第059話 異常なF級冒険者(第三者視点)

 探索者組合豊島支部の職員たちが働く区画。


 特別な事情がなければ入ることができないその場所に、とある依頼から探索者が帰ってきた。依頼自体は出張所で完結しているのだが、依頼内容が依頼内容だけにきちんと報告書を作って支部に提出する必要があったのだ。


 その依頼とはFランク探索者のEランク昇格試験の試験官であった。


 彼の名は新垣茂。Cランク探索者で年は十九。若手ではなかなかの有望株だ。彼自身もそれなりに優秀な自負があったが、しかしその彼も今日の試験でそのプライドはズタズタに切り裂かれてしまった。


「おい、茂じゃねぇか。なんだか元気ねぇな」

「あ、山さん」


 茂に話しかけてきたのはベテラン探索者の山崎雅。通称山さん。五十台前半程度の見た目で白髪交じりの短髪を逆立て、サングラスをかけている。面倒見がよく、新人探索者の指導なども行っていて、豊島支部でも一目置かれるBランク探索者である。


「どうかしたのか?」

「いえ、今日試験をしたFランクの新人があまりにも衝撃的でして……」

「一体どんなやつだったんだ?」

「それが……」


 語り始めた茂だったが、


「なんだとぉおおおお!!敵が跡形もなく弾け飛んだだぁ?」


 という山崎の叫びによって遮られた。


 その声に驚いた同じ廊下を歩いている職員がビクリとして彼らを見つめる。


「山さん、声が大きいって……」

「あ、ああ、すまねぇ……」


 新垣は辺りをキョロキョロと見回し、身を潜めて山崎を咎める。


「それって本当にFランクか?」

「それは間違いないでしょ。組合経由の昇格試験の依頼なんだから……」


 新垣が受けた依頼は組合からの正式な依頼。

 そんな偽証などあるはずもない。


「お前がホラ吹いているって可能性あるが……」

「こんなことで嘘ついて俺に何か得があるんですか?」

「まぁなぁ」


 新垣を訝し気に見つめる山崎だが、新垣は肩を竦めた。


 Cランク探索者で、すでに組合から公式な依頼を受ける優秀な人物である新垣が、今日出会ったFランク探索者が異常すぎる、などと嘘をつく理由がなかった。


「俄かには信じがたいな……」

「そりゃあそうでしょうよ。実際に見た俺だって未だに信じられませんから……」


 山崎としては新垣を信じてやりたいが、そんな非常識な探索者がいるはずがないと考えてしまう自分がいる。新垣としては目の前で行われたことを未だに理解できずにいた。


 お互いに何も言えなくなって沈黙がその場を支配する。


「高ランクの探索者が低ランクのモンスターを倒せば、そんな風にできるかもしれないが、低ランク探索者はレベルも低いし、当然能力値も低い。そんなことができるわけないんだけどなぁ」

「僕の認識でもそうでした。しかしあの探索者はそんな常識は知らないとばかりに、どんなモンスターも一撃で弾け飛ばしました」

「一体何者なんだ……」


 暫くの無言の後、お互いがぼやくように呟いた。


 そして、再び沈黙が空間をしようとしたその時、「面白い話をしているな」と一人の男が二人の会話に割り込んできた。


「室長!?」

「新藤じゃないか……なんでここに」


 その男とは緊急対策室、室長の新藤である。


「いやいや俺の所属はここだからな。……それで?いったい何の話をしていたんだ?」


 新藤は興味津々と言った様子で山崎と新垣の間に入って肩を組む。それは逃がす気はないという合図であった。


「えっとその……」

「こんな所で話すこともないだろ。ひとまず場所を移そう」


 言いよどむ新垣と山崎に肩に腕をかけたまま一室の扉を、握った拳の親指で指す。


「は、はい」

「まぁ仕方ないか。こんな所で不用心に話していたのは俺達だ。指示に従おう」


 新垣は新藤という大物に対して委縮してしまい、その指示を断ることが出来ず、山崎は両手を上げて肩を竦めた。


 二人は同じように職員からの直接依頼を受ける立場だ。そんな二人が廊下で個人情報の漏洩と情報保護を無視するような話をしていれば、誰かに咎められて当然だ。


「それじゃあ、さっさと行こうか」

『はい(へいへい)』


 二人がガッカリと肩を落として返事をする一方、新藤は意気揚々といった表情で一室の中に入っていった。


「それで、なんの話をしていたんだ?」

「それが……」


 改めて応接室に場所を変えて、新垣が今日起こったことを語り始めた。

 

「なるほどな……確かに信じがたい」


 新垣の話を聞き終えた新藤は顎に手をやり、少し遠くを眺めるようにして何やら考え込む。


 敵の居場所を完全に把握し、敵まで最短距離で歩いていき、全て一撃で、しかも殴るだけで跡形もなく消し飛ぶ。到底低ランク探索者の所業とは思えなかった。


「そいつの名前は分かるか?」

「確か佐藤普人だったかと……」

「そいつは……」


 名前を聞いた瞬間、どこかで聞いたことがある名前だと気づく。


 どこだ、どこで聞いたんだ?


 新藤は考える。


「佐藤普人。最近探索者になったばかりの高校生です」


 新藤は唐突脳裏にダンジョンリバースで駆け付けた際に、職員から確かにその名前を聞いたことを思い出す。


「あいつか!!」


 しばし置物のように動かなくなった新藤だが、思い出した瞬間にバッとその場に立ち上がった。


「うぇ!?」


 新藤の突然の行動に驚く新垣。


「どうしたんだ?」


 山崎は突拍子のないその行動に慣れているのか驚く様子はない。


「ああ~、いや、そいつ多分知ってる奴だ。一度だけ会ったことがある」

「会った印象は?」

「普通の奴だったな。……まぁ俺が怪しい行動をしたせいですぐに逃げられてしまったが……」

「……お前は昔からそういうところがあったな」


 思い出しながらバツの悪そうに話す新藤に、山崎は呆れるように首を振った。


「それはまぁいい。そいつのことは俺がちょっと調べてみるわ」

「あの~、罰とかは……」


 新垣がビクビクとしながら尋ねる。


「そのくらい適当な公共依頼一回で許してやるよ」

「は、はい。はぁ……」


 彼は軽い罰で済んで安堵のため息を放つ。


「俺もか?」

「当然だ」

「へいへい」


 山崎の方も当然のように軽い罰を受けることとなった。


 その後軽い雑談をして新藤は、新垣と山崎と別れた。


「まさかとは思うが一応調べておかないとな。ひとまずアイツがここに来た時に俺の所に通すように言っておくか」


 独り言ちた新藤は席を立つと自室へ戻り、受付に連絡を入れた。

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