第083話 一つ屋根の下に美少女がいる生活③

「はぁ……眠れない……」


 それもこれも夕方にシアのあられもない姿を見てしまったからだ。一度だけならまだしも朝にも目に毒なシーンに出くわしてしまっていた。


 あの後はボーっとしてしまって上の空状態になり、夕食後に七海と話をしている時も話を聞いてなくて何度も怒られた。拗ねられて機嫌を取るのに苦労したっけな。


 初めて会った時も、透視能力が発現した時も、いつもいつもシアばかり。別に覗きたいわけでもないのにラッキースケベ現象を引き起こしてしまうのは、もう呪いなのかもしれない。


 はぁ……シアに対して後ろめたいことがどんどん増えていく。高校が始まってたった三週間程度でこの始末。三年間で俺はシアに対してどれだけ後ろめたいことを積み重ねていくのか気が気じゃない。


 それになぜかそんなシーンを見られたのにも怒る様子もない彼女。もしかしたらこのことをネタにいつか大きなことを要求されるのかもしれない。


 いたたまれないと同時に怖すぎる。せめて怒ってくれたら俺の気持ちも少しは安心するんだけど……。


 まさか……それが狙いか!?


 謝らないことによって俺の持つ罪悪感を肥大化させる。


 それこそが真の目的だったのか!!


「いや、まさかな……。少し走って来るか……」


 色々な悶々とした気持ちを発散するために、一度トイレによってから家の外に出ることにした。


「はぁ……」


 とぼとぼと歩きながらため息を吐く。


 なんとか今後出来るだけ後ろめたいことが起こらないように気を付けたい。


 トイレに着いた俺は扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。暗闇に差し込む光。それを見た瞬間嫌な予感がしたけど、時すでに遅し。


「あっ」

「あっ」


 目の前には便器に腰を下ろしているシアが俺を見上げて口を開き、目がばっちりと合う。夜中だと思ってまた油断していたのか、下の寝間着を履かないで身を隠すには心許ない布だけが足と足の間で伸びるように形を変えていた。


 幸い肝心な部分は上着で隠れて見えていないけど、それが逆に現在の状態の卑猥さを押し上げている。


―バタンッ!!


「もう、ホントごめん!!」

「ん。待ってて」

「いやいや、大丈夫!!おれちょっと外出てくるから!!」


 俺はシアがトイレから出てくる前に家の外に逃げ出し、俺は家の玄関の扉に背を持たれかける。


 おいおい一体どういうことなんだよ。

 さっきこういうことは出来るだけ避けようって思ったばかりだというのに。


「はぁ……」


 再びため息が出る。


 何をやってるんだよ俺は……。


「少し歩くか……」


 外に出てきたので扉から背を離して歩き出す。とりあえずどこか見晴らしの良い場所にでも行くことにした。


「待って」


 しかし、そんな俺に予想もしていない声が背に降りかかった。


「え?」


 振り返ると、寝間着のままのシアだった。しかし外に出るためかきちんとボトムスも履いている。


「あ、ほんっとぉおおおにごめん。逃げたりなんかして」

「ん。ホントに気にしてない」


 俺は先ほど逃げてしまったことを頭を九十度下げて誠心誠意謝罪する。シアは本当に気にしていないような声色だけど、心の内までは分からない。


「えっと、どうしてここに?」

「一緒に行く」


 俺が顔だけあげて質問すると、端的に答えるシア。


 えっと、俺を監視するつもりなんだろうか。そもそも誰もが釘付けになりそうな卑猥な姿を目撃したおかげで、沸き上がってしまったこの悶々とした気持ちを解消するために外に出てきたのに、本人が一緒に来るとか拷問でしょうか。


「あの……ダンジョンとか行くつもりはないけど?」

「いい。体動かしたい」

「そ、そっか」


 ダンジョンに行くわけじゃないと言えば、もしかしたらついてこない可能性もあるかと思って言ってみたけど、効果はなかったようだ。


 もちろん俺から断ることは出来ない。


「特に目的地は決めてないけど良いのか?」

「ん」

「分かった」


 諦めた俺はシアと一緒に軽く夜中のジョギングを開始する。俺は後ろをついてくる彼女を横目に見ながら考える。


 うーん、本当に目的地を決めないのもアレだよなぁ。


 この辺りで何か名物になるようなモノって何かあっただろうか。しかも夜中だろうが関係なく、見ることが出来るモノ。


 あ、元々見晴らしのいい場所に行こうとしていたし、あそこなんかいいかもしれない。


 目的の無い旅に目的を付け加えて俺は進路を変更した。


「夜の田舎のジョギングも悪くないな」

「ん」


 俺の呟きにシアの短い返事が聞こえる。


 辺りは真っ暗で都会のように沢山の音に溢れていなくて静まり返っていた。それに、明かりも少なく真っ暗と言っていい世界だけど、俺には昼間と同じくらいの距離を見渡せる。


 これも熟練度の恩恵なんだと思う。


 暫くお互いに無言で走る。シアの少し上がった息遣いだけが俺の耳を撫でる。俺は近くの山道へと入っていく。シアは特に迷うこともなく、俺の後をついてくる。


 シアは俺に対して警戒心というものを忘れてしまったのだろうか。


 普通山の中に連れていかれそうになったら躊躇うものだと思う。俺たちは十分ほど山道を登ると、開けた場所に出る。


「んー、やっぱり駄目か」

「ん?」


 ダメ元でやってきてみたけど、月が出てないんじゃ名物も何もない。


 俺の呟きに不思議そうに首を傾けるシア。


「ああいや、あそこに大きな木があるのが見える?」

「ん」


 俺が高台の淵に根を張る大木を指し示し、彼女が頷く。


「あれは桜の木。こっちはまだ咲いてる時期だから、晴れてれば月の光で結構綺麗なんだよ。それに一応この辺りを一望できる高台だから、桜と同じように月の光で下の風景が楽しめるんだ。せっかくだから見せたかったんだけどね」

「残念」


 俺が苦笑して肩を竦めると、シアは少し悲し気な表情を浮かべた。アホ毛もしょんぼりしている。


 期待させて逆に申し訳なかったか……。


「天気はどうしようもないからな」


 俺が憂いつつそんなことを言いながら、桜の木に近づいて空を見上げて手を伸ばすと、丁度よく空を覆っていた分厚い雲が割れて月がその間から顔を出す。雲はそのまま徐々に薄くなって、この辺りにあった雲は全て霧散してしまった。


 そのおかげで桜の木も月の白い光の照らされて、一本だけの桜が幻想的な空間を演出する。さらに月の光が集落全体を照らし、自然にあふれた風景を映し出す。


 桜の傍から覗く景色は静謐な時間帯も相まってとても情緒があると思う。


「綺麗」

「そうだな。見せられてよかった」

「ん。ありがと」


 俺の傍に来て桜を見上げるシア。彼女の横顔も月の光に照らされる。


「……いやいや、元はと言えば俺が不快な思いばかりさせてるからな。せめてもの罪滅ぼしみたいなものだよ」


 しばし無言だった俺だけど、取り繕うように頭を掻く。


「だから気にしてない」

「俺が気にするんだよ」


 それきり会話することなく、俺たちは暫くその風景を眺めていた。


 実は一番綺麗だったのは、月の光の照らされた桜の隣に咲く一輪の花。それは葛城アレクシアという大輪の花で、その姿に見とれて言葉を失ったことも含めて、俺の心の中に仕舞っておいた。

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