第080話 お兄ちゃんが女を連れてきた(第三者視点)

「じゃあねぇ」

「ばいばーい」

「また明日!!」


 三人の女の子達が手を振りあって学校からの帰り道で分岐路で別々の道に分かれていく。一人だけ別の道に進むのは、真新しい制服に身を包み、まだ成長途中のその体のせいか、少し服に着せられている女の子。


 その女の子は、少しだけ茶色がかった黒髪をツインテールにして、クリっとした小悪魔のような瞳を持ち、片田舎にいるにしては非常に優れた容姿を持っていた。


 四月の頭から中学校に通い始めたばかりで、まだ通いなれない通学路を家に向かって歩いていく。


「もう二週間かぁ……寂しいなぁ」


 少女たちと別れた彼女はぼんやりと空を見上げて呟く。


 少女の頭によぎるのは兄の顔。四月から遠くの学校に通うために家を出て寮生活を送っていて、すでに会わなくなって二週間が過ぎようとしていた。


 少女にとって兄は一緒にいて当然の相手で、これ程までに長い期間離れたことはなかった。だから今彼女の心には寂しさが襲い掛かっていた。


 兄はとても優しい人で、少女にとっては一番大切な家族だった。どんな時も自分を守り、甘やかしてくれる唯一無二の人物。もちろん絶対にやってはいけないことをした時は叱ってくれる。


 兄は学校で目立つようなタイプではなかったし、以前はとても太っていたが、そんなことはどうでもいい。


 自分がいじめられそうになった時も、素行の悪い人間に襲われそうになった時も、何かに失敗して辛かった時も、愛する家族が帰ってこなくて悲しかった時も、どんな時だって自分の事を後回しにして、自分の傍で優しく受け入れてくれた。そんな兄は彼女にとって絶対に信頼できる味方で、世界で一番大好きな人だった。


 そんな心の大部分を占める兄が家を出ると言った時、彼女は心の中で非常に悲しかったが、兄の気持ちを尊重して何も言わなかった。


 しかし、我慢もそろそろ限界を迎えようとしていた。


「もしもし、お兄ちゃん?」


 どうしようもなくなった少女は、その日の夜に兄に電話を掛けた。


『ああ、七海か?どうした?』


 久しぶりに聞いた兄の声は、安心すると同時に、嬉しくて自分の中の感情があふれ出しそうになったが、彼女はどうにか気持ちを押さえて話を続ける。


「ゴールデンウィークって何か予定あるの?」

『いや、何もないぞ。どうしたんだ?』


 彼女が一縷の望みをかけて兄に長期休暇の予定を聞くと、何も無いという。


「うちに……帰ってこないの……?」

『そういえばそうか。特に予定もないし帰るか』


 思わず感情の高ぶりで泣きそうになるが、なんとか堪えて声を絞り出すと、ゴールデンウィークに帰省するという約束をとりつけることに成功した。


 しかし、後日彼女に待っていた現実はあまりにも辛いものだった。


「早く帰ってこないかなぁ……」


 兄が帰ってくるという当日。


 少女は家のベッドで枕を抱きしめながら、ゴロゴロと転がって今か今かと兄が帰ってくるを待っていた。


「~」


 お昼過ぎに階下から声が聞こえると同時に、懐かしくて大好きな匂いが少女の鼻腔をつつく。


「クンカクンカ。これはお兄ちゃんの匂い!!」


 少女はガバリとベッドから立ち上がり、バーンとドアを開いて階段を駆け下りる。そこには数週間ぶりの兄の顔があった。


 しかし、そこに居たのは兄だけではなかった。


 兄の隣にはおよそ本当に同じに人間かと思わずにはいられないほどに可愛らしい、儚くて白百合のように可憐な美少女が立っていたのだった。


「お兄ちゃんの匂いがする!!あ、お兄ちゃん!!おかえ……」


 少女の頭は美少女を認識した後にフリーズしてしまった。そしてしばらくして思考が戻ってきた時、そこに居合わせた母と一緒にこう叫んだ。


「普人が女の子を連れてきたわぁあああああああああ!!」

「お兄ちゃんが女を連れてきたぁあああああああああ!!」


 余りの衝撃に叫ばずにはいられなかったのだ。


「お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……」


 それから少女の思考は壊れてブツブツと同じことを繰り返す人形と化してしまった。


 彼女にとって自分にとって唯一無二であると同時に、ずっと自分と一緒にいてくれる存在だという無条件の信頼があった。しかし、その信頼が虚構であったことをまざまざと見せつけられたのである。


「お兄ちゃんをあんたみたいな女狐になんかに渡さないわよぉおおおおお!!」


 少し時間が経ち、自分の兄がその女に取られてしまうという感情が湧き出した彼女は、美少女から兄を守るように抱き着いて離れようとしなくなってしまった。


 彼女は兄と添い寝する権利と遊園地にいく権利を獲得するまでその怒りを納めることはなかった。


「うふー。クンカクンカ」

「そんなにくっつくなよ七海」

「えへ~、別にいいでしょ」

「全くしょうがないな。今日だけだぞ?」

「はーい」


 そしてその日の夜、彼女は兄成分を思う存分摂取したという。兄も満更でもない顔をしながら共に二人の意識が闇に溶けていった。

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