第135話 変貌する世界(第三者視点)

「何!?またスタンピードだと!?」

「はい、今度は大阪です」

「くそっ」


 首相官邸の一室で、中津川智則は再び別のダンジョンでスタンピードが発生したという報告を聞き、悪態を着く。


 それもそのはず。


 今や世界中の国々のダンジョンが次々スタンピードを起こしているのだ。今回の世界的なスタンピードが始まった当初は、多くても一国当たり四カ所か五カ所程度で、そのダンジョンを鎮圧すれば終息していた。しかし、その後さらにスタンピードが起こすダンジョンが現れ、その頻度が増大し、今では四、五箇所のダンジョンが常に重なるようにスタンピードを起こし続けていた。


 日本も例外ではなく、初めこそ二カ所だったスタンピードが、獣魔ダンジョン、森林ダンジョン、他複数のダンジョンが、終息しては、また別のダンジョンがスタンピードを起こすという事態になっていた。


 今や探索者組合どころか、探索者として覚醒している自衛隊や警察まで動員して鎮圧作業や避難作業に当たっているが、徐々に一般人へと被害も広がり始めていた。


「今のままでは探索者の数が圧倒的に足りません」

「そうだな」


 部下の言葉に机の上に肘をつき、口の前で手を組みながらぼんやりと答える中津川。


「首相もう悩んでる場合ではありませんよ」

「分かっている!!少し静かにしてくれ!!」


 人の気も知らずに決断を迫る部下に、中津川はイライラして声を荒げた。


 中津川もそんなことはすでに分かっていた。


 手が足りないことも、時間がないことも。


 正直これほどまで頻発してしまうと全く手が足りない。


 ただ、その手を補う方法が一つだけあった。


 それはまだ探索者になっていない探索者を覚醒させること。


 つまり、現状探索者適性検査を受けていない十六歳以上の者に強制的に検査を受けさせ、適性があった人間を探索者にしたり、通常十六歳以上でなければダンジョンに潜って探索者になることができないが、資格年齢を引き下げることで、まだ覚醒していない十六歳未満の未成年者達を覚醒させて探索者にしたりするわけだ。


 しかし、それは戦いたくない者や、まだ年若い少年少女を死地に送り出す行為。


 背に腹は代えられぬ事態ではあるが、中津川は今この時になってもその行為を決断することが出来ていなかった。


「……」


 中津川は他に打開策がないか必死に考えるものの、全く良い考えは浮かばない。


―カチッカチッカチッカチッ


 備え付けられて時計の音だけが室内に響き渡り、時間だけが無情にも過ぎていく。


「首相……」

「はぁ……分かった……。緊急議会を招集する。指示を送れ」


 再度決断を迫る部下の声に、中津川はため息を吐いて頷き、部下に指示を出した。


 もうこれ以上悩んでいる時間はなかったのである。


「はっ!!」


 指示を受けた部下は中津川の前から踵を返し、きびきびと各所への連絡の手配に向かった。


「すまん、戦いを望まぬ者に未来を担う少年少女たちよ。大人達に力が足りないばかりに」


 中津川は懺悔するように呟く。


 彼としては戦意の無い者や子供たちにこのような危険なことをさせたくはなかった。しかし、探索者になるためには適性が必要で、それがなければ人外の力をもつモンスター達には太刀打ちできない。


 これ以上被害を出すわけには行かない。


 中津川にとっては苦渋の決断であった。


 この日、一つの法律が発令された。


 それは、探索者総動員法。


 ・政府が緊急事態だと判断した場合、現在検査を受けていない国民は、資格年齢に至っていない場合も含め適性検査を受け、探索者適性の有無を確認すること

 ・探索者適性があった場合、すぐに指定機関において探索者として技術を学び、戦闘能力を向上させること

 ・探索者適性があった場合、十二歳以上の国民はスタンピードなどの緊急事態に際し、戦闘への参加を義務づけること

 ・国外逃亡をしようとしたり、義務放棄をした場合、それ相応の罰則が科されると言うこと。


 主にこの四つを主軸とした緊急法であった。


 適性のある国民を探索者に覚醒させ、強制的に戦闘への参加を義務付けられるこの法律は、適性を持つ国民を全く顧みることのないものであった。


 日本以外の国でも似たような法律はすでに可決され、世界中の適性ある人間は否応なしにこの事態に巻き込まれていた。その中にはすでに命を落とした者もいる。


 地球の人間たちは徐々に追い詰められ始めていた。


 そしてそれらの事態に、普人たちは勿論の事、普人の妹である七海も例外なく、探索者の一人として巻き込まれていく。


 普人たちの今までの日常の終わりは、すぐそこに見えていた。

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