第100話 全身を串刺しにされる男

 腹がはち切れんばかりにすき焼きを食い尽くした俺とシアと七海の三人は、明くる日、この辺りで一番近い探索者組合へとやってきていた。その理由は勿論野良ダンジョン発見の報告のためだ。


「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件ですか?」

「あ、こんにちは。えっと、野良ダンジョンを見つけたので報告をしに来たんですが……」

「え!?」


 俺が初めてやってきた時も俺を窓口に案内してくれた女性の職員が話しかけてきたので、用件を伝えると、職員は大きな声を上げて固まってしまった。


 その声を聞いた周りの注目がこちらに集まる。


 物凄く居心地が悪いな。


「どうかされましたか?」


 そこに聞いたことがある声が俺の耳に届いた。


「あ、黒崎さん、この子達が信じられない事を言うもんですから……」

「そう、分かりました。この子達は私が引き受けるので、元の業務に戻っていただいて構いませんよ」

「わ、分かりました」


 俺達の会話に割り込んできたのは俺を地獄に落としてくれた人。もとい俺の探索者適性を見出し、探索者登録を行ってくれた黒崎零さんその人であった。


「ひとまずこちらに来ていただけますか?」

「はい」

「はーい」

「ん」


 黒崎さんが俺達を別の場所に誘導する。それに従い俺達も後をついていく。一分程歩いた場所にあった一室の前で黒崎さんが止まり、ドアを開ける。


「どうぞ」

「失礼します」

「ん」


 俺とシアと七海は促されるままに部屋の中に入る。


 室内は応接室になっていて、中には対面にソファーと間にテーブルが置いてあった。


「そのソファーにかけてください」

「それでは失礼します」


 ソファーを腕全体で指し示されたので、俺は恐縮しながら腰を下ろし、両隣にシアと七海が無言で同じように座る。


「何か飲みますか?」

「あ、いえ特には……」

「遠慮しないでください。紅茶と緑茶、コーヒーならどれが良いですか?」


 俺が恐縮する様子をみて苦笑いする黒崎さんが、再びにこやかな笑顔で俺達に飲み物を進める。


「それじゃあ緑茶で」

「同じ」

「私も!!」


 黒崎さんに強く勧められた俺達は飲み物を選んだ。


「分かりました。ちょっとそのソファーに座って待ってくださいね」

「了解しました」


 俺たちを残して黒崎さんは部屋の隣にあるらしい給湯室へと姿を消した。


 数分後お盆にお茶を載せて帰ってきた黒崎さん。俺たちの前に緑茶を置き、自分の前にも飲み物を置いて俺達の体面に腰を下ろす。


 そして俺たちを改めて真っすぐに見つめた。

 

「あの、お久しぶりです」

「ええ、お久しぶりですね」

「……覚えてるんですか?」


 俺が意を決して話し始めると、思いがけず俺の事を覚えているらしく、思わず聞き返してしまった。


「もちろんですよ。佐藤さんを忘れるのは中々難しいですね」

「あ、いやあの時は色々お恥ずかしい姿をお見せしました」


 そういえばあの時滅茶苦茶恥ずかしい姿を見せたんだった。あれ程の失態をする人は中々いないだろう。そういう意味で覚えられているのは恥ずかしさしかないけど、やってしまったものは仕方ない。


 俺は思わず苦笑をして頭を掻いた。


「いえいえ、そんなことありませんよ。それで本日はどのようなご用件でいらっしゃったんですか?」


 話の枕を終えると黒崎さんが俺に尋ねる。


「えっとですね、実は昨日までキャンプに行っていたんですが……」


 俺はキャンプ中に起こったことをかいつまんで話していく。勿論全て正直に話すと問題があるので、概ねダンジョンには俺とシアで入って、ある程度調査してきた、という内容で話を進めた。


「なるほど。キャンプ中に洞窟を見つけて、入ってみたらダンジョンだったと……」

「はい、そうですね」

「そして妹さんが探索者に覚醒したと」

「はい」


 黒崎さんは、俺から聞き取って報告書のようなものに記載した内容を確認するように尋ね、俺は答え合わせするように答えていく。


「それで、ちょっと中を探索してみたと?」

「はい、すみません。誰も知らないダンジョンにワクワクしてしまいまして……」


 報告書を呼んでいた黒崎さんが報告書に向けていた視線を上げた。その視線に少し俺を咎めるような色が浮かんでいたので、俺は頭を掻きながら苦笑して平謝りをする。


「はぁ……今回は仕方ありません。佐藤さんはまだお若いですし、今回は厳重注意ということで済ませておきます」

「本当ですか!?」

「はい、ただし、もしまたこういうことがあったら真っ先に報告してくださいね?」

「勿論です!!」


 俺が未成年だったおかげか、今回は特に罰則もなしで解放してくれるらしい。

 法律的には何も言われることはないけど、ルール上すぐに報告する義務があるからな。それを怠れば当然相応のペナルティは課せられる。何もなしで本当に良かった。


 俺はホッと息を吐いた。


「それと佐藤七海さんには、探索者登録の手続きをします。必要な書類は持ってきていますか?」

「はい!!書いてきました!!」

「それでは必要な用紙をお持ちしますので少々お待ちください」

「わかりました!!」


 黒崎さんは一度外に出て俺が見たことのある書類を持って帰ってくると、七海に渡して記入させ、必要書類と合せて確認を行った。


 書類は俺の余りがあったので今日来る前に書かせていた。母さんにもきちんと報告してある。


「まぁそうなるわよね」


 母さんは俺がいるからか、さも当然と言った感じで保護者用の書類を書いてくれた。


「問題ありませんね」

「それでは手続きしてきます」

「あの、鑑定は行わなくても大丈夫ですか?」

「はい。覚醒しているかは見ればわかりますので」

「わかりました」


 俺の時は鑑定していたので念のため確認すると、覚醒済みだと確かに見ただけで俺でも分かるので、それでいいらしい。


 あれは適性があるかどうか見るためのものだしな。助かった。


 黒崎さんは手続きを進め、七海の探索者カードを作成してきて持ってきてくれた。もちろん七海は十六歳まではダンジョンに入ってはいけない。見つかれば罰則が待っている。


「それでは、また実地調査が済み次第、結果は追って連絡しますね?」

「分かりました。ただ、自分は今遠くに住んでいまして、ここに住んでいないんですが、どうしたらいいですか?」

「そうなんですね。協会に登録されている携帯電話に連絡してもいいですか?」

「はい、大丈夫です」


 一通り話が終わると、今後のやり取りの話になる。


 今自分は神ノ宮学園の方にいるのでここに住んでるわけじゃない旨を伝えると、携帯に連絡をくれるということで話がまとまった。


 これで行き違いになるようなことはないと思う。


「それでは調査が完了次第ご連絡しますね」

「分かりました」

「それでは今日はわざわざご報告ありがとうございました。入り口までご案内しますね」

「ありがとうございます」


 俺達は黒崎さんに見送られて探索者組合を後にした。


「あの人私たちに何かしようとしてた」


 探索者組合から少し離れると、シアがポツリと呟く。


「ホントか?」

「ん」

「そういうことをするような人には見えなかったけど」


 俺は信じられなくてシアに確認してたけど、シアは確信するように頷いた。シアが俺に嘘をつく理由はない。つまり間違いなく何かをしようとしたんだけど、あの人はそういう姑息な事をするような人には思えなかった。


「甘い」


 そんな俺の考えをシアは一蹴した。


 確かに見た目や話し方が穏やかな人でも何をするか分からない。警戒するに越したことはないかもしれない。ただし、気になることがある。


「でも、結局何もしてこなかったんだろ?」

「威圧してたから」

「あの中でそんなことしてたのか」

「ん」


 どうやら何もできなかったのはあの状況下で黒崎さん相手に牽制していたかららしい。流石シア。職員といえばエリートが多いというのに、そのエリートに何もさせないとは天才と騒がれるだけはある。


「そっか。ありがとな」

「ん」


 俺が感謝を込めて礼を言うと、頬を少し赤く染めて頷いた。


「あ!!イチャイチャ禁止!!」

「だからしてないって言ってるだろ?」

「嘘。してたもーん」


 俺とシアの間に入って俺たちの腕を取り、プクーっとフグのように七海が頬を膨らませる。


 はい、可愛い。


「そんなことより、もうすぐ昼だな。母さんに連絡してこっちで食べていくことにしよう」

「ん」

「あ、誤魔化したぁ!!」


 七海は俺とシアの間でワーワー叫んでいるけど、埒が明かないので無視をする。


 お礼がてらシアにご飯をおごることに決め、俺とシアは七海を挟んで親子のように並んで騒がしいまま繁華街へと歩いていった。


 街に出てきてからずっと周りの男達からの殺意のこもったあまりに鋭すぎる視線が、俺の全身を串刺しにしていたのは当然のことであった。

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