第079話 佐藤家はドッタンバッタン大騒ぎ

 俺の家は田んぼの中にポツリと佇んでいる。この辺に古くからある家で、それなりに広い土地を持っていて、山なんかも持っている比較的この辺りでは一般的な家だ。


「ただいまぁ」


 俺は自宅のドアを開けて中に入る。


「シア、中に入ってよ」

「ん」


 俺はシアを室内に入るように扉を押さえて促し、彼女が中に入るのを見送った後、ドアを閉める。


「あら、おかえりなさ……」


 ドアを閉めて家の中に向き直ると、母さんが俺を出迎えようとして途中で言葉を失い、手に持っていたこれから料理に使おうとしていたであろう人参を床に落とした。


 一体どうかしたんだろうか?

 シアは連れてくるって連絡してたしなぁ?


「ただいま母さん。どうかしたの?」

「いや普人……。確かに友達を連れてくるって言ったけど……」


 俺が首を傾げると、呆然とした表情で何かを言っている。


 何もおかしなことはないと思うんだけど……。


「お兄ちゃんの匂いがする!!あ、お兄ちゃん!!おかえ……」


 二階からどたどたと階段を下りてきて、俺に飛びつこうとした妹だけど、彼女もなぜか踏み切る前に硬直した。


 二人の顔はシアの方を向いている。


「ホントにどうしたんだ二人とも?」


 俺は意味が分からずに首を傾げる。玄関に暫しの沈黙が流れた後、唐突にその沈黙が破られた。


「普人が女の子を連れてきたわぁあああああああああ!!」

「お兄ちゃんが女を連れてきたぁあああああああああ!!」


 目の玉を飛び出すほどに驚愕の表情で二人は大声で叫ぶ。


「いや、俺友達連れて行くって言ったよね?」

「普通友達って言ったら男の子だと思うでしょ!!」


 俺はなんでそんなに驚くのか分からずに同意を求めるように二人に問いかけると、母さんが俺に突っ込みを入れる。


「そういや、言ってなかったっけ?」

「聞いてないわよ!!」


 母さんが俺に詰め寄る。


 男でも女でも友達には違いないんだからどっちでもいいと思うんだけど……。いや、そもそも俺とシアは友達なのか?それよりも社長と社員というのが正しい気もしなくもない。


「お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……」


 七海は目から光を失った状態で壊れたラジオのように繰り返し何かを呟いている。


「来ちゃダメだった?」

「いやいやいや、そんなことないから!!な?」


 見るからに分かるほどにズーンと落ち込むシア。アホ毛もへたり込んでいる。俺は大げさにテンションをあげて彼女のフォローをする。


 うちの母さんと七海は一体何をやってんだ。

 オッケー出したのに、変な態度をとるからシアが悲しんでるぞ。


「母さん?」

「あ、いやあなたが悪いわけじゃないのよ?このバカ息子が悪いんだから気にしないでね!!」


 俺が母さんを睨むと、母さんは慌てて取り繕うように俺の頭をバシンバシンと叩いて悪者にしようとする。


 俺そんなに悪い事したか?

 ただ友達の性別を言わなかっただけどなのに。


「お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……お兄ちゃんが女……」


 七海は別の世界から戻ってこない。


「とにかく、この子は葛城アレクシアさん。俺のクラスメイトで一緒にダンジョンに潜っている人だよ」

「ん、ふーくんには良くしてもらってます。シアと呼んでください」


 シアは無理してるのがありありと分かるように丁寧語で眺めに話す。


 普通にしゃべることも出来るには出来るんだな。


「あらあらごめんねぇ、取り乱して。後でこのバカはみっちり絞っておくから気にしないでね。それからシアちゃんって言うのね?無理しないでいつも通り話して良いわよ。このバカが迷惑をかけてないかしら?」

「ん、こっちが迷惑をかけてる方」


 母さんが一度俺をキッと睨んだ後、シアににこやかに笑いかけて尋ねると、シアは首を振って否定した。


 ふぅ……とりあえず迷惑だと思われてなくてよかった。


「そうなの?このバカは昔から思い込みが激しいところがあるから、迷惑を掛けたらごめんなさいね」

「ん。助かってるから大丈夫」

「そう。それなら良かったわ」


 俺を困った表情で見ながらシアに申し訳なさげに謝る母さん。シアは胸の前で拳を握って鼻息荒く答えると、それが嘘じゃないと分かった母さんは安堵の息を吐いた。


「泊まる部屋はあるよね?」

「問題ないわ。客間があるし、準備もしてるから」

「ならよかった。荷物はそっちに持っていくな?」

「ん」


 母さんに部屋の確認すると問題ないようなので俺は靴を脱いで家に上がる。


「あら?そういえばあなたたち荷物がないわね?」

「ああ、後で説明するけど、荷物を別の空間に仕舞っておける力を手に入れたから、そこに入れて持ってきてる」


 俺達が手ぶらで来ていることに頬に手を当てて不思議そうに首を傾げる母さんに、軽く説明する。


 俺は家族を信用しているので探索者として起こったことは包み隠さず話すことに決めているので、後でラックの事は紹介するつもりだ。


「へぇ、凄い能力もあったものねぇ」

「まぁ俺自身の能力じゃないけどね。とりあえず、客間にシアを案内してくるな?」

「分かったわ。シアちゃん、自分の家だと思ってゆっくりしていってね?」

「ん、ありがと」


 シアも靴を脱いで綺麗にそろえて俺の後について、客室に向かおうとする。


「お兄ちゃんをあんたみたいな女狐になんかに渡さないわよぉおおおおお!!」


 しかし、今までどこか遠くの世界に行っていた七海が、俺の脇から抱き着いて、シアに対してガルルルッと犬のように威嚇した。


「いやだからな七海、シアはそういうんじゃないって」

「いぃやぁああああ、お兄ちゃんは私のなのぉおおおおお!!」


 俺は七海に言い聞かせようと引き剝がそうとしたけど、俺にしっかりと抱き着いて離れようとしなかった。


 それから七海を説得するのに多大な時間を要することとなった。


 その際、ゴールデンウィーク中に遊園地に連れていったり、一緒に添い寝してやる約束をすることでなんとか宥めることに成功した。


「はぁ……」


 全く……アキといい、おばさんといい、母さんと七海といい、どうしてこうも皆勘違いするんだ……。


 俺は深くため息を吐いてこの世の無常を憂いた。

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