第三章 佐藤家のゴールデンウィーク
第076話 世界の乱れ(第三者視点)
一般人が到底辿り着くことが出来ない程に広く、質の良い内装の一室に、緊迫した雰囲気が漂っていた。
「何!?アメリカのEランクのアルバダンジョンとDランクのシルドラダンジョンがスタンピードを起こしただと!?」
「はい、それだけではありません。中国、フランス、ロシア、イギリスと言った常任理事国は元より、今の所Cランク以下になりますが、世界中でダンジョンのスタンピードが相次いでいます」
首相官邸の一室で、第九十五代総理大臣中津川智則が部下からの報告を受けている。
スタンピードはダンジョンから外の世界にモンスターがあふれ出して襲い掛かる現象だが、各国で年に一度どこかのダンジョンの一つで起こる程度。それが今世界中で、しかも複数のダンジョンが同時多発的にスタンピードを起こしているという内容だった。
「そんなことがありえるのか!?」
「何分ダンジョンはまだまだ未知の部分が多く、研究も遅々として進んでいません。今まで同時にスタンピードが起こらなかっただけ、ということなのでしょう」
信じたくない現象に取り乱す首相に、部下も神妙な顔で答える。
なぜスタンピードが起こるのか、なぜリバースが起こるのか、そもそもダンジョンとは何なのか、何もわかっていないのだ。当然そういうことも起こりえるはずだが、今まで起こらなかったことからその可能性は除外されてしまっていた。
「……我が国のダンジョンの状況はどうなっている」
「今の所スタンピードの連絡は来ておりませんが、おそらくは……」
聞きたくはないが、聞かざるを得ないという風に首相は再び部下に尋ねると、部下は言いづらそうに言葉の先を濁した。
つまりはそういうことである。
―ドンドンドンッ
首相と部下の会話に割り込むようにドアを叩く音が響き渡る。
「入れろ」
「はっ」
報告をしていた部下が扉まで歩いて行って扉を開けると、
「し、失礼します!!」
と、外から若い男が息を切らして中に駆け込んで来て、中津川の前に駆け寄った。
「はぁ……どうした……?」
おそらく予想通りだろうと考えているが、首相は入ってきた男に問いかける。
「は、はい。ダンジョンでスタンピードが起こったとの報告が入りました!!」
「やはりか」
「そのようですね……」
報告に来た男の前で二人は顔を見合わせると、若い男は何が何だか分からずに二人の顔をキョロキョロ見比べて困惑の表情を浮かべた。
先ほどまで近い話をしていた二人には分かることだが、若い男が分からないのも当然だった。
「自分が何かしてしまいましたでしょうか?」
「いや、こっちの話だ。気にするな」
「は、はぁ……」
なんだかいたたまれない気持ちになった若い男は二人に向かって尋ねるが、首相は目を瞑って首を振っただけで、さらに困惑する羽目になった。
「そんなことより、どこのダンジョンでスタンピードが起こっている?」
「あ、はい、スタンピードが現在判明しているのは全部で二カ所。北海道の雪花ダンジョン。九州の熱獄ダンジョンです」
北海道の釧路の方にある氷の花が咲くことで有名な雪原がメインステージのダンジョンと、九州の桜島にあるダンジョン内を溶岩が流れる灼熱の洞窟のダンジョン。
どちらもモンスター以上にその環境によって苦しめられるダンジョンである。特に雪花ダンジョンはCランク。モンスターも当然強い。なかなか厄介なダンジョンであった。
「ダンジョンリバースの兆候などはないか?」
「今のところそういった報告はありません」
「わかった……」
ダンジョンリバースの方の状況についても念のため確認を行うが、現在起こっているダンジョンリバースは存在しないようなので、ホッと安堵の息を吐く。
「ウチはDランクとCランクの二カ所か……」
「ひとまず二カ所で助かりましたね……」
他国では四ケ所や五カ所といった所まであり、まだ判明していないダンジョンがある可能性もあるが、日本は比較的軽微な方だった。
「そうだな。とにかく探索者組合に連絡して対応を急がせろ」
「朱島ダンジョンの討伐作戦も進行中ですが……」
政府は朱島ダンジョンにSランク探索者を集めて未知の危険なモンスターを討伐する作戦のため、Sランク以下の高ランク探索者の予定を押さえていた。
その探索者達をスタンピードに回すかどうかの確認であった。しかし、スタンピードに高ランク探索者達を使えば、再びスケジュールを調節するのに多大な金額と労力、そして時間がかかってしまう。
「そっちも大事だが、今は目の前のことが優先だ。朱島ダンジョンの件は後回しにするしかあるまいな」
「それはまぁそうですね。それではすぐに連絡して参ります」
苦渋の決断ではあるが、すぐに探索者がいかないと被害が出る場所と、今の所被害が出ていないダンジョン内では、重要度は断然前者の方が高い。
どうしようもないことだが、首相はスタンピードを優先することにした。
「うむ。君も戻っていいぞ」
「はい、失礼します」
部下と若い男は総理大臣の執務室から速足で出ていった。
「全く次から次へと……一体我が国もそうだが、世界はどうなってしまうんだ……」
中津川は独り言をつぶやき、椅子の背もたれに思いきり体重をかけて「はぁ……」とため息を吐いて胸の前で手を組んで目を瞑り、天井を仰いだ。
これより先に齎されるであろう被害の大きさに頭を悩ませながら。
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