。

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