第073話 全滅(第三者視点)

「一体異世界で何が起こっているんだ!?」


 触手のような物体が寄り集まった部屋で一人残った黒いもや叫んだ。口しかない靄ではあるが、焦りが滲んているのが手に取るように分かった。


 それもそのはず。異世界に送った数百人の反応が次々と消えていくのだ。


 ダンジョンから送られてきていた情報では、魔界の最下層民の中でもSランクに匹敵する強者は異世界に全体で数十人もいればいい程度。ほとんどの人間はそれ以下で大した能力を持っていない者ばかりのはずであった。


 だから出会えば簡単に従属させ、言うことを聞かせることなど容易い。


 黒い靄はそう考えていた。


 しかし、黒い靄が狼狽えている間にも次々と反応が消えていく。


「くっ。何が起こっているのか把握しなければ!!」


 靄は気を取り直して触手にある端末を高速でカタカタと叩き始める。


「おい、聞こえるか!?返事をしろ!!」

『ザザザー……ぐわぁ!!……ザザッ……人……め!!……ギャアアアアアア!!』


 通信回線を開き、声をかけるが対象はそれどころではないのか、返事をすることもなく断末魔を上げて通信が切断された。


 その間にも次々と最下層とは言え同胞が消えていく。


 Sランクの最下層民もAランクの最下層民も一様にたった数発の攻撃の下に屠られていた。しかもその相手は全く同一の人間によって。


「こいつは何者だ!?」


 その人間が起こす行動は何もかもが異常だった。


 一人の下層民を倒すと、次の瞬間に数百メートルは離れた別の下層民の近くにまるで瞬間移動でもしているかのように現れ、数秒で最下層民の反応が消え、また別の最下層民の前にその人間が現れる。


 その現象が繰り返されていた。


「いくら強いとしても我々の民がこれほど一方的にやられるはずがない。わけが分からん。こいつの詳細なデータは……」


 意味不明な事態に靄はさらに情報を集める。


「これは!?」


 しかし、その情報を見るなり靄はさらに驚愕した。


―ザザッザザザザッ


 まずその画面をみようとすると、画面に大量のちらつきが発生して完全な情報を見ることができない。その上、表示されている情報に欠損が多数発生していてステータスの情報を読み取ることが難しくなっていた。


「こいつの名前は……サト……ツ……か」


 ようやく読み取れたのは名前だけ。他のステータスの方は殆どが文字化けしていて意味ある文字列は見ることが出来なかった。


「何が何でもこいつの調査をしなければなるまい。それにこれは由々しき事態だ。すぐにあの方にご報告せねば。事と次第によっては下層民・中層民の投入も辞さない事態だ」


 靄は神妙な雰囲気を醸し出して呟くとその場をすぐに離れ、フードの男の下へと向かった。


「なにぃ!?全滅だとぉおおおおお!?」

「はい……」


 報告するなりフードの男はその異形の椅子から立ち上がって驚愕を表す。真司らえれない報告に叫ばずにはいられなかったのである。


「一体何があったのだ!!」

「それが……ダンジョンから送られてくる情報が俄かには信じがたいもので……」


 フードの男はすさまじい威圧を放ちながら靄に問いかけると、靄は話しづらそうに応える。フードの男からは禍々しいオーラが漏れ出していた。


「いい。聞かせてみろ」

「はい。それが異世界への転移に成功した最下層民たちが、たった一人の人間にあっという間に殲滅されてしまいました」

「何かの間違いじゃないのか……?」


 信じがたい事実にフードの男は靄に尋ねる。


 フードの男も異世界にそんなに強い人間がいるという情報は持っていなかったし、魔力がなかった世界の人間にそれほど強い者がいるとは思えなかったのだ。


「ダンジョンの情報が間違っていないとすれば、真実かと……」

「そ奴の情報は掴んでいるのだろうな?」


 確かに情報元はダンジョン。かの方が造りしダンジョンからの情報が間違っているとは思えない。


 そう考えたフードの男は話を進める。


「それが……なぜかそ奴の情報を開くとノイズが走り、ほとんどが文字化けしてしまい、ほぼ情報を得ることができませんでした」

「なんだとぉ!!」


 靄の男のあんまりにあんまりな報告にフードの男は再び絶叫した。流石に全く情報がないという想定はなかった。


「あ、いや、ほぼ、でして……名前だけは判明しました」

「なんという名だ?」

「サトツ、という名の人間です」

「忌々しい人間め!!」


 名前が判明した瞬間、フードの男から漏れ出していたオーラがあふれ出す。


「ひ、ひぃいいいいいい!?」


 その絶対的なオーラの前に、普段あまり怯えることのない黒い靄も怯えを隠せない。


「絶対許さんぞ!!我の野望を阻む者は絶対に殺す。おい、異世界の魔力濃度を上げる作業を急がせろ。下層民、中級民の派遣の準備も忘れるな!!」

「は、はひぃいいいいい!?」


 黒い靄は指示に従い、逃げるようにその場から消え去った。


「その名は覚えたぞ、サトツ。首を洗って待っていろ。お前は必ず私がこの手で殺してやる」


 フードの中から憤怒の怒りが漏れ出していた。しかし、名前が間違っていることを指摘する者はこのには誰もいなかった。


 こうして知られざる脅威は、文字通り誰にも知られることなく、未然に防がれたのであった。

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