第142話 シスコン兄貴は譲らない
「あぁああああああ!!お兄ちゃんがまた女を増やしてるぅ!!」
これは七海が天音と会った瞬間に言い放った言葉である。
俺達はシア達と合流するために学校を目指して歩いていた。相変わらずの鋭い視線の数々に晒されながら、なんとか辿り着いた学校の男子寮の食堂。
俺達はそこに集まっていた。
「いや、だから名前はちゃんと『LINNE』で送ってたろ?」
「天音が名字の男の人かと思ってたよ!!」
「そういえば、性別は言ってなかったっけ?」
「聞いてないよぉおおおおおお!!」
俺とのやり取りで七海はムンクの叫びみたいな顔とポーズをして体を揺らしている。
七海にはちゃんと天音の事は説明していたはずだったんだけど、どうやらまた俺は性別を伝え忘れたらしい。特に不必要な情報だと考えていたため、すっかり忘れていた。
どこかでやったようなやり取りをした後、俺達は改めて自己紹介することになった。
「こっちがウチの妹の七海と、俺が探索者登録する時にお世話になった探索者の零だ」
俺がまず連れてきた二人を紹介する。
「佐藤七海です。よろしくお願いします。お兄ちゃんは渡さないんだからね!!」
「黒崎零です。一応Sランク冒険者です。零と呼んで。よろしくね」
二人はシアと天音に向かって自己紹介をして席に腰を下ろす。
「え、Sランク?」
天音は七海のことよりも、Sランクという超上級ランカーがここにいるという事実に驚いたらしい。
「ええ」
「ホントだ。普人君もえらい人引っ張ってきたわね……」
提示されたカードを見て納得した天音は、俺に視線を向ける。
「あ、私が異動でこっちに来たんだけど、Sランクとしてどこかのパーティの指導に入らなきゃいけなかったから入れてもらったの。七海ちゃんと普人とは顔見知りだったし、私としてもやりやすいから」
「なるほどね。これなら私たちのレベルも爆上がり間違いなしね!!」
「うーん。それは私は関係ないと思うけどね……」
俺じゃなくて零が経緯を説明し、納得した天音は自分のレベルアップが約束されたと俄然やる気になった。
しかし、零は苦笑して肩を竦めて答える。
「え?」
「んーん。なんでもないわ」
零の答えに一瞬呆然した天音。その様子を見て零は目を瞑り首を振ってそれ以上は何も言わなかった。
「まぁそれはいいとして、私は霜月天音。Bランク探索者。よろしくね!!」
「きゃっ!?何すんよ!!」
それ以上何も得られるものが無いと知った天音は、今度は自分とばかりに自己紹介した後、席を回って七海に飛びついて頬擦りをする。
七海は引き剝がそうとしているんだけど、本気で抵抗していないのか、天音を引き剝がすことに失敗していた。
「だって私に嫉妬しちゃってかぁわぁいいんだもーん!!」
「わ、私は別に嫉妬なんか!!」
図星を突かれて恥ずかしそうに顔を背ける七海。
「うんうん、そうだよね。お兄ちゃんが盗られるのが嫌なだけだもんねぇ」
「そうだよ、私はお兄ちゃんに変な女が付かないようしているだけだもん!!」
天音がニヤニヤした胡散臭い笑顔をすると、七海はそれに反論する。
「可愛い可愛い」
「やめてよぉおおおおおお!!」
しかし、天音には梨の礫。
七海が気に入ったみたいですぐに戯れている。
「仲良くなったみたいで何よりだ」
「お兄ちゃん!!一体どう見たら仲良く見えるの!!」
俺がその光景を微笑ましく見ながら呟くと、七海が俺につっかかる。
しかし、俺には素直になり切れない妹が、お姉ちゃんを拒んでいる振りをしている図にしか見えない。
「え!?仲の良いようにしか見えないぞ?なぁ?」
「ん」
「えぇ。仲がいい姉妹みたいだと思うわ」
他の二人にも確認してみたけど、俺と同じような認識の答えが返ってくる。
「なんでぇええええええ!?」
七海の叫びも虚しく、それからしばらく七海は天音に良いようにされ続けていた。
「それでレベルアップをするために潜るダンジョンなんだけど」
「それはもう決めてある。俺としては七海が危険に晒された以上、手段を選ぶつもりはない。零にはルールを破らせてしまうかもしれない。もしそれが嫌ならこのパーティから抜けてもらう」
零に尋ねられた俺は、すでに覚悟を決めていたので条件を提示する。
すでに日本中で代わる代わる起こるスタンピードの対応に追われている。一般人への被害も増えてきた。このままでは日本と言う国が破綻しかねない。だからこそ発令された今回の措置。
そんな状況下であれば、多少のルール違反も辞さない。
それに七海があんな目にあったのは俺の認識の甘さだ。レベルを上げられるだけ上げてそんじょそこらの人間に負けないようになってもらわないといけない。
「いいえ、いいわ。正直今の状況はかなり逼迫している。少しでも戦力が多い方がいい。早くレベルアップできるならその方がいいでしょう。それで?どこに行くの?」
零も俺に賛同すると、肝心かなめのダンジョンの場所を俺に尋ねる。
「朱島ダンジョンだ」
「はぁ!?あそこは閉鎖されている上に、未知の凶悪なモンスターが出るって話でしょ」
俺が答えたダンジョン名に零は目の色を変えて驚く。
確かにそのモンスターに出会うリスクはある。
「あそこは経験値が多い。この際だから告白するけど、俺とシアは封鎖されてからもずっと朱島ダンジョンでレベル上げをしていた。その時にそんなモンスターに会ったことは一度もない」
「一体どうやってそんなことを……」
俺の告白に、零はその方法が気になったらしい。
それを聞かれるという想定はしていた。
「俺のスキルでな。影に隠れて移動できる。他人も一緒にな。影移動はかなり隠密性が高くて、高ランクの探索者にも見つからないんだ。それに影があれば、凶悪なモンスターからも隠れられる可能性がある。影の中には俺が許可した以外の対象は入れないしな」
「そんなスキルが……」
七海とシアには伝えてあったけど、ラックのことは現状他の人に話さないことにした。あくまで俺のスキルという
天音はまだ目的が謎だし、零には世話になっているけど、やはり俺達に何かしようとしたという事実はまだ残っている。このことからまだ本当の事を話すのは早いという結論になった。
「私は全然さんせーい。早く強くなれるならそれに越したことはないし」
「ん」
「私はお兄ちゃんに任せるよ」
「はぁ……どうやら仕方ないみたいね。分かったわ。朱島ダンジョンに行きましょう」
俺の提案に、天音、シア、七海の順番に同意すると、零を折れてくれて朱島ダンジョンに行くことが決まった。
「ありがとう、零」
「礼を言われる筋合いはないわよ」
俺が折れてくれた零に感謝を告げると、彼女は苦笑して肩を竦める。俺達は朱島ダンジョン近くの公園に出発した。
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