第030話 ありえない現象と想像(第三者視点)

「俺……なんかしたか?」

「いや、いい歳こいたおじさんが名乗りもしないで、未成年の子の肩を掴んで詰め寄るとかないっすよ室長」


 なぜか青年に逃げられてしまったので、新藤は後ろを振り返ってなんとも言えない表情で尋ねると、部下の矢代が新藤の肩に手を置いて呆れた顔をした。


 確かに急いでいたとはいえ、こちらから名乗りもせずに一方的に話しかけては怪しいことこの上ない。その上、おじさんと高校生、やってはいけないことだろう。


「やっちまった……」

「まぁいつものことっすよ室長」


 落ち込んで肩を落とす新藤の肩をポンポンと軽くたたく矢代。


「それより、そんなことしてる場合じゃないですよ!!すぐに中の状態を調査しないと!!」


 そんな二人を咎めるように注意するのは部下の女性、柳亜紀。


「おっと、そうだったな!!すぐに中に入るぞ!!」

『はい!!』


 気を取り直した新藤の合図によって彼らはダンジョンの中へと侵入した。


「前より薄暗いし、かなり強力になっているな?」

「そうっすね。漂う魔力が依然とは比べ物にならないっす」


 緊急対策室の面々は中に入るなり、ダンジョンの変化を敏感に感じ取った。


 明らかに以前よりも中の雰囲気が変わり、魔力濃度が跳ね上がっている。


「これは……Bランク……いやAランクもあり得るか?」

「はい、室長これはかなりヤバいですよ?今までEランクダンジョンがダンジョンリバースによってBランクダンジョンまで格上げされた例はありません。異例の事態です」


 今までEランクダンジョンがダンジョンリバースをしてもせいぜいDランクに上がる程度。本当に極稀にCランクまで上がるダンジョンもあったが、それは本当に数例程度しか上がっていなかった。


 それが今回は推定Bランク以上。これは明らかな異常事態だった。


「これは気を引き締めないと俺達も危ないかもしれないぞ?皆!!気を引き締めろ!!」

『はい!!』


 新藤はこれから先の危険を感じ取り、部下たちに注意を促した。


 新藤達緊急対策班は、Bランク以上で構成されたエリート集団だ。特に新藤はAランクの探索者資格を持っている。それほどのパーティではあるが、それでもダンジョンの雰囲気からこれから先一筋縄ではいかなそうだと感じていた。


「矢代、真田は斥候として前に出ろ。山崎と田中は後方警戒。安藤と宍戸は頭部警戒。俺と番場は前衛だ。いくぞ!!」

『はい』


 リーダーである新藤が全員の役割の指示を出すとダンジョンの奥へと進み始めた。


「(室長、敵です。あれは……ブラックコボリン)」

「(なんだと!?)」


 斥候の真田が新藤の元に戻ってきて、小声で報告を行う。


 ブラックコボリンはBランクのモンスター。それがダンジョンを歩いて数分程度の場所にいるなんて、奥に行けばどれだけのモンスターが出てくるのは分かったものではない。


「(数は?それに、ほかに敵影は?)」

「(数は一匹。他の敵影はありません)」

「(分かった)」


 Bランクモンスター。一般人にしてみれば脅威そのものだが、同ランク帯で構成された緊急対策室のメンバーにとっては連携をとれば危なげなく倒せる程度の脅威度である。


 新藤の脳裏に無事逃げ帰られた青年の姿が浮かんだ。


 Fランク探索者の少年はよくまぁこんなダンジョンの中でこいつらに出会わずに無事に出てこれたものだ。


 新藤は少年の幸運に安堵の息を吐いた後、斥候の真田以外にハンドサインでこれからブラックコボリンを倒すという合図を送る。


 いけ!!


 ブラックコボリンの近くまでやってきた新藤達は、矢代のハンドサインでブラックコボリンに躍りかかった。多勢に無勢。七対一と数で負けているブラックコボリン達はあっけなく倒される。


「ふぅ~。最初から中々の強敵だな」

「はい、この先にどんなモンスターが待ち受けているか気が気じゃないです」


 周囲の安全状況を確認してから普通の音量で話し合う。


「まぁとにかく行ってみないとわかるまい。すぐに先へと進むぞ」

『はい!!』


 それからは拭い切れない不安感があるにも関わらず、散発的にブラックコボリンを筆頭にBランクモンスターと遭遇するくらいで、三階までこれと言ってそれ以上の脅威とは出会わなかった。


「今日の探索はここまでとする!!」

『はっ』


 その日は三階層までの探索で終了となった。


 Eランクダンジョンであれば十階層程度だが、Bランク以上ともなれば三十階以上ある可能性が高い。これ以上は野営が必要になるため、きちんとした装備を整えてからの調査となる。


「こりゃあ暫く閉鎖だな……」


 直近の危険は無さそうな事が分かったが、まだ先の脅威は分からない。一度脅威度を正確に測ることが出来るまでは閉鎖して調査することになるだろう。


 調査には信頼できる高ランクの探索者達に当たってもらうことになる。


 何事もなければいいが……。


 新藤はその不気味なほど変わらないレンガで造られた天井を見上げた。

 後日新藤が受けた報告には、こう書かれていた。


 朱島ダンジョンは少し小さいが、上位のAランクダンジョンだと判断する。十階からは多数のBランクモンスター徒党を組んで闊歩し始め、二十階からは単独ではあるがAランクモンスターが混じり始める。三十階からはBランクもいるが、Aランクモンスターが複数で徘徊している。ただし、最終階である四十階のダンジョンボスの部屋には影も形もなく、すでに帰還魔法陣が設置されていた


 と。


 つまりはすでに誰かがダンジョンボスを倒されていた、ということだ。


 ダンジョンボスは倒せば再び配置されるまで期間が空く。その期間は高ランクダンジョンほど長い傾向にあった。


 ダンジョンリバースの際、中に残っていた人物。


 緊急出動した日に、不審な思いを抱かれ、逃げられてしまった青年のことを新藤は思い出す。


「いや……まさかな……」


 新藤は思いついた可能性を否定するように首を振ると、胸ポケットからたばこを取り出し、火をつけて煙をふかした。


「室長!!ここは禁煙ですよ!!」

「わ、わりぃ!!」


 どこまでも締まらない男、新藤であった。

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