第132話 少女の真意の行方

「なんだか地震で窓が割れたり、集団失神事件が起こったりしたみたいでえらい目にあったな」

「ん」

「私も途中から覚えてないんだよねぇ」


 俺達はあれから天音を起こして家に帰ろうとバスに乗ろうとしたんだけど、至る所で人間が倒れていたり、建物の窓が割れていたりして、そのままにしておくわけにも行かないので、救急車を呼んだり、警察を呼んだりして結構大変だった。


 俺も自分が我を忘れている間の事は覚えていない。気づいたらシアにキスされていて、周りが酷い有様になっていた。スタンピードが終わったと思ったら、俺がおかしくなってる間に一体何があったんだろうか。


 シアは特に何も語らなかった。


 天音も他の人間同様に気を失っていたけど、他の人たちとは違って比較的早く目を覚ましたので、病院には行かずに俺達と一緒に電車に揺られている。


 今はすっかり夜の帳も下りて真っ暗になっていた。


 天音は自宅へと帰るために俺達と別れ、学校への道をシアと二人で歩く。俺の唇にはいまだにシアの唇の感触が残っていて、ドギマギしてしまう。


「あの、えっと、今日はありがとな」

「ん」


 俺はあんなことをしてまで俺を正気に戻してくれたシアに感謝を述べる。


 俺の言葉にシアは頷いた。


 しかし、分からないことがある。


「でも、なんであんなことしたんだ?」


 シアが俺にキスをした理由だ。


「あんなこと?」

「キ、キス」


 言いづらいので誤魔化していたのに、シアには伝わらなかったらしく、正式な名前を言う羽目になってしまった。


 思わずキスされていた時のことを思い出して、俺は恥ずかしくなってしまい、シアの顔をまともに見ることが出来ない。


「正気に戻ると思った」


 俺はシアの言葉を解釈する。


 なるほど。我を忘れている俺にキスすることでショック療法を行ったということか。


 でも、そんなことでシアにキスをさせてしまったのは大変申し訳ないことだ。


「そ、そうか。悪かったな。俺みたいなのにキスさせて」


 俺がシアに謝ると、シアは

 

「ふー君にならいい」

 

 そう呟いた。


「え?」

「ふー君にならいい」


 俺はその言葉の真意を理解できずに素っ頓狂な声を上げると、シアは聞き返されたと思ったのか同じことを答えた。


 俺になら良いってどういうこと?

 まさかそんなことがあるわけないよな?


「それは一体どういう「あら、奇遇ですね、佐藤君」」


 俺達は丁度その時、学校の前へと戻ってきたところだった。


 いつものように校門の裏から偶然を装って登場する生徒会長。何がしたいのか分からない怖さが残るものの最近は少し慣れてきた。慣れって怖い。


 しかし、そのおかげでシアの真意を聞くことが出来なかった。


「そういえば、今日は地震が全国各地で起こり、この辺りが一番震度が大きかったのですが、大丈夫でしたか?」

「はい、問題ありませんでした」


 こっちまで地震が起こっていたらしく、会長が心配そうに尋ねるので、俺は問題ないと頷いた。


 色々聞かれても答えられないしな。


「そうですか、それは良かったです」

「会長こそこんな時間にどうしたんですか?」

「いえ、少々外を散歩したくなりまして。そこに佐藤君たちが偶然帰ってきたんですよ」

「そ、そうですか」


 一応もういい時間だし、学校とはいえ、生徒会長は女性だ。夜の一人歩きは物騒だと思う。だから、念のために確認するとそんな言葉が返ってきたので、この時間になっても待伏せしようするその心意気に免じて、何も突っ込むことはしなかった。


「自分たちはこのまま寮に帰りますけど、生徒会長はどうするんですか?」

「そうですね、私もある程度散歩して満足したので寮に戻りましょう」

「分かりました」


 会長も寮に戻ると言うことなので、俺たちは連れ立って寮まで戻った。その間シアが真ん中に入って生徒会長をずっと牽制してくれた。


 アホ毛はまた犬みたいになって生徒会長に向かってずっと吠えていた。


「ラック」

「クゥンッ」


 俺は部屋に戻り影の倉庫の中に入るなり、ラックを呼び出す。


 ラックも何を言われるのか分かっているらしく、シュンとしている。


「どうして七海は攫われる羽目になったんだ?」


 俺は極めて冷静に、そう冷静にラックに確認する。


 七海には何かあった時の保険として、ラックの生み出した影のしもべのような狼を付けていた。


 こっちに帰ってくる前にラックにどうにかして七海を守れないか尋ねると、影の狼を七海の陰に潜ませておくという、ラックの便利度をさらに上げる技を持っていることが判明。


 七海にはその影がついているので大丈夫なはずだった。


「ウォウォンッ」

「なにいぃいいいいいい?自立行動させるために自我を持たせたら、寝ていただとぉおおおおおお!?」


 なぜ七海が攫われることになったのか尋ねると、七海が攫われた当時、その影の犬たちは七海の影の中でスヤスヤと寝てしまっていたらしい。


 自立行動をさせるとそういう欲求も出てくることもあるようだ。


 相手が強くて歯が立たなかった、ということなら分からなくもないけど、寝ていたってのは流石に無しだと思う。


「クゥンッ」

「はぁ……全く、次はないからな?」


 しかし、ラックはシュンと頭を垂れてがっくりと肩を落として落ち込んでいたし、七海は生きているので、俺は今回だけは許すことにした。


「ウォンッ!!」

「次やったら、はじけ飛ばすから」

「ウォウォウォウォウォンッ!!」


 神妙に鳴いて頷くラックに、脅すようなことを言うと、ラックはさらに頭をガクガクと縦に振った。


「なら今回だけは許す。七海も結果的に無事だったみたいだしな。無事じゃなかったら許さなかったけど」

「クゥンッ……」


 冗談めかしてラックを脅かすと、ラックは腹を見せて服従のポーズになって悲しく鳴いた。


 これだけ脅しておけばラックも次回以降はもっと気を付けると思う。


「はははっ。脅かして悪かった。もう影たちが勝手にさぼるようなことにならないようにできるな?」

「ウォンッ!!」


 念のため、今後の対策がとれている確認すると、問題ないようなので俺は安堵し、しばしの間わしゃわしゃとラックのモフモフを堪能した。


「ならよし。この話は終わりだ」

「今日は色々あって遅くなったからもう寝よう」

「ウォンッ」


 俺たちは倉庫から部屋に戻り、ベッドに潜り込んだ。


―ブルルルルルルルッ


「う、七海か?」


 寝ようと思い布団に入ったら携帯が振動する。携帯の画面を見ると、七海からの『LINNE』による通話が届いていた。


「お兄ちゃぁああああああん!!」


 俺がすぐにタップして応答するなり、七海が大きく叫ぶ声が聞こえた。

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