第140話 悲痛な叫び
法律発令二日後。
『お兄ちゃん、さっき黒崎さんが来て、異動許可証みたいなの貰った。これがあれば私はお兄ちゃんが所属する地区の組合に異動して、所属はお兄ちゃんの学校に出来るみたい』
七海から黒崎さんに相談して移動できるようになったと連絡が来た。
滅茶苦茶早い。
黒崎さんが色々頑張ってくれたらしい。
とても良い人じゃん。
「そうか、そしたら後必要なのは家かな」
『そうだね』
「分かった。色々探してみるわ」
後は家と、こっちの学校の入学手続きやらなにやらが必要だろうけど、その辺は母さんがやると思う。
『良い家お願いね』
「分かってる。七海もちゃんと友達に言っておくんだぞ?」
『うん、お兄ちゃんといる方が大切だからね!!』
七海との通話を終えると、俺は早速出かけることにした。
最近は生徒会長もダンジョンに駆り出されているせいか、学校で出会わなくて安堵している。ただ、あれだけいつも起きていた遭遇イベントがなくなると、それはそれで少し寂しい気がするのが気のせいだろうか。
気のせいだな、うん。
もう四の五の言ってる状況じゃないので、ある程度の魔石を行きつけの買取所に行って銀行にお金を振り込んでもらい、近所にある綺麗な外観の有名な不動産屋さんに向かった。
「こんにちは~」
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件ですか?」
「自分は探索者なんですが、家族三人で暮らせる物件を探してまして」
「分かりました。そちらにお座りください」
俺はあらかじめ探索者であることを提示し、七海と母さんからの希望を伝え、物件を探してもらった。
「こちらの三件が条件に合致している物件となります」
「分かりました。この三件は内覧できますか?」
「はい、即日可能となっております」
「できればすぐにお願いしたいんですけど」
「畏まりました」
僕の対応をしてくれた受付のお姉さんがすぐに内覧の手配をしてくれて三つ全ての家を見ることが出来た。
僕が気に入ったのは戸建ての物件で広い庭がついているお洒落な一軒家だった。七海と母さんに写真を送り、さらにビデオ通話で色々見せると、問題なしとお墨付きを貰ったので僕はすぐにそこに決めた。
賃貸だったんだけど、幸い支払い能力は通帳を見せたら黙ってくれたので問題なしだ。
そして、法律発令から一週間後。
「あ、お兄ちゃん!!」
「お、七海。来たか」
七海と母さんが改札から出てきて母さんはゆっくり、七海は駆け寄ってきて俺に抱き着いた。
「こらこら、都会だと沢山の人に見られるから止めなさい」
「えぇ~、嫌。お兄ちゃん成分が足りないから補給するんだもん」
「ヤレヤレ。仕方ないな」
俺が咎めるように強めに注意したんだけど、一向に止める気配のない七海に呆れる。むしろ頭を俺の胸当たりにぐりぐりと押し付けていた。
「スゥ~」
その時思いきり鼻で俺の服の匂いを吸い込んでいる七海。
「こらこらあんまり匂い嗅ぐな、恥ずかしいだろ?」
「いいじゃん。いい匂いなんだもん」
「はぁ……好きにしろ」
「はーい」
止めるように促したんだけど、七海は一度顔を上げた後、ぷくぅっと頬を膨らませるので俺は諦めて好きにさせた。
「はぁ~、クンカクンカ」
七海は暫くの間俺の匂いを堪能し、母さんはそれを微笑ましく眺めている。しかし、周りの連中からは怨嗟の籠った熱ーい視線をひしひしと感じたので、周りは見ないように気を付けた。
「ふぅ、満足!!」
七海は俺から離れると両手を腰に当てて大満足な笑みを浮かべた。
匂いをかがれて満足される身としては複雑であること極まりないけど、七海が満足したならそれでいいかと思い直す。
「それじゃあ、とりあえず家に行こう」
「ええ、そうしましょ」
「はーい」
俺達が借りた戸建ての住宅は学校から五分ほどの距離の高級住宅街にある。
「へぇ~、実際に見ると本当に良い家ね」
「うんうん、七海も気にいったよ!!」
外観を一目見ただけで気に入ったらしく、七海も母さんも目を輝かせている。
「高かったんじゃないの?」
「気にしなくていいよ。俺大分お金持ってるから」
母さんがお金の心配をしてくるので俺は首を振った。
母さんは俺達を女で一つで育ててくれている。これくらい親孝行させてくれたっていいと思うんだ。
「はぁ……。子供に甘えるのもどうかと思うけど、甘えさせてもらうわ」
しかし、母さんとしては息子―しかも未成年の―に甘えるのは親として社会人としてどうなのかって思っているようだけど、今は緊急事態だし、気にしないで欲しいと思う。
「中も素敵ね」
「家電や家具も全部そろってる!!」
「全部買いそろえたからな」
内覧来た時は伽藍としていた室内も、家電や家具を置けば、賑やかで暖かな空間が生まれ変わっている。その変わりように母さんも七海も驚きつつも満足している様子だ。
「私探検してくるね!!」
「ちゃんと荷物出しなさいよ!!」
「はーい」
七海は早速家の中をあちこち見に回っていった。
「母さん、何か手伝うことある?」
「それじゃあ、カバンの中に詰めてきた荷物を解くの手伝ってくれるかしら?」
「了解」
俺はしばしの間母さんの荷解きの手伝いをした。
「ねぇ、お兄ちゃん!!」
母さんの手伝いをしていると、探検が終わった七海が帰ってきて俺に声を掛ける。
「ん?なんだ?」
「お兄ちゃんの部屋、ほとんど空っぽじゃない?なんで?」
「ああ、俺はここには住まないからな」
七海の質問に俺は答えた。
ここに住むのもいいけど、寮は寮でそろそろ住み慣れてきてるし、歩いて五分の距離なんて走れば一分もかからない。わざわざ引っ越さなくてもいいと思う。
「え!?一緒に住むんじゃないの?」
「そりゃそうだろ。俺には寮があるし、ここならすぐ来れるんだから」
愕然とした表情になる七海。
あれ同じ家に住めると勘違いしていたのか、それは悪いことをした。
頻繁に来るから許してほしい。
「えぇ~せっかく一緒に住めると思ったのにそりゃないよぉおおおおおお!!」
七海の悲痛な叫びが家の中に木霊して広がっていった。
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