第057話 気になる男の子(第三者視点)
「ダンジョンとは、一九九○年に日本の九州の福岡市で初めて確認された未知の構造物で、主に……」
探索専用棟の一室で一人の教員が数十人の生徒相手に講義をしていた。本日行われているのダンジョン概論。ダンジョンの成り立ちや歴史について大まかに学んでいく授業だ。
そんな中、授業を話半分に聞きながら物思いに耽る女の子がいた。青味がかった銀髪を持ち、蒼穹のように透き通った瞳を持つ葛城アレクシアその人である。
アホ毛も気になることがあるのかぴょんぴょんと不規則に飛び跳ねている。
「ん」
彼女が頭に思い描いているのは、一緒にダンジョンに潜っている男の子。出会いは最悪で自身のスカートの中にに頭を突っ込んできた人物。そして視た上で確かに弱いと感じた相手。
元々目を見た時からそれほど嫌悪感を持っていたわけではなかったが、本来好きな人や同性以外に見られることのない場所を見られて、マイナスな感情が全く無いということはなかった。
しかし、実際に目の当たりにした彼の実力はアレクシア等足元に及ばない程に圧倒的で、彼女が死にかけたBランクモンスターの群れを諸共せずに殲滅してしまった。それも全て一撃のもとに。
その時から彼女の男の子に対しての嫌悪感は完全に消えていた。
彼女は逆にその力に憧れた。その力があれば間違いなく彼女の目的を達成することができる、そう確信する。早乙女真司から言われていたことを思い出し、力を借りようと決意した。
次の日、男の子から話があると言われた時、彼女は渡りに船だと思った。
ただ、お互いが待ち合わせてすぐの会話は正直何を言っているのか分からなかった。
男子のお風呂から裸を見た?
壁で見えないよね?
露天風呂の隙間は迎撃システムがあるはずだよね?
アレクシアの頭の中は意味不明な疑問詞で一杯になったが、今は目的の前にそんな些事はどうでも良かったので忘れてしまった。
だから思い切って彼女はお願いしてみることにした。
「鍛えて」と。
すると、圧倒的な強者である彼が申し訳なさそうになぜ自分なのかと尋ねた。
「強い」
彼女は端的に答えた。
ただ、男の子には意味が分からなかったのか、早乙女慎二との試合での強さの事かと再度尋ねる。彼女は、そうじゃない、朱島ダンジョンでその強さを見たのだと。その強さは尋常ではなかったのだと伝えたつもりだった。
しかしその言葉を聞いた瞬間、男の子の態度は急変し、まるで今まで罪を認めなかった罪人が、ぐうの音も出ない証拠を突き出されて諦めたような雰囲気を醸し出して、
「はぁ……わかった。鍛えよう」
そう呟くように言った。
アレクシアは嬉しくて舞い上がってしまいそうになるが、それをグッと堪えてすまし顔で礼を言う。しかし、その感情が現れるようにアホ毛が陽気に弾んでいた。
そして次の日から始まった日常は驚きに溢れていた。
彼は明らかに異常なモンスターを従魔として従えていて、彼女はそのモンスターの力を視ることができなかった。でも、そんなモンスターも男の子の前には従順で大人しく、普通の犬のように可愛らしい。
しかしその犬の能力は驚くべきもので、影に荷物をいくらでも入れることができる、任意の相手を影に入れて周りから見えなくしてしまう、体と魔力の大きさを自由に変化させられる等、非常に便利かつ強力な力ばかりだった。
その犬の力で高ランク探索者がそれなりにいたであろう強固な警備もものともせず、封鎖中の朱島ダンジョンの中に入ることができた。
それに彼が殴ればどんなモンスターもはじけ飛ぶ。彼はその階のモンスターの位置を把握していて、どこにどんなモンスターが何匹でいるのかもわかっていた。
アレクシアはずっと驚愕していたが、無口の為何も言わなかったのである。アホ毛だけはずっとピーンと真っ直ぐに伸びていたが。
そしてその日のうちにレベルが二十あがった。その数字は本来数カ月がかりで出すような数字だった。次の日も上昇は鈍りはしたが、十は上がった。それでも十分なレベルアップだ。
その成果にアレクシアは驚きを隠せなかった。
「感謝」
彼女には男の子への感謝で溢れていた。いつか目的を果たしたらその恩には必ず報いよう、彼女はそう誓った。
彼女の頭の中を支配していた人物は、
「佐藤普人」
そう呼ばれている異性のクラスメイトだった。
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