第112話 絶対に忘れてはいけなかった存在
「お兄ちゃん……」
七海が最寄りの無人駅で別れを惜しんで目に涙を溜める。
そんな顔をしないでおくれよ、マイシスター。
「全く……たった数カ月会えないだけじゃないか。七海はちょっと俺が好きすぎないか?」
「うん……大好き……」
俺が呆れて困ったような表情をしながら呟くと、七海は素直に心情を吐露して俺にギュッと抱き着いた。
いつになくしおらしい。
最初に学校に行く時はそれほどでもなかったんだけどな。もしかしたら俺が行きにくくならないように我慢していたのかもしれない。それが俺が帰ってきたことで抑えきれなくなったのかな。
「はははっ。七海ももう中学生なんだから兄離れしろよ」
「やだ……一生しないもん……」
さらに力を強めて俺を抱きしめる七海に苦笑いを浮かべた。
「はぁ……そんなんじゃ彼氏もできないぞ?」
「彼氏なんていらない。お兄ちゃんがいればそれでいい……」
俺の胸に顔を擦り付けて七海は呟く。
ここまで俺にべったりだと、少し妹の将来が心配になってきたぞ。
一応保険をかけておくか。
「やれやれ……仕方のない妹だ。お前に好きな相手が出来るまでは一緒にいてやるさ」
「約束だからね!!」
俺の返事にガバリと顔を上げて、真っ赤に腫らした真剣な目で叫んだ。
七海を一生養うだけの資産もあるし、高校卒業後に俺がこっちに帰ってくるのか、七海がここを出ていくのかは分からないけど、気が済むまで一緒にいてやろうと思う。
妹の頼みだから断るなんてしない。こんな風だから妹も兄離れできないのかもな。
「分かってる。んじゃ、そろそろ行くな?」
俺は七海に頭をポンポンと撫でると、シアと一緒に電車に乗って七海の方を振り返る。
「うん……それじゃあ、またね、お兄ちゃん」
「ああ、またな、七海」
「お姉ちゃんもまたね」
「ん」
俺たちは涙を滝のように流す七海に見送られて、神ノ宮学園へ向けて出発した。
「ふぅ……。七海にも兄離れしてほしいところだけど、なかなか難しいな」
俺とシアは席に隣り合って腰を下ろし、少し落ち着いた所で会話を切り出す。
「満更でもない顔してる」
「ははははっ。バレたか」
そもそも俺も兄離れしてほしいと言いながら、実際にされたら寂しくて死んでしまうので、七海と一緒にいることは俺の願望でもある。
そんな気持ちをシアには見抜かれてしまっていた。
もちろん、七海にふさわしい人物が現れたら別だぞ?
その人物には俺と母さんによる圧迫面接が待っているけどな?
それを乗り越えてこそ七海にふさわしいと認められるのだ。
「もうゴールデンウィークも終わりか……あっという間だったな」
「ん。楽しかった」
俺の呟きにシアがほんのりとほほ笑む。
相変わらず微笑みの破壊力が高すぎて直視が難しい。そんなに何度もその表情をみせられると、ダメだと分かってても惚れてしまいそうになるので止めていただきたい。
俺は心臓の鼓動の高ぶりを必死に抑え込む。
「そう言ってもらえるなら連れてきた甲斐があるな」
「また来たい」
「はははっ。こんな何もないところでよければ、また一緒に来たらいいさ」
「ん」
俺はそんな気持ちを押し隠しながらシアとの会話を続ける。シアに行きたいと言われたら断ることはできないし、段々シアからの頼みごとに満更でもない自分がいることに気付く。
もしかしたらもうすでに俺はシアに囚われ始めているのかもしれない。
俺はシアとゴールデンウィーク中の思い出を話しながら、何度かの乗り換えを経て学校の最寄りの駅まで電車に揺られるのであった。
「なんだか、もう懐かしい気持ちになるな」
「わかる」
激動のゴールデンウィークだったせいか、ほんの二週間程離れただけなのに、いざ学校の最寄り駅に戻ってくると、懐かしさを感じた。シアも俺に同意するように頷いた。
でも、周りの人々は相変わらずで、突然現れたアイドルも裸足で逃げ出すシアの美貌に呆然とした後、その隣に俺がいることに訝し気な視線を向けてくる。
驚きだったり、理解できなかったり、嫉妬だったり。
彼らは俺とシアを見る度に様々な感情を含んだ顔をした後、なぜか急に顔をサッと逸らしていく。
一体何かあったのだろうか。
「さて、懐かしの我らが母校に帰りますか」
「ん」
どうでもいい思考は打ち切って、好奇の視線に晒されながら俺たちは学校へと歩き出した。
しかし、俺は忘れていた。
学校にはとんでもないモンスターがいることを……。
学校内ならいつでもどこでも偶然出会ったと言い張る存在の事を……。
「あら、奇遇ですね。佐藤君」
そう、俺は学校に帰るなり、門から入った所で生徒会長という名の怪物に出くわすのであった。
「ひぃやぁああああああああ!!」
俺は思わず大声で叫んでいた。
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