第124話 拉致(第三者視点)
「お、佐藤、高橋、これから帰りか?」
学校の校門の辺りで中学教師の男が七海とその友人である高橋結に声を掛けた。
「あ、諸越先生さよなら~」
「さよなら~」
二人はそれが日常であるように別れの挨拶を告げる。
「おう。さよなら、気をつけて帰れよ。最近結構物騒だからな」
「はい、気を付けます」
「はーい」
神妙な顔で忠告する諸越に、二人もしっかりと頷いて校門から外へと歩き出した。
「なんか最近この辺で失踪事件が多いよね」
「うん、田舎なのにこの辺も物騒だよね」
この辺りでは最近連日失踪事件がニュースで報道されている。
二人は近隣で失踪事件が頻発していることに不安を抱いていた。それもそのはず。失踪して行方が分からなくなるのはいずれも可愛らしい女子中高生ばかり。失踪と言う言葉で思い浮かぶのは、何者かによる誘拐や拉致。いつ自分もその事件に巻き込まれるか分かったものではない。
七海も探索者として覚醒したものの、きちんとした戦闘経験は皆無であり、レベルがどれほどの意味を持つのかも理解しておらず、自分がどの程度の力を持っているかも分かっていないため、他の女の子達と同様に怯えていた。
この場に普人がいれば、七海を怯えさせているその事件を放っておくことなどできずに、すぐに解決しようと動いただろうが、残念ながらこの場に彼はいない。
「先生たちも絶対に一人で帰らないようにって言ってたけど、この辺りは家が離れてるから難しいよね」
「そうだよね。なな、ウチに来てお母さんに迎えに来てもらう?」
「いやいいよ、結んちから私の家すぐだし」
「そっか」
結は自分と離れた後に七海が失踪事件に巻き込まれたりしないか心配になって提案してみるが、七海は首を振った。
佐藤家と高橋家は隣同士。隣と言っても田舎。田んぼをいくつか挟む程度には離れている。しかし、その程度の距離はお互いに姿を見えるし、問題ないだろうと七海は考えていた。
「そういえば昨日お兄ちゃんがさぁ……」
七海は不安を払拭するように昨日『LINNE』で話した兄の話を結にする。
「あはははっ。ホントななってお兄ちゃんのことが好きだよね?」
結はいつもの事ではあるけど、少し呆れ気味に七海に問いかける。
「当たり前じゃん?知らなかった?」
七海は自分と何年一緒にいるの、とでも言いたげな表情で答えた。
二人は隣同士だけあって幼馴染。保育園の時からの付き合いであるため、もはやツーカーの仲だ。
「いや、知ってたけど、最近さらにその好き度が上がってるっていうか。この前だってウチの中学で一番のイケメンで秀才と謳われていた先輩を振っちゃったし」
最近輪をかけてお兄ちゃん愛を振りまく七海に改めて答える結。
これまでも何度か告白を受けている七海だが、今度は学校一のイケメンで秀才の先輩が七海に告白してきたが、「お兄ちゃんよりカッコよくないから無理」と断っていた。
今まで七海は一度も告白を受けたことも無いにもかからず、自分なら受け入れてもらえるだろうと、意気揚々と告白したその先輩は、暫く七海の言葉を脳が理解することを拒んだため、呆然としてしまった。
七海はそんな先輩に興味がないのでそのまま放置して教室に帰ってきていた。
もちろん七海への告白がよしんば受け入れられたとしても、普人を倒すと言うことが出来ない限り七海と一緒になる事が難しいことは、その先輩も知る由はない。
「あの人なんか自分本位で気持ち悪いんだもん。それにゴールデンウィーク中も色々あったし、お兄ちゃんはいつだって私を守ってくれてるからね。お兄ちゃんより良い男なんていないんだよ?」
「はいはい、ご馳走様」
うぇっと下を出して何かを吐き出しそうな嫌悪感たっぷりの顔をした後、常識を語るような顔で兄の事を語る七海。結は呆れるように返事をした。
二人の家は学区の外れの田んぼばかりが視界を埋め尽くすような地域にあるが、学校は町中にあるため、家から学校まで歩いて三十分から四十分程かかる。
そのため、二人はいつも人通りの少ない路地裏を通って、極力時間がかからないように近道していた。勿論自転車通学も出来たのだが、二人は歩いて通学している。
そんな人通りが少ない路地に二人の姿しか見えない時、背後から車が迫る。しかし、駆動音は何故か全く聞こえることなく、二人も徐々に近づいてくるワンボックスカーに気付かないまま話し続けている。
―キキキ―ッ
本来は聞こえるであろうそんな音が聞こえることも無く、ワンボックスカーが二人のすぐ近くで止まり、後ろの扉が開いて何人もの覆面の男たちが二人の背後から襲い掛かった。
「キャ……」
「え……」
二人はなす術なくその男たちに捕まり、何か薬品を含まされた布を口元に当てられ、いつしか気を失ってしまった。
「目標を捕らえました」
『おおそうか、根城につれてきておけ。俺も向かう』
「了解」
二人は肩に担がれ、ワンボックスカーの後ろに載せられた後、扉は閉められて車は出発した。
後に残ったは誰もいない路地だけだった。
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