第125話 七海ちゃん危機一髪(第三者視点)

「う……ここは?……」


 七海が目を覚まし、状況を把握するために体を起こして辺りを見回すと、そこはすでに廃墟になった病院や雑居ビルらしい場所の一室。壊れた器具や機器などが散らばっている。


「私は一体……」


 七海が覚えているのは結と一緒に学校から帰宅していた途中に、急に意識が遠くなったことだ。


「あ!!結は!?」


 意識がしっかりしてきた七海はもう一度辺りをキョロキョロと見回す。


 その中に自分の探していた結を見つけて動き出そうとして、自分の状況を把握する。自分の足と手には頑丈そう枷が付いていた。そして同時に自分たちが何者かに拉致されたのだと理解した。


 ある程度の自由度はあるが、思い切り体を動かすのは難しい程度の鎖でつながれていて、走ったりは出来なさそうだ。


「え!?何よこれ!!」


 思いきり引っ張ってみるが、探索者の七海の力をもってしても壊れなかった。七海は自分が置かれた状況が思ったよりも悪いことに気づく。


 追い込まれた状況のせいで、七海は換装リングで装備を変えたり、魔法を使えば枷を壊せる可能性を考えることが出来なかった。また、実際に戦ったりしたわけでもないので、彼女は自分が探索者であることさえすっかりと忘れていたのである。


「兎に角、結の所に行かないと……」


 七海はその枷をつけたまま、横たわる結の元に向かって歩いて跪く。


「結!!……結!!」


 もしかしたら自分たちを攫った人間達が近くにいるかもしれないと考えた七海は、小さな声ながらも切羽詰まったような声で結の肩を揺らす。


「ん……んん……」


 結の意識が徐々に覚醒していく。


「ん……あれ……なな?」

「うん、ななだよ」


 眠気眼を擦りながらななみを辛うじて認識する結に、七海は深刻な顔をしたまま答えた。


「どうしたの?なんで家にいるの?」

「寝ぼけてないでよーく聞いて。どうやら私達拉致されたみたい」


 結は体を起こして首を傾げるが、七海は彼女の両肩に手を置いて目をしっかり見つめてゆっくりと事実を伝えた。


「え……うぷっ」


 七海は結が叫びそうになるのを慌てて口を押え、間一髪のところで止めることに成功する。


「しぃ~!!静かに!!」

「ご、ごめん。七海が突拍子もないこと言うから……」


 七海が口元で人差し指を立てて結に注意し、彼女は頭を掻いて苦笑して頭を下げた。


「結は最後の記憶覚えてる?」

「確か私たちは学校から帰ってて……あれ?その途中から記憶がない」


 七海の問いに、腕を組んで視線を左上に向けてウンウンと唸りながら考える結は、自分の記憶が途切れていることに気付く。


「そういうこと。私たちは学校帰りに拉致されてここに連れてこられたんだよ」

「なるほど」

 

 周りの状況を指し示しながら説明する七海に、彼女は頷いた。


「どうするの?逃げる?」

「相手が何人かも、どれくらいの戦力なのかも分からないんじゃ、出ようにも出れないよ。多分出た途端に捕まっちゃう」


 相手の戦力分析もせずに逃げ出すのは愚の骨頂。


 何も分からないまま飛び出せばすぐに捕まるのがオチだった。


 何か相手の情報を探る手段がないと、今のままじゃ動くに動けない。そんな状況で出来ることは多くない。


「そっか。それじゃあどうするの?」

「今は何もできないかな。相手の状況を探れればいいんだけど。それに私はこんなだし」


 何もできないこの状況を打開する策を尋ねる結に、七海は少し諦めたような顔で自分の手足をみせた。


「な、なにそれ!?」

「知らない。兎に角今はこれ壊せないし、これがある限り早く走ったり、動いたりできないから逃げるのも難しい」

「確かに」


 驚く結に七海は苦笑する。二人の間に沈黙が下りる。


「あ!!ちょっと待って!!」


 七海は思いついたようにゴソゴソとポケット探ると出てきたのは携帯電話。


「これでお兄ちゃんに電話してみる。お兄ちゃんならなんとかしてくれるよ」


 困った時の兄頼み。


 絶対の信頼を預ける兄に電話すれば七海は全て解決すると考えた。


「流石に距離がありすぎじゃない?」

「お兄ちゃんが私のピンチに間に合わないなんてことはないんだから大丈夫だよ」

「そ、そう」


 至極正当な理由を述べる結を兄への信頼でたたき折り、七海は携帯電話の画面をタップする。


「あ」


 しかし、そこには圏外の文字。兄に連絡する手段を失った瞬間だった。


「連絡できないんじゃしょうがないね」

「そうだね……」


 二人で何とも言えない雰囲気になった後、七海は携帯をそっとポケットに戻した。


「おっ。起きてるじゃねぇか」


 しかし、二人がもたもたしている内に悪魔がやってくる。部屋に突然やってきたのは悪人面の中年の男。その後ろには背が高く所謂イケメンと呼ばれる部類の人間があくどい笑みを浮かべて立っていた。


「あんた達が私たちを攫ったのね!!」

「ああそうだが?」


 七海はその怪しい男に食って掛かるが、男はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべ、悪ぶるでもなく答えた。


「こんなことしてどうなるかわかってんの!?」

「一体どうなるんだ?」

「組合と警察に捕まえて一生出てこられないんだから!!」

「はっはっは。そりゃあいい。ぜひ捕まえてもらいたいなぁ!!そう出来るのならなぁあ!!」


 七海が男を脅すようなことを言うが、男にはなしのつぶてで何の効果もない。


 男は己惚れるように高笑いをあげた。


「くっくっく。確かに俺好みの可愛らしい子じゃないか」

「ひっ」


 中年の悪人面の男に、全身を嘗め回すような視線で視姦され、七海の体にはゾワゾワと寒気が走って全身に鳥肌が立つ。


「いいねぇ。そういう恐怖に染まった顔。そういう顔を快楽に染めるのが大好物なんだよ」


 ニヤニヤと笑いながら七海の方に近づいてくる男。


「ななに近づかないで!!」

「邪魔をするな!!」

「キャーッ!!」


 怯える七海の前に結が身を挺して立ちふさがるが、腕を振るって弾き飛ばされてしまった。飛ばされた彼女は壁にドンと音を立てて当たり、そのままガックリと崩れ落ちて気を失った。


「結!!」


 吹き飛んでいく結を見ることしかできなかった七海。


「へっへっへ。さっきまでの威勢はどうした?」

「いや、来ないで、来ないでよ……」


 しかし、男は待ってはくれない。じわりじわりと近づいてくる悪人面の中年男。


 七海はへたり込んで後ろに後ずさっていく。


―トンッ


 しかし、数秒の後、七海の背中に絶望の音と感触がした。


「くっくっく。もう逃げられないぞ?」

「いや、いやぁ……」


 ゆっくり恐怖を堪能させるように近づく男。七海は涙を流しながら首を振る。


 一歩。また一歩。七海と男の距離は近づき、遂に二人の距離は男の間合いに入ってしまった。


「つっかまぁえたぁ!!」

「いやぁ!!離して!!離してよ!!」


 男は、暴れる七海を意に介すことなく、その細い両腕を片手でまとめて掴み、自分の顔と七海の顔を同じ位置になるように持ち上げる。


「ここには誰も来ねぇよ。もう諦めな、へっへっへ」

「いやいやぁ!!お兄ちゃん、お兄ちゃぁあああああん!!」


 顔をもう数十センチもない距離も近づけてニチャアと気持ちの悪い笑みを浮かべる男に、七海はさらに大声で泣き叫ぶ。


「うるせぇ!!」

「きゃぁああああ!!」


 七海の大声にイラついた男は、彼女の頬を思いきり張った。七海の頬が真っ赤に染まり、ジンジンと響くような痛みを七海に与える。


「いや、いやぁ……」

「大人しくしてれば悪いようにはしねぇぞ?」


 痛みをこらえて小さく暴れる七海の耳元に顔を近づけて囁く男。七海から顔を離した男は七海の服に手をかけようとした。


「助けて……お兄ちゃん……」


 七海は最後の抵抗に小さく呟く。


「はっ?」


 その瞬間、七海の影から複数の黒い影が飛び出し、男に襲い掛かり、七海から引き離して吹き飛ばした。


―ドンッドンッドンッドンッドンッ


 男は吹き飛ばされて壁に当たり、そのまま壁を突き破ってそのまま飛んでいく。影の一つが男を追いかけて駆けていく。


「な、なんなんです!?そいつは!?」


 意味不明な事態に狼狽えるもう一人の男に、別の影が襲い掛かる。


 中年男の手から離れた七海を落ちないように影たちが支え、残った影たちは廃墟内の残党を探しに部屋を出ていった。


「おにいちゃん……?」

「ウォンッ」

「やっぱりだぁ……」


 犬の声を聞いた七海は安堵して意識を失った。

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