第110話 締まらない男は今日も締まらない(第三者視点)

「スタンピードの対応はどうなっている?」

「はい。本来朱島ダンジョンの討伐作戦に投入しようとしていた戦力を二つに分け対応しております。このままいけば早晩終息に向かうと考えられます。ただ、普通のスタンピードより数倍は規模が大きく、被害は免れません」

「はぁ……また市民からの組合に苦情がくるな……」

「仕方ありません。彼らは実情を知りませんから……」


 緊急対策室豊島支部の執務室で二人の人物が会話をしている。一人はその部屋の主で緊急対策室豊島支部の室長新藤。もう一人はその部下である柳亜紀。


 二人は各地で起こったスタンピードに関する情報を共有していた。


「それにしても世界中でスタンピードだなんて異常な事態ですよね?」

「そうだな。今まで数件のスタンピードが世界で重なることはあったが、世界中で百以上のダンジョンが同時にスタンピードを起こすなんてことは歴史上初めてのことだ」


 未だかつてこれほどの数のダンジョンが同時多発的にスタンピードを起こした例はない。多くても二桁に届かない数。それが今回は二桁を通り越して三桁。明らかに異常である。


「こうなると、俄然あの説が気になりますね」

「なんだ?あの説っていうのは?」


 亜紀は考えるような仕草をして中空を見つめながら呟くと、新藤は不思議そうな顔をして彼女を見つめ返した。


「室長知らないんですか?ダンジョンによる地球侵略説ですよ」


 亜紀は、そんなことも知らないんですか?という驚きの表情を浮かべながら答えた。


「侵略だぁ?あの知性のあまりなさそうなモンスター達が?」


 新藤の顔には、俄かには信じられないという気持ちがありありと浮かんでいる。


 それはそうだろう。モンスター達は仲間と群れることはあれど、文化的な生活を送るわけでも、話したりする訳でもない。彼らにそんな知性があるとは思えなかったのだ。


「彼らとは限りませんよ。彼らを操る存在がいるかもしれないでしょう?ダンジョンが未だに何かわかっていないんですし」

「確かにそうだが……」


 亜紀の返事に口ごもる新藤。


 言われてみれば、ダンジョンについては何もわかっていないのだから、ダンジョンを生み出し、モンスターを作り出している存在がいてもおかしくはない。


「それに知っていますか?世界中の魔力濃度がどんどん上がっていることを」

「ああ、その話は聞いている」


 世界中には魔力を研究する機関があり、その機関には魔力を計測する装置が置いてあるのだが、世界各地の機関で濃度が年々上昇しているのが観測されていた。


「それって気になりませんか?なんだかどこかの誰かがダンジョンを使ってまるで自分たちが生活できる環境を整えているみたいな」

「流石に勘繰りすぎじゃないか?」


 確かにそういう考えは分からなくもないが、新藤には少々飛び過ぎた発想のように思えた。


「それが今回のスタンピードによって、加速度的に世界各地の観測点での魔力濃度が跳ね上がっているらしいんですよね。どう考えても無関係とは思えません」

「ダンジョンを操る存在か……そんなものがいるなら地球はお終いじゃないか?」


 徐々に亜紀の言葉を真剣に考え始めた新藤。


 ただでさえSSSランクのダンジョンのモンスターなど最早災害の領域。あんなものを操れる相手が敵なのだとすれば、それは絶望的な力の差があることを示していた。


「かもしれませんね……しかし、未来はともかく私たちは今やれることをやるしかないですからね」

「まぁな」


 辿り着いた結論にお互いに苦笑しながら頷きあった。


 できればそんな未来は来ないで欲しいと思いながら……。


―ドンドンドンッ


 少ししんみりした雰囲気になった所に乱暴に扉をたたく音が室内に響き渡る。


「柳、入れてやれ」

「分かりました」


 新藤の指示に従い、亜紀が扉を開ける。


「キャッ」

「室長大変です!!」


 扉が開くなり、中に入ってくる職員。その表情は焦っていて亜紀に気付く様子もなかった。亜紀は弾き飛ばされ、悲鳴をあげるが、そこは探索者。転ぶことなく体勢を立て直す。


「なんですか!?確認も取らないで!!」

「え!?あ!?すみません!!急いでまして!!」

「全く……次から気を付けるんですよ?」

「は、はい。すみません」


 そしてその勢いのまま室内に入ってきた職員に怒鳴った彼女。

 

 職員もようやく亜紀の存在に気付き、自分が彼女に体当たりをして押しのけたことを理解して頭を下げる。その様子を見た亜紀は腕を組んでため息を吐くと、不機嫌な顔を緩めて職員を諭した。


「まぁまぁ柳。彼も焦っていたんだろう。そこまでにしてやってくれ」

「分かっています」

「それでどうしたんだ?」


 とりなす新藤にムッとした表情をして答える亜紀。そんな亜紀を無視して新藤は話を進める。


「はい……それが東北のESJ付近にあるダンジョンがスタンピードを起こしました!!」

「くっそ。ここに来て新たなスタンピードかよ」


 職員が持ってきた新たな情報に新藤は悪態を着く。


 今高ランクのめぼしい探索者達は二つのスタンピードを納めるために北海道と九州に飛んでいた。そんな中でこの情報を聞けば悪態をつくのも無理はないだろう。


「東北各地の支部の緊急対策室にはすでに連絡が入っております。しかし、一番近い支部以外はどこも距離があるため、集まるのに時間がかかりますし、何よりも各地の戦力を全て送るわけにはいきませんので……」

「離れた所にまたスタンピードが起こったら目も当てられないし、ここからヘリで移動したとしてもそれなりにかかるしな。一体どうしたものか……」

「確かに今回の規模でスタンピードが起こったとすれば、ESJと専属契約している探索者だけでは対応しきれない可能性がありますね」


 三人とも思わず黙る。 


 ここにきて新たなスタンピードが起こった。これからさらに増える可能性もある。余力も残しておかなければならない。どこかに出かけている間にこちらでスタンピードが発生して辺りが壊滅しました、では話にならない。後一つ二つならどうにかなるだろうが、それ以上に増えれば、一般市民への被害も大きなものとなるだろう。


「ひとまず俺達が出来るのは少なくても応援を出してやることくらいか」

「そうですね」

「分かった。組合から行かせるのは半分だ。その予定で調整してくれ」

「分かりました」

「君もご苦労だった。持ち場に戻ってくれ」

「了解です」


 今後の予定が決まり、二人そろって慌ただしく部屋を出ていくのを見送った新藤は、手を組んで考える。


「ふぅ。一体どうすればいいんだ」


 新藤はなかなか厳しい状況に思わず弱音を吐く。


―ドンドンドンッ


 数分後、再び激しいノック音が響き、それと同時に許可もなく、室内に入ってきた者がいた。それは亜紀だった。


「室長!!ESJ近郊のダンジョンのスタンピードが終息しました!!」

「はぁ!?」


 あまりに早すぎる終息に新藤が声を上げたのも無理はない。


「どうしてそんなに早く収束したんだ?」

「詳細は分かりませんが、どうやらESJに遊びに来ていた中に探索者がいて、その探索者の協力の元、対処に成功したようです」

「その協力者については分かっているのか?」


 確かに北海道や九州に行っていない高ランク探索者が協力しているのならすぐに収束していてもおかしくはない。ただ、高ランクの探索者にはほとんど声を掛けたはずだし、基本的にどこにいるかは確認をとっていた。


 その中にESJ近郊に行っている人間はいなかったはずだった。


「それが職員たちは全員スタンピードの対応に追われていて、目撃者たちも素性をよく知らないらしいです。携帯で動画を取っていた者達もいたようですが、何かの拍子に壊れてしまってデータも残っていないとのことでした」

「ESJ側は何と言っているんだ?」


 どいつもこいつも役に立たないな、などと思いながら他の見解を聞く新藤。


「それがおかしなことにEランク探索者に手伝ってもらったと言っているんですが、そんな訳がないのですよね。今回のスタンピードは規模が違いすぎますし」


 亜紀は再びウーンと唸りながら遠くを見るようにして答えた。


「~!?」


 新藤はEランク探索者という単語を聞いた瞬間、その可能性に思い当たり驚愕する。その人物はこれまで様々な事件の際には大体当事者としてその場にいた。


「亜紀!!すぐにそのEランク探索者の名前を確認してこい!!」

「ど、どうしたんですか!?」

「いいからいけ!!今すぐだ!!」

「はっ、はい!!」


 亜紀は新藤の剣幕にビビりながら急いで部屋を出ていった。


「俺の予想が間違っていなれば、そこにはお前の名前があるはずだ。なぁ……佐藤普人?」


 確信をもって呟く新藤。


「これは俺も悠長に構えてる場合じゃないな。あいつに動いてもらうか」


 新藤は再び独り言ちた。


 こうして世界も普人を取り巻く環境も本人の知らないの所で劇的な変化を見せようとしていた。


「それにしてもあいつ、いくら待っても組合に顔出さないんだもんなぁ。組合を訪れたら呼び出して、俺が威厳たっぷりに対面しようと思っていたんだがなぁ。待ってた俺の気持ちを返せ!!」


 相変わらずどこまでも締まらない男、新藤であった。

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