第031話 お嬢様のズレた決意(第三者視点)

「見失ったですって!?」

「申し訳ございません!!」


 電気も付けておらず少し薄暗い一室。

 

 外からの日差しを背に浴びる女性と、その女性に向かって深々と頭を下げている男性。その構図からお互いの関係性が見て取れる。


「一体何が起こったんですか?」

「それが……跡をつけていたんですが、あの少年は異常に勘が鋭くてですね。スキルを使用した上に、数十メートルは離れているというのにチラチラとこちらの方が見てきまして……。さらに距離を置くようにしたんですが、今度はあの少年の気配が消えてしまったんです、まるで煙のように……」


 男は困惑の表情を浮かべながら説明をする。


「監視もままならない……ということですか……」

「端的に言って、そうですね。こちらの動きを全て観測されているのではないかと思います」


 あまりに想定外の能力に今現在の彼の力の把握もままならない。


 女性はため息を吐いた。


「本当に何者なんでしょうか、佐藤普人ふひとは……」


 跡をつけられていたのは普人であった。


 普人の五感と直感はすでに超人の域に入っており、かなりの手練れでもその感覚をかいくぐるのが困難である。


「調べたところによると、一般家庭で育った少年なのですが……」

「そうですね、その報告は受けています。その報告がおかしくないこともわかっているのですが、あの子の能力は異常です」

「そうですね、私はこれでもAランク探索者。しかも隠密特化の。その私が気取られるなど、俄かには信じがたい事実です」


 男はAランク探索者。自分に監視できない相手などSランク探索者でもなければそうはいないという自負を持っていたが、そのプライドはズタズタに引き裂かれてしまった。


「これ以上彼を監視するのは止めておきましょう。何かの拍子に彼の力の矛先が私たちに向いては困ります」


 Aランク探索者さえもいとも簡単に煙に巻いてしまう少年。早乙女との模擬戦は訳が分からないうちに早乙女が負けてしまった、それもあっさりと。彼が本気になればどれだけの被害が出るかわからない。その力は早乙女によればSランク、もしくはそれ以上とも予想されている。


 その可能性を思うと、以前提案を受けていたこともあり、時音は別の手段をとることを考えていた。


「承知しました」

「それから、あの少年の事は私自らが調査します」

「と、言いますと?」

「あの少年は、高校でおモテになりたいそうですわ。ですから、私自らが篭絡してみせます」


 それは自らが一番近いところに行って、間近にいることが不思議じゃない関係性を作り、そこから情報を手に入れていく、という作戦だった。


 真司から提案されていたことを実行する時が来たのだ。


 まずは生徒会に入ってもらい、会いやすい環境を作る。そして何かにつけて用事を申し付け、自分と一緒にいることに対するハードルを下げ、徐々に近づいていく。


 そんな構想を時音は頭の中で描いていた。


「そうですか……。お役に立てず、申し訳ありません。お嬢様にそのようなことをさせてしまうなど不甲斐ないばかりです」


 男にとって主人に自ら動かせてしまうというのは、とんでもない失態だ。

 しかも自らの体を贄にするという。

 落ち込んでしまうのも無理はない。


「気にすることはありません。あの子は完全に規格外。まさにイレギュラーと言っていい存在です。あの子をどうにもできないからと言って卑下する必要はありません」

「ありがたいお言葉」


 やはり私にはこの方しかいない。


 首を振って優しく微笑む時音に、男は万感の思いを胸にこうべを垂れた。


「今後はあの子の家族やその周辺をもっと詳しく洗ってもらえますか?」

「承知しました」

「お願いしますね。それと、くれぐれも危害などを加えようとは思わないように。彼は極度のシスコンだという情報も得ています。妹に危害が及ぶと思えば手段も択ばない可能性があります」

「承知しました。失礼します」


 時音が今後の指示を出すと、男は部屋から退室していった。


「ふぅ……」


 時音は皮張りの椅子に腰を下ろし、日差しが差し込む窓から外の光景を眺める。


 これからのことに思いを馳せる。


「必ず佐藤君の心を射止めてみせます」


 その決意とは裏腹に、その行為が逆効果になることなど時音が知る由もない。

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