第133話 拉致事件と今後の対策

「おお、七海か?無事だったか?」

『怖かったよぉおおおおおおおお!!ああああああ!!』


 俺が返事をすると、七海は思いきり泣き叫んだ。しばらく叫んだ後、「えぐっ……えぐっ……」と時折嘔吐くように鳴き声が収まってくる。


「大丈夫か?」

『うん……ホントに怖かった』

「そうか、一体何があったんだ?」

『うん、それが……』


 物凄く重みを感じさせる口調で話す七海の身に何があったのか尋ねると、七海はポツリポツリと攫われてからの事を話し始めた。


「なるほどな。経緯は分かった」

『うん』

「ちょっとそいつをヤッてもいいだろうか?」


 話を聞いただけで殺意が沸いてしまい、ついつい殺気を振りまいてしまって、ラックががビクッとしていた。


『だ、ダメだよお兄ちゃん。私はお兄ちゃんに人殺しになってほしくないし』

「そっか。七海は優しいな。俺は今すぐにでもそいつを八つ裂きにしてやりたいよ」


 七海が人殺しは駄目だと言うので俺は殺すという選択肢は諦める。


『流石にそれは愛が重いよ、お兄ちゃん!!』

「え?七海を泣かせる奴に生きてる資格なんてあるわけないじゃん」

『ははははっ。結が言ってることがちょっと分かったかも』


 七海がおかしなことをいうので頭前の答えを返したら、何故か苦笑いを浮かべる七海が電話の向こう側に見えた。


「なにがだ?」

『なんでもないよ、お兄ちゃん』

「そっか」


 俺が尋ねると七海が向こうで首を振った。


『それから、お兄ちゃんありがとね。お兄ちゃんでしょ?あのラックの影みたいなのを私につけてくれたのは』

「まぁな。七海にはこれから何が起こるか分からないから念のためつけていたんだけど、今回は助けるのが遅くなってしまって悪かったな」


 七海は俺に礼を言ってくれるけど、本当なら危険な目に合わせる前に守る予定だった。しかし、助けるのが間に合わず、とても怖い思いをさせてしまったので、かなり申し訳なかった。


 体は確かに守ることが出来たかもしれないけど、誘拐されたという事実と七海が味わった恐怖消すことが出来ない。


『んーん。大丈夫。ちゃんと助けてくれたから』

「ならよかったんだけどな」


 七海は俺のそんな心情を読み取ったのか首を振って笑っているのが分かる。相変わらずちょっと我儘だけど、素直ないい子だ。


『うん、ありがとね、お兄ちゃん。大好きだよ。世界で一番大好き』

「ああ、俺も大好きだぞ、七海」

『えへへ』


 七海は俺にそんな嬉しいことを言ってくれたので俺も自分の思いをきちんと伝える。俺の言葉に七海ははにかむように笑うのが俺には分かった。


「そういえば一つ気になっていることがあったんだけど」

『ん?何?』

「七海はなんで魔法使わなかったんだ?換装リングもつけてたろ?多分七海の魔法使えば倒せはしなくても、相手の強さを測ったり、人数把握したりして逃げる算段くらいはつけられたと思うんだけど」


 俺は気になっていたことを七海に尋ねる。


『あ』


 すると、七海はいかにも忘れていました、という声色で一言呟いた。


「その"あ"はさては忘れてたな」

『えへへ、うん、自分が探索者だってすっかり忘れてたよ』

「全く……変な所で抜けてるんだからな、七海は」

『面目の次第もないです』


 探索者になったのはほんの数週間前だし、実際に戦ったわけでもない。それにあの後七海はダンジョンに潜っているわけでもないので、忘れてしまっても仕方のないことかもしれない。


「ははっ。まぁ本当に無事でよかった。それよりも今後はもっと気をつけないとな」

『うん』

「今回は相手が大して強くなかったからラックの影で対処できたけど、これからもっと強い悪党が現れるかもしれない。そうなったら大変だ」

『そうだね』

「なんとかできればいいんだけど」


 それよりも大事なのは今後の事だ。


 確かに今回はEランクダンジョンに居たラック―今は推定Dランクの強さ―の分身みたいな存在でも対応できる程度の敵だったけど、今後より強い相手が立ちふさがる可能性がある。


 そういう相手が着てしまったら影では相手にならないと思う。


 そうならないように何か対策が必要になってくる。


『あ、黒崎さん?に相談してみるのは?あの人が一番に駆けつけてくれて私と結を保護してくれたの』


 七海から意外な人の名前が挙がる。


「うーん、あの人もあの人でなんかありそうだけど、そこら辺の奴らよりは信用できるか」

『うん、駆けつけてくれた時、本当に心配してくれてた顔してたから、悪い人じゃないと思う』


 あの黒崎さんが一番駆けつけてくれたのか、意外だ。


「そうか。連絡をくれたのも黒崎さんだったからな。後で連絡してみるよ」

『わかった。ありがと』


 シアが言うには黒崎さんは組合で俺達に会った時に、俺達に対して何かしようとしていた。けど思えばそれは悪い事じゃなかったのかもしれない。


 俺は今度こちらからコンタクトを取ってみることにした。


「なーに、妹を守るのは兄として当然のことだ。礼を言う必要なんてないんだぞ?」

『んーん。私が言いたかったの。それだけ』


 なんだか急にしおらしい声色になって答える七海。


「まぁ妹に礼を言われるのは悪い気はしないから全然いいけどな」

『うふふふっ。調子いいんだから、お兄ちゃんは』


 俺が満更でもないような顔で話すと、おかしそうに笑う七海。


「七海が無事でいてくれて嬉しいだけさ」

『うん、これからはもっと気を付けるね!!』


 少し元気が出たような声で返事をする七海。


「ああ、十分に気を付けるんだぞ?」

『うん、わかった』


 俺が少し真面目なトーンで忠告すると、七海も神妙な声で頷いたのが分かった。


「それじゃあ、結ちゃんにもよろしくな」

『了解。それじゃあ、またね、お兄ちゃん』

「ああ、またな」


―プツッ


 伝えたいことはお互い伝え終わったので、最後の挨拶を終えると、七海との通話が途絶える。


 最初こそ泣きじゃくっていた七海だったけど、時間が経つにつれ恐怖も薄れたのかいつもの状態に近くなっていたので俺は少し安堵した。


 俺と話すことで少しでも安心することが出来たならいいんだけど。何者かに攫われるなんて経験は心にトラウマを残す可能性がある。七海はまだまだ子供だから心配だ。


 俺は七海に関する心配事をあれやこれや考えながら眠りに落ちるのであった。

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