第101話 パンドラの箱から手を引く者、開けようとする者(第三者視点)
「ちょっと肝が冷えたわね……」
高校生と中学生の男女三人の背中を見送りながら独り言をつぶやく女性。探索者組合の制服に身を包むその女性は、黒崎零と呼ばれる人物である。
零は彼らの姿が見えなくなると、自身に与えられた部屋へと戻り、机に座って先ほどもまで相対していた人物たちのことを思い出していた。
「桃花から調べてほしいって依頼が来たと思ったら、私が鑑定して名前以外何も映らなかった佐藤君の事だとはね。佐藤君の地元や彼の通う神ノ宮学園での調査、そして彼の後をつけての調査を行ったけど、あのお嬢様が手に入れた情報とさほど違いはないかしら」
何を隠そう、零はSランク探索者。しかも隠密に特化しており、家の侵入や、素行調査などといったことに関してはプロフェッショナル中のプロフェッショナル。
その自分が他の隠密系探索者とそれほど違いのない情報しか得られていない事実は、少々腹が立ったが、それ以上踏み込むことは出来なかった。
「分かっているのは、家族構成が母一人、妹一人。父は死亡。母はごく普通の料理好きの主婦で、妹はこの辺りでは有名な美少女。彼女は事故ではあるが、探索者に覚醒してしまっている。父親に関しての情報は一切なし。本人は高校デビューするために探索者登録をして神ノ宮学園に特待生として入学し、デビューに失敗している。それからは佐倉という友人以外のクラスメイトとは関わらず、ソロでEランクダンジョンに潜る。そのダンジョンがリバースを起こしてからは、どこかに出かけているが、ダンジョンに潜っている形跡はなし。しかし、なぜかEランク昇格基準を満たし、試験をうけてすぐにEランクに昇格。その後、Dランクの森林ダンジョンを主に狩場としていた。か……」
自身が作った普人の報告書に眼を通す零。
普人はダンジョン探索に行った形跡がないにもかかわらず、貢献度を貯めて受験資格を獲得していた。それに父親に関する情報が全く出てこないのもおかしい。何かあるのかもしれない。
そうは思った零はその情報を探し当てていた。
「まさか、佐藤栄一郎の息子だったなんてね……」
佐藤栄一郎とは元日本最強の探索者。しかし、とあるダンジョンに向かったきり帰らぬ人となった。佐藤栄一郎以外のパーティメンバーは無事に帰還したが、メンバーたちは探索での出来事を黙して何も語らず、その事実は闇へと葬り去られていた。それ以上の事は記録に残ってはいなかったため分からない。
「それから佐藤君と一緒に行動している葛城アレクシア。家族構成は、父、母、彼女本人。二人ともSSSランクダンジョンにて現在行方不明。両親はSSランク以上の探索者。本人も資格を得てすぐにEランクに昇格。それ以降はDランクの森林ダンジョンに潜っていたが、ある時を境にぱったりと探索をしなくなった。朱島ダンジョン付近の公園で見かけたという情報があるが、詳細は不明。と言ったところね」
今度はアレクシアの報告書を見る。
零は自分が彼らの情報を探ろうとした時の事を思い出す。
桃花から「自身が所属する企業の武具を全て破壊した人間がいる、その人物を自社に引き入れたいから調査してくれ」と頼まれたのだ。その相手こそ佐藤普人であった。
そんなまさかと思いつつ、普人の実家の周りで記憶が残らないように聞き取り調査を行ってパーソナルデータを集めた後、神ノ宮学園で彼の調査をしようと学校に侵入した。
そこで寮の彼の部屋に近づこうとしたら、それ以上踏み込んでは生きては帰れないような殺気を向けられて逃げ帰るしかなかった。
そこで、彼が学校の後どこに出かけているのか調査するために尾行しようとしたら、どれだけ離れていてもこっちの位置を全て把握して見つめてきて首を傾げる。自身の能力がここまで全く効果のない相手は初めてだった。
それじゃあと、ターゲットを普人と一緒に活動しているアレクシアへと対象を移してみたが、彼女もやたらと鋭くて近づこうにも近づくことができない。鑑定を使用するにもかなり近づく必要があるため、二人に関しては全く視ることができなかったのだ。
そのことを桃花に電話で報告した当時の事を思い出す。
◼️◼️◼️◼️◼️
『はぁ!?あんたが調べられなかったっていうの?』
「ええそうよ。あの子達はおかしいわ。私に気付くなんてありえないもの」
電話口の桃花の声が驚愕に染まる。
『ふぅ。あんたにそれほどのことを言わせるなんて……これは是が非でも手に入れないとね』
「私は手を引くわよ?関わってはいけないような、まるで開けてはいけないパンドラの箱にでも近づいたみたいな恐ろしい気配がしたわ。一応やめた方が良いと忠告しておくわよ?」
味わった恐怖を思い出し、電話しながらも零は身震いをしつつ、本気で佐藤普人を獲得しようとしている桃花に忠告しておく。
『わかったわ。それくらいで諦めるには逸材すぎるのよね。それはそうと、半金だけは受け取ってちょうだい。それだけの情報はもらったわ』
「わかった。ありがとね」
『いえいえ、こちらこそ』
普人の事を調べれば調べるほど、零は何かとんでもないことに踏み込んでいるような気がしたため、彼女は調査を打ち切ったのだった。
◼️◼️◼️◼️◼️
「全くなんなのよ、あの子達……」
今度は先ほどの出来事を思い出しながら悪態を着く。
調査対象がまさか帰省してきて自分の前に出てくるとは思いもしなかった。それで桃花には既に仕事を断っていたが、情報を得るために思わず別室に案内して色々話を聞いてみることにしたわけだ。
話を聞けば、キャンプ場の近くで洞窟を見つけ、中に入って探検してみたらダンジョンだったと。そのおかげで探索者適性をもっていた妹が覚醒してしまったということだった。
これは、と思いいざ二人を鑑定しようとして魔力を集めた瞬間、張り詰めるような殺気を零を襲った。その殺気を放っているのは葛城アレクシア。その殺気はSランクの零と同等、いやそれ以上の覇気を纏う力を放っていた。
なぜEランク探索者程度で、碌に探索もしてないアレクシアがそれほどまでに強大な力を持っているのかは定かではないが、流石に零はその殺気を向けられてなお鑑定が出来るような太い神経は持ち合わせてはいなかった。
「あれ、鑑定使ってたら首飛んでたかもね、色んな意味で……」
基本的に鑑定は相手の許諾無しに行ってはいけない。相手も鑑定されれば分かるし、ステータスはその探索者の命と言ってもいい情報の塊だからだ。
だから無断で鑑定し、それがバレた場合、確実に探索者組合をクビになる上に、探索者中に相手の許し無しに鑑定を使った人間だという周知がなされる。
もちろん零であれば、相手の認識や記憶を誤魔化すこともできるが、それには相応の魔力が必要になるため、そう簡単に使うことができる代物でもない。
それ以上に自分たちの情報を盗み見るようなら私が殺すと言わんばかりの少女。鑑定していたらおそらく物理的に首が飛んでいた可能性を思い出し、零は身震いをした。
「とにかく、あの子達には慎重に慎重を重ねて接触するのが吉だわ」
零はそう独り言ちで通常の業務をこなしはじめた。しかし、零の仕事が捗ることはなかった。
アレクシアとしては少しだけ強めの威圧を放っていただけだったのだが、零がそれを知る由はない。
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