第040話 人は信じたいことを信じる(第三者視点)

「よし、全員集まったようだな」


 白のロングコートを着用し、少し茶色の短髪をオールバックに整えた屈強な男が周りを確認しながら頷いた。


 この男の名は井上団蔵いのうえだんぞう。数少ないSランク探索者の一人である。


「これより、ダンジョンリバースの起こった朱島ダンジョンの調査に入る。初階層からブラックコボリンが出現するという情報を得ている。おそらくB、いやAランクダンジョン以上である可能性が高い。そのため俺、Sランク探索者が調査に呼ばれたわけだ。今回は俺の指示に従ってもらう。異論はあるか?」


 一つ一つの言葉に覇気を纏うように凄みを感じさせる団蔵の台詞に異論をはさむ者などここにはいなかった。


「よし、それでは早速ダンジョンへの侵入を開始するぞ。斥候の渡刈、先頭を頼む」

「了解しました」


 偵察に向いたAランク探索者、軽装にプロテクターを身に着けた、渡刈明利とがりあきとしを先頭に井上達調査隊がダンジョン内へと足を踏み入れる。


「これは……確かにこの気配はBランク以上の力を感じますね」


 探知系に優れた魔法系探索者である鮫島奏多さめじまかなたがダンジョン内の魔力を感じ取り、自身の経験と照らしあわせて呟く。


 彼女は魔女然としたローブを身に着け、下にはシャツワンピースのような服を着ている。年のころは二十台前半と言ったところだ。


「確かにこのピリピリとした雰囲気は高ランクダンジョンって感じがするね」


 同意するのは糸目で金髪のサラサラヘアーの大学生くらいのAランク探索者、糸垣色。彼もローブを羽織り、下にはシャツにチノパンのような服装をしている。


「はぁ~、かったりぃ。井上さんがいるなら俺達いらないっしょ」


 そう言って頭を掻きながら最後尾をタラタラと歩くのは石橋拓也いしばしたくや。この男はソフトモヒカンの頭髪と耳と鼻にピアスを付け、世紀末を感じさせるパンクファッションをしている。


「そう言うな。今だかつてEランクダンジョンがBランクダンジョンまで上がったという事例はないんだ。下手したらAランク、もしかしたらSということもあり得る。俺だけでは不安要素が残るだろう。複数のSランクがいればよかったのかもしれないが、今回は俺しか都合がつかなかったようだ。だからお前たちが呼ばれてんだよ」


 だるそうにしている石橋に井上が振り返りながら諭すように答える。


「そんなこと言ったってよぉ。Sランクであるあんたが対処できない事態なんて流石に起こらないだろ」

「組合も失敗するわけには行かないからね。仕方ないんだよ」


 石橋が不貞腐れるように頭の後ろで手を組みながら呟くが、糸垣が苦笑しながら答えた。


「そんなことよりお前たち、気を引き締めろ。何が起こるか分からないんだからな」

「はい(へーい)」


 それから順調に調査が進んでいく。


 二日かけて分かったのは、一階から十階は、ブラックコボリンを中心に、Bランクモンスターが単独、または多くても三匹で活動していて、Bランク探索者であれば特に問題なく探索できることが分かった。


「ほらぁ、俺の言った通り、余裕じゃんか」

「まだ十階ですよ?油断は禁物です」

「へいへい」


 斥候の渡刈が、だらけている石橋に注意を促す。石橋は二日間の調査ですっかり気を抜いてしまっていた。


 三日目と四日目で、調査で来たのは十一階から二十階。十階を超えると、ブラックコボリンやブラックウルフなどのBランクモンスターが集団で襲い掛かってくるようになる。その数五~八匹。十階までは全く連携しなかったモンスター達が、この範囲の階層では連携して隙の無い攻撃を仕掛けてくる。


 一階から十階までとは比べ物にならないくらい難易度が跳ね上がる。Bランクの探索者のパーティ。もしくはAランク探索者で単独。その程度の力がなければ探索するのは難しいだろう。


 しかし、ここに集まっているのはSランクとAランクの合わせて五人。なんの危なげもなく、通り過ぎていった。


「こりゃあBランクで確定じゃないっすかぁ?」

「まだ分からん。次の階からが本番だろう」

「自分飽きてきたんすよねぇ」

「それでも依頼として受けたんだ。最後までしっかりとやれ」

「はぁ。仕方ないかぁ」


 相変わらずやる気の欠片も見られない石橋に井上が言い聞かせる。そしてその言葉通り次の階に足を踏み入れた途端、全員の顔色が変わった。


「これは……確実にいますね、Aランクが……」


 探知した鮫島が神妙な面持ちで呟く。


「そうみたいだな」

「おうおう、少し楽しくなってきたなぁ!!」

「ここからはより気を引き締めていきましょう!!」

 

 鮫島の言葉に他のAランクのメンバーが各々気合を入れた。


 二十階~三十階は、徒党を組むBランクモンスターをAランクモンスターが従えるようにして現れるパターンが多くなった。それでもSランクとAランクの五人組のパーティの敵ではなかった。


 しかし、三十一階から、Bランクが少なくなり、Aランクのモンスターが徒党を組んで襲ってくるようになった。流石にこれにはSランクを要する五人組パーティでも一回の戦闘に時間を使うようになる。


 探索スピードが落ち、進行スピードは一日に二階程度。そしてそれから五日後、ようやく彼らは四十階へとたどり着いた。


「こ、これは……!?」

「どうした?」

「確実にいます。Sランクが!?」


 鮫島が尋常じゃない怯えを見せる。


「マジかよ……」


 流石に想定外だったのか、石橋も驚いて愕然としていた。


「おそらくこの階が最終階だろう。その強力な反応はおそらくダンジョンボスの魔力だ。ここからはより注意して進むぞ」

『はい!!』


 流石の石橋も気を引き締めて、他の面々と同じように返事を返し、四十階を進んだ。ここまで来ると、Aランクモンスターのみで構成された五匹~十匹ほどの集団で襲い掛かってくるため、ボス部屋に辿り着いたのは結局次の日になってからだった。


「渡刈、様子を見てきてくれ」

「了解しました」


 ダンジョンボスの前の小部屋まで辿り着き、渡刈が斥候に出てダンジョンボスの部屋の様子を窺う。他のメンバーはモンスターが小部屋に入ってきた時の対処のために周りを警戒している。


「戻りました」


 しかし、ものの数分で戻ってきた渡刈。


「どうだった?」

「それが……ボス部屋にはモンスターの影も形もありませんでした。その上、部屋には帰還魔法陣が設置されていました。このダンジョンはすでに誰かが踏破したものと思われます」

『なんだって!?』


 困惑しながら報告する渡刈に、他の面々はあまりの衝撃で変顔選手権の様相を呈していた。しばらくして全員が落ち着くと、状況を確認するためにダンジョンボスの部屋へと足を踏み入れた。


 ぞろぞろと中に入ったメンバーだったが、ボスが出てくる気配はなく、確かに奥に帰還魔法陣が怪しい光を放っていた。しばらく調査をしてみたが、ボスは倒されたという結論しか出なかった。


「誰か分からないが、このダンジョンを踏破したものがいる。ただ、このダンジョンの脅威度はAランク上位と言っていいだろう。ボスも推定Sランクとはいえ、Aランク探索者のパーティで戦えばおそらく倒せる」

「そうですね、私もその認識で問題ないと思います」


 井上の見立てに糸目が同調し、他の面々もそれに従った。


「それじゃあ、帰るぞ!!」

『了解!!』


 調査の終わった彼らは帰還魔法陣に次々と乗っていく。鮫島が最後に乗る予定だったが、ふと思いついたように立ち止まって、振り返って考える。


「あれ?そういえば、今このダンジョンにはボスがいない。それでも、その状態でSランクのダンジョンボスの魔力が漂っていた。じゃあ、ボスが実際に居た場合は?実はSランク以上ってことも?」


 その想像をした時、鮫島はブルりと肩を震わせ、自分の体を思わず抱いた。


「いや、そんなはずないわね……」


 信じがたい想像をなかったことにして頭を振り、再び帰還魔法陣に向かって歩いてそのまま足を踏み入れてダンジョンを後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る