第046話 どうしても頭を離れない懸念(第三者視点)

―コンコンッ


「入れ」


 緊急対策室の室長室にノックの音が響き渡り、新藤が許可を出すと中に一人の人物が入室する。


「お久しぶりですね、新藤室長」

「お前は……鮫島……か?」


 新藤の執務机の前まで来て挨拶したのは、以前朱島ダンジョンを調査に参加したAランク探索者の一人で、探知系に優れた能力を持つ実力者の鮫島だった。


「そうですよ、実際に顔を合わせるのはあなたが緊急対策室の室長になって以来でしょうか」

「そうか、そんなに経つか」


 新藤は元々探索者だったが、緊急対策室への打診が来てそれを引き受け、今では室長にまで上り詰めた。一方で鮫島は対策室への打診を蹴り、一探索者という立場のままダンジョンに潜っている。


 二人は何度か臨時でパーティを組んだこともある間柄だった。


「ええ、もう二年くらいはお会いしていないと思います」

「時の流れは早いものだな……」


 お互いにこれまで過ごした二年間にしばらくの間に思いを馳せる。


「それで?今日は旧交を温めるために俺に会いに来たわけじゃないんだろう?」

「ええ」

「一体何の用件なんだ?」

「それは先日ダンジョンリバースを起こした朱島ダンジョンの件です」


 思考を現実に戻した二人。鮫島が思いつめた顔で本題を切り出す。


「それは確か井上さんから報告書を貰っていたと思うが?」

「そうなんですが、どうしても気になることがありまして……」


 新藤の疑問に顔色を青くして体を震わせながら話し始める。


「それは?」

「あのダンジョンの最終階層ですが、確かにSランクのボスの気配と魔力を感じました」

「そうだな。そういう報告を受けている」

「でも、最奥の部屋にはすでにダンジョンボスはおらず、帰還魔法陣が設置済みだった」

「うむ、そう聞いているぞ?」

「ということは、あの最下層にはダンジョンボスがいない状態で、それほどの気配と魔力を残していた、ということになります」


 調査チームが報告していた内容を繰り返すように鮫島は情報を列挙していき、最後に鮫島がダンジョンから去る間際に思いついた懸念点を伝える。


 鮫島はダンジョンの調査が終わってから今日までずっと、この疑念を頭の中から消すことが出来なかったのである。


「……」


 新藤は今までの問答によって、これから伝えられるであろう内容を想像して無言になってしまう。それはあまりにも絶望的な内容だったからだ。


「つまり?」


 一分程悩んだ後、意を決して先を促すように鮫島に問いかける。


「あそこにはSランクを超えるモンスター、そしてそれすらも容易く屠る何者かがいたのではないでしょうか?それかそのSランクを超えるモンスターがダンジョンの制約を破り、ボス部屋の外の出たということも考えられます」

「そんなことがありえるのか?」


 鮫島からもたらされた情報に新藤から疑問の声があがる。新藤としては肯定したくない想定内容を否定してほしかった。


「私もそんなことはないとは思いたいのですが、どんなボスだったのか、そのボスを一体誰が倒したのか、一切情報がありません。それを考えると、そういった可能性も捨てきれないのではないか、という懸念が頭を離れなくて……」

「そういう可能性もあるか……」


 報告書には探索した結果、ダンジョン内に危険性を見つけることが出来なかった。だからAランク高位のダンジョンである、という判断を下した。


 という内容の旨が記載されている。


 しかし考えれば、ボスモンスターもそのモンスターを倒した者に関しても何もわかっていない。確かにこれはきちんと調べる必要がある事柄だった。


 新藤はそう直感した。


「鮫島はどう考えているんだ?」

「私は再調査を行うべきだと思います。そしてできれば、その何者かかモンスターの手掛かりをつかむべきではないかと……」


 水を差し向けられた鮫島は、唸りながら困惑の表情を浮かべて考えを述べる。


 モンスターを倒した者にしろ、モンスターがボス部屋の外に出たにしろ、その力がいつ自分たちに向いてもおかしくはない。何も分からない相手から狙われるなど、恐怖以外の何物でもない。


 その原因の一端でも見つけたいと思ってしまうのは仕方がないことだろう。


「ふむ。お前の言うことは一理ある。また調査を依頼するかもしれん」

「分かりました。私も言い出しっぺですからね。協力させてください」

「いいのか?かなり顔色が悪そうだが……」


 ここに来た時から鮫島は青白い顔をして、とても普通とは言い難い状態であった。


 それは当然で調査の日以降、鮫島は碌に眠ることができていなかった。圧倒的な力を持つ相手と対峙することになる恐怖もあるが、彼女にとって未知の恐怖に怯える方が心に堪えた。


「気になって夜も眠れませんからね。むしろ好都合です」

「それならまぁいいが……」

「それでは、進捗があれば連絡してください」


 力のない笑顔で答える鮫島。新藤は少し心配になってしまうが、鮫島が話を終わらせた。


 これ以上は気にするな、そういうことであった。


「うむ、それではな」

「はい。それではお邪魔しました」


 新藤は何も言えずに別れを告げ、鮫島も軽く頭を下げて部屋を辞した。


「本当にそんなことがあり得るのか?……いや、調査をして安全だとわかる事に越したことはない。すぐに再調査をさせよう」


 鮫島とのやり取りを思い出し、あまりに非現実的な事柄についつい否定しまいそうになるが、頭を振って新藤はすぐに組合に電話をかけた。


「もしもし、新藤だが、山中組合長はいるか?」

『新藤室長、お世話になっております。山中ですね、すぐにお繋ぎします……』


 待機中のメロディーが流れて暫く待つと、音楽が流れた後、山中が電話に出る。


『もしもし、新藤君かね?』 

「はい、お世話になってます。新藤です」

『うむ、それで何かあったのかね?』

「はい、先日調査していただいた朱島の件ですが……」

「それでは、よろしくお願いします」

『うむ、任せておくが良い』

「失礼します」


―プツッ、ツー、ツー、ツー


 新藤は組合の本部への根回しと報告を終えて電話を切る。


「ふぅ、これでいいだろう。一体どんな調査結果が待っているのか……今から見るのが怖いな……」


 新藤は一人暗い未来を想像し、立ち上がって窓から平穏な街並みを見下ろしてしばらく考え事に耽っていた。

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