第131話 世界が震えた日、不器用な少女が世界を救う(第三者視点)

「~~!?」


 アレクシアは未だかつて感じたことのない悪寒を感じた。


 その悪寒は正しく、彼女以外の者達が次々と倒れていく。モンスターも人も等しくなす術なく意識を失い、力なく崩れ落ちる。


 その力の発生源は目の前にいる同い年の男の子、佐藤普人であった。


 彼は携帯電話に出て暫くしたのち、携帯電話を持った手をだらんと落として呆然とした顔で立ち尽くしている。


『佐藤さん!!佐藤さん!?最後まで話を聞いてください!!』


 携帯電話から黒崎の必死の声が漏れ出しているが、普人がそれに気づく様子はない。


―ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ


 先ほど起こった地鳴りと比べ物にならない規模の揺れが辺りに巻き起こる。


 それはもう震度五強程度はありそうな揺れだ。


「あぁああああああああああああああ!!」


 普人が天に向かって叫ぶ。


 言葉にならない咆哮が建物の窓を割り、木々をへし折った。


『佐藤さん!!何してるんですか!?お願いですから!!落ち着いてください!!七海ちゃんは無事です!!既に保護されています!!聞こえますか!!聞いてください!!きゃああ!!』


 雫は異変を感じて叫ぶが、普人には届かず、電話先でも何か異変が起こったらしく、悲鳴を上げる。


「駄目」


 電話の内容が聞こえていたシアは、このままではいけないと、普人の暴走を止めるべく彼の元へと向かった。


「ふーくん」

「あぁああああああああああああああ!!」

「ふーくん!!」

「あぁああああああああああああああ!!」


 一度目、二度目と呼びかけても我を失った普人がアレクシアに気付く様子はない。


 そこで、アレクシアは近づいてたたき起こすことにした。


 ただ、これ以上近づくともしかしたら自分が彼に殴られて粉微塵になってしまうかもしれない。


 そんな恐怖がアレクシアに襲い掛かる。


 しかし、シアは普人に勘違いでこれ以上街を破壊して欲しくなかったし、何よりも普人に悲しい思いをしてほしくなかった。


「ふーくん!!」

「うっ」


 アレクシアは思い切って普人に抱き着き、その唇を強引に奪った。


 普人に攻撃した者達の末路は今まで何度か見てきた。つまり彼に攻撃は無意味。それどころか、彼への攻撃は自分に返ってきてしまう。それじゃあどうするか。


 そういえば、眠り姫や動物に変えられた人間が元に戻るきっかけはキスだった。


 そう思ったアレクシアは、自身のファーストキスにもかかわらず、普人の唇に自分の唇を押し付けるだけの、不器用なキスをした。


「~~!?」


 さしもの妹が好きすぎる普人も、その大胆な行為に面食らって暴走が一時的に納まり、彼は目の玉が飛び出るほどに驚いていた。


 目の前にアレクシアの人を超越した可愛らしい顔があり、その上自分にキスをしているとくれば、それは怒りも忘れるほどの衝撃を受けるのは分からなくもない。


『あれ……納まったみたい。もしもし佐藤さん!!聞こえますか!!』


 悲鳴が聞こえた後、ひどいノイズが走っていた携帯電話だったが、使用できるようになった。


「ぷはぁ!!シア一体何を?」

「落ち着いた?」


 暫くしてアレクシアが唇を離した後、首に手を回したままの彼女に問い詰める普人だったが、逆にいつも無表情のまま問い返されてしまう。


「え?は?」


 混乱からアレクシアの言っている意味を理解できない普人は目を白黒させて困惑する。


 只でさえ言葉少ないアレクシアの話す内容は、混乱している状況下では中々理解するのが難しい。


「だから、落ち着いた?」

「え、ああ、うん」


 もう一度問い返すシアに、普人はようやく正気を取り戻してきて、正しい返事を返すことができた。つまり、さっきまで我を忘れてしまっていたけど目が覚めたか、と聞きたいのだろうと普人は理解し、その上での返事を出来たのである。


「電話最後まで聞く」

「あ、はい」


 普人から離れると、諭すように携帯電話指し示すアレクシア。


「もしもし」

『あ、もしもし佐藤さん!!聞こえますか!!』


 普人が再び電話に出たことに安堵した零は、ここぞとばかりに発声を行うための練習のように思いきり声を張った。


「はい、聞こえます」

『七海さんですが、きちん保護されて休まれているのでご安心ください』

「そ、そうなんですね!!すみません、最後まで話も聞かずに、妹のことで動揺してしまって……」


 話を全部聞かないうちに我を失ってしまうなんて恥ずかしい。


 普人はそう思いながら、顔を真っ赤にして電話口で頭をペコペコと下げる。


『いえいえ、きちんとお伝えできてよかったです』

「分かりました。わざわざご連絡くださいましてよろしくお願いします」


 普人は安堵して電話を切った。


 この日世界各地で地震や火山の噴火などが観測され、多少の被害を出した。しかし、奇跡的に死人が出なかったのは幸いだろう。


 こうして幸運にも天変地異が起こることも無く、世界の危機は去った。


 普人の唇には、目の前の少女の柔らかな唇の感触が残り続けていた。


■■■■■


―ウゥウウウウウウウウウウン

―ウゥウウウウウウウウウウン


『日本で膨大な魔力の波動を感知。至急調査されたし。至急調査されたし』


 薄暗い一室にサイレンが鳴り響き、無機質な声が響き渡る。


「ジャパンより緊急事態だ。すぐに事に当たってくれ」

「ジャパンですかぁ。あそこにはアキハバラがありますし、ちょうど行ってみたいと思っていたんですよぉ。了解しましたですよぉ!!」


 姿ははっきり見えないが、二人の人物が会話をしていた。声から一人は男、もう一人は女で、それぞれ白衣を身に纏っている。


「ああ、そうだ。君には我らと関係のあるジャパンの学園にカモフラージュとして留学してもらうのでそのつもりで」

「分かりましたですよぉ!!」


 話がまとまった後、少女はすぐに部屋を後にした。

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