第054話 絶望との遭遇(第三者視点)
朱島ダンジョン第二十一階層。
「井上さん、今のところ何も見つかりませんね?」
「何もないのが一番だがな。それよりも気を抜くなよ?事前にもらった情報だと俺でも対応できんかもしれん」
「そうですね」
RPGの盗賊系職業が好んで身に着けて居そうな身軽な服と各種プロテクターを身に着けた斥候を得意とする渡刈が、白のロングコートが目印のSランク探索者井上に話しかける。
彼らは現在、朱島ダンジョンの各階層を全てマッピングしながら前回同様に最下層まで調査を行っている最中だ。
前回よりも多くの探索者が動員され、四、五人で構成されているパーティが複数手分けして探索を行っている。
現在まで特に問題らしい問題は起こっていない。
「SSランク以上のモンスターか、それを倒してしまう何かでしたっけ?」
「私の杞憂ならいいんですけど、どうしても不安になってしまって……」
ストレートの金髪サラサラーヘアーがトレードマークの糸目が、二人の会話を聞いて何かを思い浮かべるように空中を見上げて問いかけると、探知系探索者の鮫島が肩身が狭そうに返事をする。
ここまで何も見つかっていないので少し申し訳ないのだ。
「いや、ダンジョンは全て解明されたわけではない。それに今だモンスターは人類の脅威。なんらかの疑念が残るのなら解消されることに越したことはない」
「そういっていただけると助かります」
鮫島をフォローする井上。その言葉に彼女は頭を下げた。
「そうですねぇ。そんなものがいるなら是非ともお目にかかってみたいものです」
糸目はその細い目を少し開いてニヤリと笑った。
「そんなこと言うもんじゃないぞ。何もないのが一番だ。死にたいのなら別だがな」
「死にたくはないですけどね。やっぱり自分より強いモンスターとの手に汗握るバトルって楽しいじゃないですか」
「ははぁ。君はそんななりをして戦闘狂だからな」
井上が忠告するように述べるが、むしろ嬉しそうに無邪気に笑う糸目。井上は苦笑しながら彼の細身で虫をも頃無さそうな見た目を眺める。
何を隠そう糸目は、格上との死闘を好む戦闘狂であった。今回の作戦に参加したのもその可能性があったからだった。その代わり、今回石橋は不参加だ。面倒な調査など一度で十分だとばかりに断ったのである。
「それはともかく敵のようだぞ。準備をしろ」
『はい』
そうは言ったもののここは調査の段階でBランクしか出てこない階層だ。警戒しようとしてもなかなか難しい。
だから全員返事をしつつもどこか気が抜けていたのだろう。
それがやってきたことに気付かなかった。
「~!?」
一番最初に気付いたのは探知系の鮫島。悍ましい気配に緩んだ気を引き締める。
「何か来ます!!」
それが現れたのは数十メートル先のモンスターたちがいた場所。一瞬前にはそこに確かに存在していたはずのモンスターたちはいなくなり、その代わりに現れたのは黒い獣のようなモンスター。
その大きさはかなり巨大で、ダンジョン内の通路が多少手狭になるほどだ。そして何よりも、その存在感が獣の強大な力を物語っていた。
「測定不能!?」
鮫島が感じた相手の魔力の濃さはもはや測定不能。全身から凶悪なオーラが立ち昇っている。SランクやSSランクでさえ把握できる鮫島には初めての体験だった。それと同時に全身から汗が吹き出し、ガクガクと体が震えだす。
あれには勝てない。探知系だからこそはっきりと力の差がわかる。
絶対に戦ってはいけない相手であった。
鮫島は自分の首に死神の鎌がかかっている状態を幻視した。
「行くぞ!!」
『はい!!』
井上、糸目、渡刈もその力をひしひしと感じていたが、逃げるわけにもいかず、全員でその獣に向かっていく。
「皆さん、ダメです!!あれは……あのモンスタは人が勝てる存在ではありません!!」
体がすくんで動かない鮫島は、せめてもの抵抗に全員を止めようと叫ぶ。しかし、誰も止まらず、モンスターが居た場所に佇む黒い獣へと攻撃をしかけてしまった。
「龍王斬!!」
Sランクだけあって井上が最速でそのモンスターに躍りかかる。背中に背負っていた巨大な剣が光に包まれてさらに大きくなって、獣に襲い掛かった。
―キンッ
「なっ!?」
しかし、その攻撃は相手モンスターの毛でさえ通すこともできずに弾かれてしまう。弾かれた井上は空中でバランスをとり、上手く地面に着地した。
「バーニングランス!!」
糸目が巨大な炎の槍を手の先から打ち出す。その数は数十。すべてが黒い獣に吸い込まれるように群がり、そして爆発した。
「やったか!?」
直撃したのを見て糸目が叫ぶ。しかし、煙が晴れた先に居たのは無傷らしい獣であった。
「はっはっはっはっはっ……」
獣の荒々しい呼吸が場に広がる。獣は首を傾げてどこか楽し気な様子の上、どこかで聞いたことがあるような呼吸音だが、それに気づく者はこの場にはいなかった。
「リッパー!!」
渡刈が突如黒い獣の後ろに姿を現し、赤い光を纏うナイフを首の付け根に振り下ろす。
―パキンッ
「~!?」
しかし、その攻撃もむなしく相手の防御力の前に無残に散った。武器を道ずれにして。
「ちっ。なんて防御力だ。俺の攻撃が通らん」
「僕も魔法も全く効いていません」
「俺なんて武器が壊れてしまいました……」
全員が忌々し気に獣を睨みつけるが、渡刈は武器が壊れたせいか声のトーンが低い。
「とにかく攻撃の手を緩めるな!!」
「はい!!」
「了解です!!」
すぐに次の攻撃に移り、何度も攻撃を重ねていく。しかし、黒い獣に届きうる攻撃はなく、全ての攻撃を防がれてしまった。
無傷の黒い獣はそこに佇んで一度も攻撃していないのだが、あふれ出る力のその禍々しさと恐怖から誰もその事実を認識できない。
「はぁ……はぁ……しょうがありませんね。僕がここでとっておきを使いましょう。こんな所で使うつもりはなかったんですがね。はぁ……はぁ……ここまで力の差があると、死闘もできそうにない」
「はぁ……はぁ……ふむ。それは勝算がある、ということでいいか?はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……はい、相手がSSSランクだとしても確実にダメージを与えられると思います。はぁ……はぁ……ただ、準備に一分ほど時間がかかります。はぁ……はぁ……その間時間を稼いでもらえますか?」
「わかった。はぁ……はぁ……一分何がなんでも持ちこたえてみせる。行くぞ、渡刈」
「了解!!」
流石の戦闘狂の糸目も自分の攻撃が全く通じない相手とは、命がけの綱渡りのような高揚感を得ることができない。しかし、ここから逃げることもできないのであれば、このままでは死んでしまう。
だから生き残るため、今まで誰にも見せたことのないとっておきの魔法を使うことにした。SSSランクにさえダメージが与えられるであろう凶悪な魔法を。
糸目が目を閉じて呪文を唱え始める。すると、糸目の足元から複雑な文様を描いた円陣が広がり、どんどん大きくなると、赤黒い光を放ち始め、黒い稲妻のようなものがほとばしる。
その間も渡刈と井上が必死になって獣に攻撃を仕掛け続けた。
そして遂に完成の時。
「インフェルノバースト!!」
糸目がその細い目を目いっぱいに見開いて叫ぶ。
その瞬間、円陣が一度収縮し、獣の下へ移動し、再度その体を範囲内に収めるほどの大きさに展開する。
「井上さん、渡刈さん、離れてください!!」
『了解!!』
糸目の合図で井上と渡刈が獣から離れる。
―ゴォオオオオオオオオオッ
その瞬間、獣の下から対象を焼き尽くすまで消えないと言われる漆黒の炎が噴き出した。
「うぉ!?」
「くっ!?」
井上と渡刈は間近でその熱量を受けて顔を歪め、すぐにその場から離れて退避する。
「ぐっ……」
すべてを出し尽くした糸目はその場にガックリと膝をつく。
「はぁ……はぁ……これでいくらなんでも奴もダメージを受けるでしょう……」
糸目は頭を上げ、片目だけ開いて黒い炎を見つめる。
しかし、その期待は裏切られた。
「ウォンッ」
その黒い獣が鳴くと、その炎は一か所に吸い込まれるようにして消えていく。それと同時に獣が姿を現し、吸い込まれている先が露になる。
その場所とは獣の口の中であった。
「うそでしょ……」
その様子をみた糸目は驚愕の表情を浮かべて固まってしまった。
「ちっ、あれも効かないのか!?」
「そんなまさか!?」
井上と渡刈も信じられない、信じたくない、そういう感情が顔に現れていた。
「皆さん、止めてください!!」
そんな彼らに声を掛ける者がいた。それは鮫島だ。
「あれは人が勝てるような存在ではありません!!もうどうしようもないのです!!彼が気まぐれで私たちを見逃してくれることを祈る以外にできることはありません」
『……』
鮫島の言葉が身に染みたのか誰も声を発しないでその場に立ち尽くす。
しかし、状況は動いた。
「ウォンッ」
黒い獣がおどろおどろしい声で鳴いたと思うと、姿を消したのである。
「~!?」
攻撃が来ると思い、辺りをキョロキョロと見渡すが、一向に攻撃が襲ってくる気配がない。それから数分ほど待ち続けたが、彼らに何も起こることはなかった。
「助かった……のか?」
井上が沈黙を破る。
「そうかもしれません。あの禍々しい気配は近くに感じられません」
鮫島は目を閉じてあたりの魔力を探った後に呟く。
「助かった……んですね……」
「糸目君!!」
糸目は気が抜けたのか、その場に倒れてしまい、渡刈が駆け寄って支えた。
「ふぅ……まさか生き残れるとはな……」
「はい、なんの気まぐれなのか分かりませんが、助かりました」
「よし、俺達はこのことをすぐに報告に戻るぞ。俺が糸目を背負っていく。渡刈はいつも通り斥候を頼む。鮫島も付近の警戒を頼んだぞ」
『了解!!』
しみじみと生き残ったという実感を噛みしめていた一行であるが、この情報を伝えるべく動き出した。
こうして彼らは帰還を果たした。
彼らの報告により、のちに朱島ダンジョンはその危険度により完全に閉鎖される。
「ウォン?」
当の本人は何も知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます