第139話 Sランク探索者は奔走する(第三者視点)
「お兄ちゃんと一緒にいられる!!これは頑張らきゃ!!まずはお母さんに話に行こう」
普人との通話を切った七海は母である瞳の元に向かう。
まず瞳に移住の件も含めて話をしなければならない。
「お母さん!!ちょっと話があるんだけど?」
「あら?どうしたのかしら?」
七海が掃除をしている瞳に話しかけると、不思議そうに顔を傾げる。
「うん。昨日黒崎さんが来て探索者総動員法の事色々話してくれたじゃない?」
「ええ。そうね。七海も駆り出されるって。私は適性がないから何もないそうだけど」
佐藤家には昨日、零が先んじて説明に訪れていた。
零が佐藤家を訪れたのは組合に七海の事を知られないようにする、というのが一番大きな理由だったが、それには若い人たちを守りたいという気持ちが含まれていた。
しかし、そのおかげで七海の心象がよくなり、普人の心象までよくなったのは、彼女の知るところではないが、嬉しい誤算と言えるだろう。
「うん。でね、お兄ちゃんから連絡が来てこっちに来れないか母さんと黒崎さんに相談しろって言ってたの」
「ああ、なるほどね。確かにこんな状況だと出来れるのなら家族皆一緒に居た方がいいわね。私は行ってもいいけど、家の管理とかどうしようかしら」
瞳は相変わらず子供たちの言うことに寛容で、行くなら自分も勿論ついていくと言ってくれるだけの器量を持っていた。
ただ、ここは先祖代々の土地。流石に放っておくわけないもいかず、瞳は悩む。
「叔母さんじゃダメなの?」
七海は比較的近くに住んでいる父方の叔母の事を思い出す。彼女は叔母と母の仲は悪くなく、むしろ良好だったことを覚えていた。
「うーん。敏子ちゃんなら頼んだらやってくれると思うけど、流石に
瞳は腕を組んで首を傾げる。
「お兄ちゃんに言えばお金くらい何とかしてくれると思うよ」
「そうね、毎月いくらか払うからって頼んでみようかしら」
しかし、七海の言葉に、瞳はすでに仕送りするどころから息子から仕送りをされていたのを思い出した。それも、少し敏子に払ったところで何も問題ない程の。
そのため、思い直して敏子に頼むことに決めた。
「やった!!後は黒崎さんに、私の所属をお兄ちゃんが通っている学校に出来ないか相談するだけだね」
障害が消えた七海ははしゃいで両拳を体の前でグッと握ってやる気を出す。
「ええ。私は引っ越しするまでにやらなきゃいけないことをピックアップして一つずつやっていくから、黒崎さんの方は七海に任せるわ」
「了解」
瞳との話を終えた七海はすぐに部屋に戻り、零に『LINNE』でメッセージを送った。
『こんにちは。佐藤七海です。昨日はありがとうございました。折り入って相談があるんですけど、乗ってもらえませんか?』と。
すると、まだ仕事前なのか返事が来る。
「早いな。どれどれ……」
七海が送られてきたメッセージを見てみると、こう書いてあった
『七海さんこんにちは。連絡ありがとうございます。どういった内容でしょうか。あまり外に漏らしたくない相談ならそちらに伺います』と。
「なるほど。確かに携帯電話って実際誰が聞いてるか分からないもんね」
携帯電話はアプリであれば、アプリを運営している会社なら情報を抜くことも出来るだろうし、そもそも携帯そのものが所有者の情報を抜き取っていないという保証はどこにもない。
それを考えれば佐藤家で話をするのが一番漏洩リスクが少ないと言える。
「わかりました。面倒だと思いますけど、うちまで来てもらえますか?時間はいつでも大丈夫です。と」
七海は自分で声に出しながらメッセージを返信すると、オッケーのスタンプが返ってきた。
現在探索者総動員法によって、緊急時につき、その対象となっている人間は基本的に探索者の義務以外から除外されている。そのため、七海も学校に行く必要はない。だから、黒崎が来る時間はいつでも問題なかった。
「これで良しっと。私も部屋の中にある物をカバンの中に仕舞っちゃお」
連絡を終えた七海は零が来るまでの間、部屋の中にある普段使わない物を野良ダンジョンで手に入れた拡張バックの中に放り込んでいく。
「ふぅ。ひとまずこれでいいかな」
普段使い以外の物を全て仕舞い終えた七海。
「こんにちはー」
ちょうどその時玄関から聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
「あ、黒崎さんが来たみたいね。お仕事は大丈夫なのかな」
七海はそんなことを考えながら玄関に向かった。
「黒崎さん、いらっしゃい。今日は来てくれてありがとうございます」
「わざわざ娘のために来ていただいて本当にありがとうございます」
玄関にやってきた母と娘は、零に対して深々と頭を下げる。
佐藤家の今後が関わる大事な相談事。畏まるのも当然と言える。
「い、いえ、これも仕事ですから!!」
零は二人の様子に慌てて体の前で手を振る。
そこまで畏まられると自分が勝手にやりたいことをやっている零としても恐縮してしまう。
「それでは、ここでは何ですから居間にお上がりください」
「分かりました。お邪魔します」
母が零を中へと招き入れ、居間に連れて行って椅子に座らせた。
「それでご相談とはどういった内容になりますでしょうか?」
「それは七海から説明させていただきます」
話を切り出す零に瞳は七海を目線で指し示す。
「わかりました。七海さんお願いします」
「うん、今日の朝お兄ちゃんから私に連絡があって、お兄ちゃんが住んでいる街に移住できないか、と言われたんですけど難しいですか?」
七海に視線を向けて話を促す零に、七海が本題を告げた。七海にとって普人と一緒に暮らせるかどうかの瀬戸際。神妙な面持ちで零の言葉を待つ。
「なるほど。確かにそれが出来れば一番良いですね」
「やっぱり無理ですか?」
零の返答に悲し気な表情で問い返す七海。余り良い返事され方ではなかったので、七海は思わず泣きそうになったのだ。
「いえ、普通なら難しいですが、そこは私がなんとかしましょう」
「え!?いいんですか?」
「はい、佐藤さん達はご一緒に居た方がいいと思われますので」
「あ、ありがとうございます」
しかし、その後の零の言葉に七海は驚き、そして感謝で頭を下げた。
零としては家族に何かあれば普人が暴走しかねないと思っているだけなのだが、それを二人が知ることはない。
「いえいえ。それでは、私はすぐに動きます。失礼しますね」
「え!?少しゆっくりされてっては?」
余りに性急な零の動きに、瞳は思わず面食らってお茶を進める。
「いえ、これは早く動いた方がいいんです。手続きが完了した際にはゆっくり伺わせていただきますね」
「そうですか……わかりました。何のお構いも出来ませんで。ご面倒をおかけしますが、ウチのことよろしくお願いします」
「はい、お任せください」
深々と頭を下げる二人に、零はしっかりと頷いて席を立ち、普人の家を辞した。
「ねぇ、黒崎さん。どうして私に良くしてくれるの?」
家の外に出た零を追って、七海が外に出てその背に問いかける。
七海には不思議だった。一探索者の妹でしかない自分になぜ零が色々動いてくれるのかということを。
「私も中学生のころに野良ダンジョンで覚醒して色々あったので、あなた達にはそうならないで欲しいからですかね」
「そうだったんだ……」
苦笑いを浮かべて答える零に、悲し気な表情になる七海。
思わぬカミングアウトに七海は零の過去を色々と想像してしまったのだ。
「それに……あなたのお兄さんの事も気になりますので」
「えぇ~!!お兄ちゃんはあげませんよ?」
しかし、次の言葉は七海にとって余りに衝撃的で、ジトっとした目で零を睨む。
そこには威嚇が含まれていた。
零としてはそういう意図は全くなかったのだが、確かに客観的に聞けば、普人の事が恋愛的な意味で気になっていると取られても不思議じゃない。
「ふふふふっ。そういうことじゃないですよ」
普人を取られるかもしれないと零を威嚇する七海に、微笑ましそうに眺める零。
「ホントかなぁ?黒崎さん綺麗だからお兄ちゃんも惚れちゃうかもしれないし」
「それはありませんよ。彼の隣には彼女がいるじゃないですか」
七海が訝し気な表情で見つめると、零は一人の少女をあげて否定する。
それは人間離れした美少女、葛城アレクシアの事であった。
「まぁそうですけど、容姿だけが人を好きになる理由じゃないですからね」
「それはそうですね。でも私のはそういうのじゃないですから」
むくれて続ける七海に、零は苦笑いを浮かべて答える。
零としては七海が誘拐された報告をした際、世界中で地震が発生したことを思い出していた。
余りにタイミングが良かったので、あれは普人がやったことだと確信し、どうすれば彼を怒らせないで済むか、と言う意味で普人のことを気にしているのだ。
「ふーん、分かりました。今はそれで納得しておきます」
「ふふふふっ。ありがとうございます」
まだ疑いは晴れないものの、零の言葉に嘘はないと判断した七海。それがまた微笑ましくて零は笑ってしまった。
「それじゃあ、色々ご迷惑を掛けますが、よろしくお願いします」
「はい。分かりました。それでは」
零はお辞儀をする七海に背を向けて車に乗り込み、アクセルを踏み込んで、手続きを済ませるために探索者組合に急いで帰還した。
Sランク探索者黒崎零は、普人の怒りというパンドラの箱が開かないように、世界を守るために奔走する。
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