第109話 最後の夜

「楽しかったね」

「そうだな」

「ん」


 俺たちはESJに向かった時と同じように電車に揺られていた。七海はホクホク顔でニコニコとして椅子に座って足をぶらぶらとさせている。俺とシアは、そんな妹を微笑ましく眺めていた。


「ん……んん……」


 暫くはしゃいでいた七海だけど、十分ほどすると、寝息を立て始める。


「今回は巻き込んでしまって悪かったな」

「ん。そんなことない」


 俺は七海とは反対側に座っていて、今もなお周囲の視線を集めるシアに声を掛けると、彼女は少し顔を傾けてその眠そうな目をこちらに向けて首を振る。


「いや、結構大変だったろ?」

「戦えてよかった」

「そ、そっか」


 シアはむふーっと鼻息を荒くし、拳を握る。無表情なのがまた不可思議な雰囲気を醸し出していて、俺は困惑気味に頷くしかできなかった。


 シアにとってはレベル上げが大事なんだと思う。


「うーん!!よく寝た!!」


 俺たちは集落の最寄り駅に着いた。すっかり駅に着くまで眠りこけていた七海がググーっと背を伸ばした後、元気良く答える。


「今日は沢山遊んだから疲れたんだろ」

「そうかも。朝からさっきまで遊び通しだったし。でも、おかげで大満足だったよ?」


 俺の言葉にそれで良かったとでも言いたげに俺を見上げる七海。


「楽しめたなら良かったよ」

「えへへ~、今日はありがと。お兄ちゃん」

「どういたしまして」


 呆れ笑いをする俺に対してニカッと笑う七海に、俺もニコリと笑い返した。


「それはそうと、早く帰ろう。また母さんの怒られてしまう」

「了解」

「ん」


 俺の提案に二人が頷いた後、七海をラックに乗せて俺たちは急いでうちに帰った。


『ただいま~』

「おかえりなさい。どこも怪我してないわね?」


 俺達が家の中に入ると、母さんが駆け寄ってきて俺たちの体をペタペタと触って確認しはじめる。


「怪我なんてしてないよー!!」

「俺もどこもなんともないよ」


 俺と七海は母さんを安心させるように伝えると、一度ため息を吐いて母さんは安堵の表情を見せた。


 電話できちんと無事を伝えていたんだけど、ニュースでESJ近くのダンジョンでスタンピードが起こったという内容が結構流れていたらしく、気が気じゃなかったんだと思う。


 そんなヤキモキしていた時に俺達ばかり楽しく遊んでしまって悪いことをしたなと思った。


 何か埋め合わせでもできたらいいんだけど。


「シアちゃんも無事でよかったわ」

「ん」


 母さんはシアにも微笑みかけると、シアは頷いた。アホ毛がなんだか嬉しそうに弾んでいる。


「それじゃあ、ご飯にしましょ。どうせ遊び過ぎて食べてないんでしょ?」

「あ!!そういえば食べてない!!」


 母さんが途端に呆れたような顔になって予想を呟くと、七海がハッとしたような顔になって叫んだ。


―クゥウウウウッ


 そしてその直後、体が空腹を理解したのか七海のお腹が小さくなった。


「えへへ~、お腹がなっちゃった」

「俺も腹が減ったな」

「ん」


 照れるように笑う七海に俺とシアも顔を見合わせて頷きあう。


「それじゃあ、さっさと手を洗ってきなさい。今日は沢山料理を用意したからいっぱい食べるのよ?」

『はーい』


 俺たちは急いで手を洗って居間に集まった。


 テーブルの上には沢山の料理が所狭しと並べられていて、どれも湯気を立てていて出来たてであることが分かる。七海あたりがLINNEでちょこちょこ連絡を取っていたので、大体の帰宅時間に合わせて温め直したりしてくれたんだと思う。


 そこには俺たちの好物がばかりが並んでいる。


「わぁ~!!今日は好きな料理ばっかり!!」

「ホントにな!!」


 俺と七海は目の前の料理たちに眼を輝かせた。


 腹が減っているから猶更だ。


「明日には普人もまた学校に行っちゃうからね」

「あぁ~、そういえばそうだった。また寂しくなっちゃう……」


 母さんの言葉に、七海が表情を曇らせる。


 仕方がないとはいえ、七海が悲しむ顔はあまり見たくはない。


「はははっ。またLINNEで話したりするから我慢してくれよな」

「ふぁーい」


 七海が悲しげに返事をする。


「さぁさ、それよりもまずは食べなさい。シアちゃんも我慢できないみたいだし」

「……」


 しんみりとしてしまった場の雰囲気を壊すように母さんがひと際トーンの高い声で俺たちを促し、シアの方に視線を向けた。


 俺達も釣られるようにしてシアの方に顔を向けると、シアは料理を凝視して動かなくなっていた。アホ毛は円形に三角に欠けた部分があるような形になって、その欠けている部分をパクパクと、えさに群がる鯉に口のように動かしている。


 これは料理が食べたくて仕方がなくなっている証拠なんだと思う。


「そうだな。早速食べよう」

『いただきます!!』


 俺たちは挨拶をして食事を始めた。


 食事を終え、お土産を母さんに渡したり、七海の荷物を出してやったりした後、風呂に入り、自室に戻る。


―トントン


 襖を叩く音が聞こえる。


「はい?」

「お兄ちゃん、私」


 部屋にやってきたのは七海だった。俺はすぐに襖を開けてやると、七海はもじもじしながら俯いて立っていた。


「七海か?どうした?」

「一緒に寝てもいい?」


 七海に用件を聞くと、悲し気な表情を浮かべながら尋ねる。


 どうやら寂しくなった七海が、俺が学校の寮に行く前の最後の夜に一緒に寝たいと思ったらしい。そんな顔をされたら断れるわけがないだろうに。


「もちろんいいぞ」

「やった!!」

「ほらほら、もう夜も遅いんだから静かにしないと駄目だぞ?」

「はぁーい」


 俺が許可を出すと、はしゃいで飛び跳ねる七海。しかし、もう結構いい時間なので静かにさせて室内に招いた。


「えへへ~」

「中学生にもなったのにまだまだ甘えん坊だな」


 布団に入った俺と七海。七海は俺にしがみつくように抱き着いて顔をにへらと緩ませている。


「次に会えるのは夏休みかなぁ」

「はぁ……長いなぁ……」

「まぁさっきも言ったけど、ちょいちょいLINNEで電話したりするし、それで我慢してくれ」

「うん……絶対だよ?」

「ああ」


 俺たちは暫く他愛のない話をしていたんだけど、いつしか意識を失っていた。

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