第113話 Sランク探索者の憂鬱(第三者視点)

「ありえないわ……」


 そう独り言ちるのは隠密系特化のS級ランク探索者黒崎零。


 なぜそんなことを呟いているのかと言えば、先日普人が報告したダンジョンの調査にきていたからである。


 普人の話ではEランクダンジョンという話だったが、入ってみるなり現れたのはAランクモンスターのブラックミノタウロス。その上、最初から五体以上の複数のモンスターが群れで行動している。


 これは完全にSランク以上のダンジョンに違いなかった。


「こんなダンジョンを探索していたというの?しかも探索者になりたての妹を引き連れて?確か佐藤君を鑑定した時、レベルもスキルもステータスも何もなかった。意味が分からないわ……」


 探索者にとってステータスとは絶対。


 レベルが上がれば、それに応じて能力値があがり、特定のレベルでスキルを覚えたりして強くなっていく。もし、それがないとすれば探索者として最弱と言える存在のはずだった。


「彼も探索者としてダンジョンに潜るようになった後、レベルとスキル、そして能力値を獲得したということかしら……」


 確かにそれなら、いやかなり疑問は残るものの理解はできる。


「それとも彼女のおかげかしら?」


 黒崎が思い出すの自分に殺気を放った無表情の女の子。


「葛城アレクシア。彼女の力はSランクを上回っていた。彼女が居ればこのモンスター達とも対抗できる。でも、それが複数ともなると、彼女でも彼らを守りながらではやはり荷が重い」


 黒崎は思考を深めながら推察していく。


「妹ちゃんは覚醒したばかりだから特に何もできないとして、佐藤君にもレベルとスキル、そして能力値が芽生えたというのが妥当かしら。そしてそのスキルがかなりレアな部類の、経験値や能力値のレベル補正系スキルだというのなら、少なくとも可能性は考えられる」


 しかし、レベルもスキルも能力値もないという非常識を受け入れることが出来ない零では、普人の本当の力を理解することができなかった。もちろんその間違いを指摘する人間はここにはいない。


 もし最上位の鑑定を持つ人間であればあるいは、普人のステータスの秘密を暴くことが出来るかもしれない。そんな人間は世界を探しても片手で足りるほどしかいないし、ここにもいなかった。


「とにかく……これはちゃんと調査しないと不味いわね。私が調査に来て本当によかったわ」


 零は佐藤たちの話を聞いた後、他の高ランクの探索者に任せようとも思ったが、アレクシアの実力と嫌やな予感から自らが調査に来ていた。


 そしてそれは正解だったと言える。


 零なら実力的に上のモンスターであっても、余程探知系の能力が優れていなければ彼女を捉えることは難しい。Aランクモンスターが複数いようと彼女は後ろから不意を突いて、暗殺系スキルでそれほど無理なく倒すことができる。


 そんな彼女であれば、格上のモンスターからでも逃げることが容易いため、ダンジョンの調査や探索は得意中の得意なのだ。


 彼女は一階を粗方探索を終えて次の階へ降りる。


「宝箱が一つもなかったわね……。彼らがとっていったのかしら……。だとしたら、足手纏いを連れてこのダンジョンを鼻息交じりに探索できるだけの力がある可能性があるわ。確かに俄かには信じがたいけど、桃花が欲しがるのも頷けるわね」


 一階全てを回ってみた零だったが、宝箱一つないことに気付く。


 零の想像通り、普人たちはピクニック気分で宝箱を探し回って全ての宝箱を回収していたのだが、零に知る由はない。


「今日はここまでかしら……」


 二階も同様に探索を進めていくが、ここで時間切れ。Sランク探索者と言えど、疲れもするし、緊張状態が続けば精神が摩耗する。休息は必須である。


 敵に見つからないように各階をくまなく探すと調査にとても時間がかかるため、二階までしか進むことが出来なかった。


 Sランク探索者でさえそれほどに警戒しながら進まなければいけないダンジョンを、まるで遊園地のアトラクションでも楽しむように進んでいく普人たちが異常なのであるが。


「あの子たちはどうやら本当にとんでもない存在のようね」


 数日かけて探索を続けていくうちに、普人たちの実力がほぼ確定的になっていく状況証拠が揃っていく。どの階に行っても宝箱の存在は一つもなく、全てを回収されていたのだ。


 足手纏いを抱えてそんなことができる彼らは確実にそれ相応の実力を持っていることを示していた。


「なんてことなの……」


 さらに零を驚愕させたのは、ボスが討伐されていたこと。


 流石にボスまでは倒していないだろうと、警戒しながら部屋の内部を窺うと奥には帰還魔法陣が輝いていた。つまり、彼らがダンジョンボスを倒したという事実。


 階層は少ないが、確実にSランク認定されるダンジョン。


 そのボスはSランクかSSランクは確実。


 つまり彼らはそれすらも足手纏いを抱えたまま倒せるほどの実力者ということだ。


「さて、どうしたものかしら……」


 ダンジョンを探索し終えた零はひどく悩んでいた。なぜなら今回の調査結果があまりにも驚愕すべき内容だったからだ。


 覚醒してひと月程度の探索者が、階層が少ないとはいえ、確実にSランクであるダンジョンを制覇してしまった。しかも足手纏いの一般人に毛の生えたような妹を抱えたまま。


 こんなことをそのまま組合の報告すれば、どんな手を使ってでも彼らを手に入れようとするだろう。前途ある若者たちがそんな目に合うのは、過去に色々あった零としては避けたいことだ。


 幸い彼らの報告含め、今回の全容を知っているのは零だけだ。そして零だけが一番普人の力を正確とは言い難いものの正当な評価を下せるだけの位置にいた。


「組合には悪いけど、彼らが自分を守れるようになるまでは隠させてもらうわ。いや正確には、組合が彼らと適切に対話ができるように、が正解かしらね……」


 零はそう独り言ちて偽りの情報を記載した報告書を提出すことに決めた。





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