第094話 妹と上司からのお願いに弱い兄
「あぁ~。そういえばどこかで見たことあるなぁと思ったらダンジョンか」
暗くない洞窟なんていつも通ってたのになんで忘れてたんだろう。
「お兄ちゃん!!なんか目の前に表示されたよぉ?」
俺がダンジョンの事に気を取られていると、七海がそんなことを言う。
まさか……。
「ななみん覚醒」
「やっぱりか……」
シアがその答えを示唆すると、俺は額に手を当ててため息を吐く。
ダンジョンに入ってステータスが浮かんだということは、七海に探索者適性があったということだ。その適性がこのダンジョンに入ったことで覚醒した。そういうことだ。
「これって名前とかレベル、スキル、能力が書いてあるけどもしかして?」
「ああ、七海は探索者として覚醒した」
「やったぁああああああああ!!」
七海も表示された内容を見て予感していたらしく、その予感を確定してやったら、ラックに抱き着いて大はしゃぎした。
ラックはいつも以上に激しいスキンシップに呆れ気味だ。
野良ダンジョンで覚醒してしまった場合は特に罰則はないけど、組合に報告する義務がある。もちろん野良ダンジョンの報告もだ。
「まずは戻って組合に報告だな」
「えぇええええええ!?せっかくダンジョンに来たのに探検しないの!?」
俺が帰ることを提案すると、七海は残念さと驚きが入り混じった表情をしながら俺の方を見る。
「それが義務だからな。それに野良ダンジョンは危ないんだ。誰も調査してないからな」
「えぇ~。いいじゃん、ちょっとくらい。お願い~!!」
七海が俺に縋り付いて目を潤ませてお願いしてくる。
なんという破壊力なんだ……。
前に頼まれた時は七海に探索者適性があるか分からなかったし、野良ダンジョンの当てもなかったから断ることができたけど、今こうして野良ダンジョンに居るとなると断りきるのが辛い。
「潜りたい」
さらに、追い打ちをかけるようにシアが呟く。
くっ。さらに雇用主からそんなことを言われたら、断ることが難しい。
上司の機嫌を損ねるわけにもいくまい。
「はぁ……わかった。ちょっとだけだぞ?」
「わぁーい!!お兄ちゃん大好き!!」
「ん。ありがと」
俺は説得を諦めて、奥に向かうことにした。
七海に抱き着かれ、シアの微笑みを受けて満更でもない気持ちになる。ただ、どれくらいのランクのダンジョンか全然分からないので、ラックの影に潜んでいくことにする。
「ラック、皆を影に入れて移動だ」
「ウォンッ」
ラックが俺の指示に従い、自身の影を操って俺たちを中に沈める。
いつ見ても不思議な光景だよな。
「わわわわ、なにこれ!?」
「七海安心しろ、これはラックの能力だ。影の中に隠れて進むことができる。ダンジョンの危険度が計れるまではここに隠れながら進むぞ」
「なんだかスパイみたいでカッコイイね!!」
影に沈む自分に慌てる七海に説明したら、七海は目をキラキラさせた。
「すっごーい。影の中ってこんな風になってるんだ。ラックは凄いんだね!!」
「ウォンッ」
七海は影の中を見回して感心した後、ラックをわしゃわしゃと撫でまわして褒める。
ラックも満更ではないらしい。
「それじゃあ、ラックとりあえず敵の方に進んでくれ」
「ウォンッ」
ラックは俺の指示に従って一番近い敵の反応の方に向かって歩いていく。
「この反応は感じた覚えがあるな……」
俺の五感と直感が告げる、こいつは戦ったことがある奴だと。
この反応は確か朱島で戦かったモンスター。しかも超ボーナスモンスターじゃないか?まさかこんなの所にもボーナスステージダンジョンが隠されているとは!?
これはまた資産が増えるな?
「ブラックミノタウロス」
影の中から姿を確認できる場所まで来ると、シアが呟く。
「お兄ちゃん……何あれ……怖いよぉ」
七海は俺の後ろに隠れてブルブルと体を震わせて怯える。
EランクモンスターくらいならFランクモンスターに毛が生えたくらいのモンスターなんだからそんなに怯えなくてもいいんだけどな。
「どうしたんだ七海?あれは雑魚モンスターだぞ?」
「ななみん魔力初めて」
俺が七海に尋ねると、シアが答える。
あぁ、なるほど。七海は初めてのダンジョンで自分より格上のモンスター魔力を肌で感じて怯えてしまったってことか。
これは安心させてやらないとな。
「いいか七海?あのモンスターは俺もシアも沢山倒して来たら全然怖くないぞ?」
「ほんとぉ?」
俺が七海の方を振り向いて諭すように笑いかけると、七海は不安そうに尋ねる。
「ああ、あんなモンスターは俺もシアも一発だからな!!」
「ん」
俺とシアは二人で力こぶを作って胸を張ってみせる。
「それじゃあ、それを証明するために、すぐ倒してくるからな?」
「うん、分かった。気を付けてね?お兄ちゃん」
「おう、任せておけ!!」
俺は心配そうに見上げる七海に手を振った後、影から飛び出してブラックミノタウロスをぶん殴った。
―パァンッ
風船が破裂するような音と共にブラックミノタウロスがはじけ飛ぶ。そして超ボーナス魔石とブラックミノ肉を落とした。
こいつは滅茶苦茶上手い肉だけど、中々出てこなくて、俺も二回しかドロップしたことがないレアアイテムだ。
今日は牛肉料理だな。
俺はそんなことを思いながら影の中に戻った。
「お兄ちゃん、すっごーい!!あんな強そうなモンスター一発で倒しちゃった!!」
「だから言っただろ?あれはEランクの雑魚モンスターだからな。体だけ大きくて実際は全然強くないんだ」
「そうなんだね!!」
俺が影に入るなり抱き着いてきた七海の手を取ってクルクルと回りながら会話をする。全然心配する必要が無いとわかった七海は満面の笑みを浮かべてくれた。
うんうん、やっぱり七海は笑ってるのが良いな。
「ああ、だからこのダンジョンの危険度は低いみたいだからもう少し奥に行ってみていいと思うぞ」
「わぁーい、やったぁ!!」
まだ探検が続けられると分かった七海は、俺に地面に下されると大喜びで飛び跳ねた。
「シア、これからどうする?」
「パーティ」
「ああそっか、忘れてた」
シアに言われるまですっかりパーティシステムの事を忘れていた。
七海はレベル一だからな。万が一何かがあって七海を俺もシアも守れない時がくるかもしれない。その時レベルがあがっていれば少なくとも死ぬことはないはずだ。
だから、少しくらいパワーレベリングしても大丈夫だと思う。
「パーティ?」
「ああ、パーティって言うのは探索者同士で組むことが出来るチームみたいなもので、仲間が倒したモンスターの経験値を分配したりすることが出来るシステムなんだ」
不思議そうに首を傾げる七海に、ざっくりパーティシステムの事を説明してやった。
「ホントにゲームみたいなんだね」
「ああ、実際にやってみればわかると思うから、七海に申請送ってみるな?」
「分かった。あ、来た」
俺が七海の返答に同意し後で思念を送ると、七海は目の前に何かが浮かんだのか、何もないところを注視していた。
おそらくパーティ申請ウィンドウが表示されているだと思う。
「そうそう。来たら"はい"の方に意識を集中すればパーティ結成だ」
「できた」
『パーティ申請が承諾されました』
七海が了承したと同時にパーティが組まれたのが感覚的にわかった。シアと七海とパーティを組んでいる感覚がある。これで七海にも経験値が分配されるからレベルも上がると思う。
ううう……俺にそんなものがあるかの是非はさておき、お兄ちゃんの探索者としての威厳もすぐに保てなくなるんだろうなぁ。
俺はあっという間に妹に抜かれる未来を想像して目から心の汗を流した。
「これからのモンスターとの戦闘の分担はどうする?」
「見たことあるのは倒す。新しいのは任せる。多い時はフォローして」
「了解」
脅威度が低いと分かった俺たちは影から出て、ピクニック気分でダンジョンを進んでいった。
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