第085話 二者択一という地獄からの救いの神

「あそこ!!私はあそこの服が欲しいの!!新作出たって聞いたから!!」


 俺達がアパレルショップがテナントで入ってるエリアを歩いていると、七海は目的の店を見つけたらしく、はしゃいで指で指し示す。


 声に釣られて俺達の方を見て、一瞬呆けたような顔になった後、俺に対して敵意の視線を送ってくる周りの男たち。


「はぁ……」


 兄貴と部下だからな?

 お前たちの想像は全く当てはまってないからその視線は止めてくれ。


「それじゃあ、早速店に入ろう」

「うん!!」


 俺はその視線から逃れるように七海を促し、俺達は七海の目的の店に入った。


「いらっしゃいませ~」

「こんにちはぁ!!」


 自分の店の服を着こなした店員の挨拶に対して、七海も元気に手を振って返す。


 目許と口元が特徴的な化粧をバッチリとした、現在の首都である新東の若者が好みそうなお洒落な服装をしている女性店員だ。


「あら、七海ちゃんじゃない?彼氏とデート?」

「ち、違いますよ!!お兄ちゃん!!お兄ちゃんですから!!」


 七海を認識すると、お互い知り合いらしく気さくに話かける店員。


 七海は俺が彼氏と言われた事に対して大慌てで否定する。七海の彼氏に間違われるのは大変光栄だけど、七海には俺みたいな奴よりふさわしい人がいるはずだ。


 もちろんその人は俺よりも強くて、賢くて、お金を持っていて、人間が出来ているに違いない。


「ギギギギ……」


 思わず悔しさで歯ぎしりしてしまうけど、そういう人なら断腸の思いで妹を任せるのもやぶさかじゃない。


「くすくす、そっかそっか。もう一人いるみたいだしね」


 店員は七海の様子を微笑ましそうに眺めると、シアに視線を送る。


 この人最初から分かってたな?

 七海をからかうためにわざと尋ねた様子だ。


「ん。よろしく」

「これまたとんでもない美少女だね」


 シアが自分に視線が向けられたので軽く挨拶をする。シアを改めて直視した店員は、彼女の容姿を見て目を丸くした。


 こんなド田舎に七海程可愛い女の子は中々いないし、それすらも超えるような、人かどうかも疑わしい程の美少女は、世界中探しても見つかるのは片手で足りるほどだろうから、仕方がないことだと思う。


「今日は新作を買いに来たのかしら?」

「そそ。いつもの感じでコーディネートしてください」

「なるほどね。そっちの子は?」


 七海の用件を理解した店員はシアの方を向く。


「ん。お任せ」


 シアはいつもの調子で答えたんだけど、店員さんは首を傾げている。頭の上にはてなマークが浮かんでいるのが見える。


 ここは俺がフォローする必要がありそうだな。


「分かりやすく言うと、店員さんのお任せでこの子に似合うような服装をいくつかコーディネートして見繕ってほしい、ということです」

「ん」


 俺がシアの言いたいことを代弁すると、シアが頷く。


 よかった。きちんとあっていたらしい。


「なるほどね。分かったわ!!こんな美少女たちをコーディネート出来るなんて腕が鳴るわね!!任せておきなさい、誰もが憧れるようなオシャレ女子にしてあげるわ!!」


 店員はパンっと手を叩いてキラキラした憧憬にも似た笑みを浮かべ、俄然やる気を出して二人のコーディネートを引き受けた。


 一抹の不安しかないけど、本当に大丈夫なんだろうか。


 それから小一時間ほど経って、あれこれ店員と話ながら服を選び終えた二人。


「最初は七海ちゃんね!!」

「お兄ちゃん、どう?」


 店員さんの掛け声で、妹が試着室のカーテンをサーっと開いて新しい服を見せる。妹は動きやすい恰好を選びがちだ。まだまだ華奢なお子様体型って感じだけど、それがまた選ぶ格好とマッチしてよく似合っている。


「うんうん、可愛いな。七海によく似合ってるぞ」

「やった!!」


 俺が褒めてやると、七海はガッツポーズを決めて喜ぶ。


 そろそろ妹も思春期。その内、家に彼氏を連れてきたりするんだろう。こんなに可愛いんだ。間違いない。その時もし家に居たら俺は自分が冷静でいられる自信がない。


「クゥン……」


 影の中から情けない声が聞こえる。


 どうやらまた殺気が漏れていたらしい。


「ふぅ……」


 いかんいかん平常心平常心。


「お兄ちゃんどうかしたの?」

「いや、どうもしないぞ」


 俺が難しい顔をしているのを見つけたのか、七海が不思議そうに俺の顔を覗き込んできたけど、俺は首を横に振ると同時に、不穏な未来を頭から振り払って笑顔を作った。


「そう?それじゃあ、次の服ね!!」

「分かった分かった」


 大したことじゃないことが分かった七海は、気を取り直してカーテンを閉じて次の服を試着し始める。


「次はアレクシアちゃん!!」

「ん」


 今度はシアがカーテンを開けて俺に服を見せる。


 そういえばなんで俺が二人の服を見ることになっているんだろう。別にそういうつもりは一切なかったんだけど……。


「これは……ヤバいな……」


 俺はシアを認識した瞬間、その姿から目を離すことが出来なくなる。


「ん?変?」

「いや、とんでもなく似合ってる。シアのためにある服みたいだ……」

「ん」


 俺の感想がどちらの意味か捉えかねたシアは、首を傾げてアホ毛を少ししょんぼりさせてしまったので、俺は慌ててちゃんと言い直す。


 彼女は新東の若者が好むファッションの中でも、ミュージシャンや写真家と言った芸術系の人間が好みそうな服装をしていた。


 少し童顔気味だけど、ジト目によってクールな印象の彼女に非常にマッチしていて、服に着られるということも無く完全に着こなしていた。


 褒められたシアは顔をほんのりと赤らめ、アホ毛が飛び跳ねる。


「あぁああああああ!!あんたばっかりずっるい!!私も次が本番なんだから!!」


 俺がシアを褒めているとカーテンの隙間から顔を出した七海がムキーっと威嚇した後、再び試着室内に戻り、ガソゴソと音を出しながら急いで着替えだした。


「準備オッケー!!」


 そそくさ着替えた七海はバサーっとカーテンを広げて新しい服装を披露した。


「じゃーん、どう?」

「……」


 七海が着ていたのは童貞を殺しそうな感じの服。いつものスポーティな印象とは全く違うので俺は面くらうと同時に息を飲んだ。


 なんだこの可愛い生き物は……。本当に俺の妹なのか?


「え!?」


 俺は妹が可愛すぎたので思わず抱きしめてしまった。思いもしない反応だったのか、驚きの声を上げて硬直する。


「ど、どどどど、どうしたの!?お兄ちゃん」

「すまん、可愛すぎてこうせずにはいられなかった」


 アワアワとしどろもどろになる七海に構わず、俺は抱きしめたまま言葉を紡いだ。


「も、もう、皆見てて恥ずかしいよぉ」

「わ、悪い。思わず……な」


 ハッとして、辺りを見回すと皆コソコソを話しながらこちらを見ている。


 ヤバいな、これじゃあ、小さい女の子に抱き着く変態だ。


 俺はすぐに七海から体を離して謝罪しした。


「えへへ、これは私の勝ち間違いなしだね!!」

「ん」


 顔を赤らめた七海がシアの方に勝ち誇るような笑みを浮かべると、なぜかシアは無言でサーっとカーテンを閉めて着替え始める。


「ん」


 数分後、カーテンが開かれる。


「これ好きだ……」

「ん」


 そこには超絶美少女が俺のドンピシャに好みの恰好をして立っていて、思わずつぶやいてしまった。


 シアは七海に向かってほんのりドヤ顔を決めた。


「むきぃいいいいいいいいい!!お兄ちゃんから好きって言われるなんて!!絶対に負けないんだから!!」


 勘違いしないでもらいたいんだけど、あくまで服装がドストライクだという意味だぞ。


 それから何度もお互いの服を俺に見せびらかして競い合うという天国のようなシチュエーションに浸っていた俺に地獄がやってきた。


「ねぇお兄ちゃん!!今日はどっちが可愛かった?」

「ん」


 二人が俺に詰め寄り、下から見上げるように見つめる。


 妹は愛するべき家族として贔屓目もあって滅茶苦茶可愛いし、シアはシアで元々の人間離れした容姿に初めてのオシャレということで、制服と武装以外の初めての私服に思わずドキドキしてしまうほどに可愛らしかった。


 正直どっちが可愛いと言われても選ぶことが出来ない。


 なんなんだ、この地獄は……。


「ねぇ、どっち!!」

「ん」


 どんどん俺との間を詰めてくる二人。俺は二人の圧から思わずのけぞり、こめかみから冷たい雫が流れ落ちる。


 誰か助けてくれ!!


 俺はそう願わずにはいられなかった。


「あの~、すみません、ここに不審者がいるという通報を受けてきたんですが?」


 願いが通じたのか救いの神が現れた。しかし、その神はいかにも施設内の秩序を守る職員が身に着ける服装をしていた。




 そう、つまり……警備員だった。

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